いろいろなお客様がいらっしゃいました
村に訪問するものが相次ぎます。
村に帰ってきて、アッという間に一ヶ月くらい経ったと思う。と言うのはカレンダーがないから。たぶん、この世界には、あることはあると思うけど、この村では意味がないから使っていない、今のところ。必要としていないから、なくても困らない。
最初、6日働いて1日休もうと提案したけれど、休んだ日に何をすればいいの?と聞かれて、確かに何をすればいいのか分からない。どこかに遊びに行くわけでなく、どこかにご飯を食べに行くわけでなく、この村の中で過ごすしかなく、そして村の中にいるなら、いつもの日常と何も変わらないから、休日とは平日と変わらないから、必要ないと言われて納得した。そもそも雨が降れば、外で何かすることもできず、屋内での作業になるので、休みと同じでしょ?と言われて、それもそうだと納得させられる。
それなら、1ヶ月に一度くらい、オーガの町に連れて行ってショッピングとか観光とかさせたらどうか?と思ったんだけど、この村人は現金を持っていないわけ。見てくるだけなら、行かない方がマシとサラさんに言われた。原始共産制に近い生活をしているから、金銭が必要ないし、まだ余剰を使って何かを楽しむということができる生活レベルには至っていない。
この村には、なんも娯楽がないね~~とサラさんに言ったら、ハルキフの町にいた頃は、本を読んだり、たまに来る演劇見たり、音楽聴きに行ったりしていましたよ、と言われた。
それなら何か呼べば来てくれるのかなぁ?でも、金がかかるしなぁ、もう少し先かなぁ?と思ってたら、ノンが「なら、マモル様(公的な場では様をちゃんと付けてくれています!)がお話すれば、良いでしょう!!」と言いやがって、毎日はとても無理なので、3日に一度、夕ごはんの後にすることになった。女子どもの前で話すのはいいけど、バゥやミコラの前でするのは、こっぱずかしいし、ネストルやサラさんの鑑賞眼のあると思われる人の前では、とにかくイヤだったんだけど、とにかく始めた。
初回は大人も子どもも必ずウケるという、定番の「ロミオとジュリエット」を話したら、これがウケて、だってみんなお話の免疫ないんだから、原作が優れていると、話が拙くても、ウケるんですよ涙。
次から、ハードル上がったもんで、昼間からネタを考えています。愛読していた「転生したら〇ライムだった件」とか、ウケるかなぁ?「オーバー・〇ード」とか、やってみたい。怖がって子どもたちが夜眠れなくなったりとか、するのかなぁ?
そう、話が逸れましたが、サラさんにご両親から託された手紙を渡すと、すごく感謝された。一人で読みますと言ったので一人にしたけれど、死んだと思ってた娘が生きていたと分かって出された手紙というものは色々と思いが詰まっていたらしい。なぜか「リーナを連れていらしてもよろしいのですよ」と誰かと同じことを言われた。手紙にも書いてあったんだろうか?
ハルキフの家が見ず知らずの人間に跡を継がれてもいいの?と聞いたら、親戚の三男に優秀なのがいて、リーナよりはだいぶ下なので婿にするには難しいが、養子にして跡取りにするには問題なく、ジレン家も親戚もwin-winと言うことらしい。次男は長男が死んだときのスペアで、長男が跡を継ぐまで残しておくけど、三男以下は引き取り手があれば早く出してしまうのが原則らしい。というわけで、たぶん大丈夫です!と言われた。
ただリーナさんを連れて来るという意味は、嫁というわけではなく(そういうニュアンスも感じられないわけではないが)、官僚としてと言うことらしく、彼女は書類仕事が早く上手く、ヒューイ様には有能な秘書として仕えているんだろうから、ここに来てオレの秘書として仕事をするのも悪くないでしょう、とサラさんは言うけど、そんな有能な秘書を引き抜いたらヒューイ様が困るでしょう?と言うと、婚姻が理由なら、反対できませんから、と怖ろしいことをおっしゃった。婚姻という理由で連れてきて、実質は秘書として使うというのは反則じゃないのかな?
う~ん、タチバナ村参謀本部の総参謀長はこの人が適任かも知れない。
そんなこんなしているうちに、招かざる客が来た。
象さんが来た。
ある日、柵の上の見張り台に上っていた子どもが「象が来る」と言ったので見に行くと、遠くに1頭の象がいた。象はたいてい家族か群れで暮らすはずだから、1頭ということははぐれ象ということだろう。
こなきゃ良いのに、と思っていると、期待むなしく近づいてくる。それも駆け足でやってくる。このまま減速しないと堀に落ちちゃうよ?と思っていたけど、堀が見えないのか、足を緩めない。目がいってるように見える、いってる獣は見たことがないけど。象は夜行性で警戒心が豊かで頭がいいと聞いていたけどな。昼間っから、人間の集落にやって来る、それも突撃ムードでやってくるなんて思いもしなかった。
村のみんなが柵の上から見守る中、その象は突進して堀に落ちた。落ちてひっくり返った。そして、パォーーーン、パォーーーン鳴くんだけど、どこからも仲間がやって来ない。堀に落ちたら自力で脱出できないということを間近で見て、堀のありがたさを感じたけど、この象をどうすりゃいいんだ?
この世界の先輩のバゥに聞いてみたら
「殺すしか、ないでしょ」
「誰が?」
「それはもちろん、マモル様ですよ。神剣(最近、そう言われています。神さまがくれた剣だから神剣だそうです)で斬れないですか?」
「助ける方法はないですかね?」
「助ける?それは無理でしょう。あの巨体を、まだ若いとは思いますが、あのデカいのをどうやって、あそこから出すんですか?しかも生きているんですよ?どう考えても、綱をかけたりするなんて、無理でしょう。このまましといて、餓死するまで待つよりは、さっさと殺してやった方がまだいいと思いますけどね」
「そういうものか?」
「でも、マモル様も不思議な方ですね。もし、堀に入ったのが熊や牛ならためらわず殺すでしょう。それが象なら、どうして生かして助けようと思うんですかい?」
「それは、ぞうさんだから......」
「アッシには分かりませんがねぇ。どっちにしろ、可哀想と思うなら、殺してやった方がまだいいと思いますがね」
確かにバゥの言うことは理屈としては正しいと思う。象は落ちた拍子にケガをしているかも知れない、助けたとしても生きていけないかも知れない。そもそも、堀を作った時点で象が落ちることを忌避するという前提で作っていて、それはもしかしたら落ちるかも知れないということも可能性としてあることなのだし。
もし助けることができたとしても、村の中で飼うなんでことはできないだろうな。動物園とかあるのはずっと先の時代だろうし、タイの象使いなんかも子象の頃から生活していて家族同様の互いの信頼関係があるから、ああいう関係でいられるんだろう。
やっぱりオレがトドメを刺さないといけないのか、と思うけど、とても斬ったり刺したりすることができない。この世界で生きて行くとき、こんな心の弱いことを考えていてはダメなんだろうと思いながら、迷いに迷う。
バゥに言われた、熊や鹿、狼や羊、ウサギが殺せて象が殺せないオレ。人は斬れても象は斬れないオレ。
どれだけ考えたか分からないけれど、心を決めた。
バゥには村の人を全部離れて、象の見えないところに行ってもらい、バゥだけ残ってもらった。バゥには、これから行う事を絶対に人に言わないことを誓ってもらう。
象は疲れてきたのか、だいぶ声も小さくなってきた。象の上に乗って、象の身体に手を当てた。
この呪文はこういうときに使うためにあるのか、と今思った。
『Die』
身体中から魔力が象に吸い込まれるような感覚になり、そのまま意識を失った。
目が覚めると、自分の部屋のベッドの上にいて、オレを覗き込むノン、バゥ、ミコラ、ネストル、サラさん、イリーナさんやら顔、顔、顔だった。みんな泣いていたのが一目瞭然だ。
「マモル様、大丈夫ですかい?」
「うん、大丈夫。まだ、頭がクラクラするけど、大丈夫」
「心配したんだから!!」
ノンが胸ぐら掴んで、ぐいぐい振るから。頭が前後にぐんぐん振られて、また具合悪くなるから。
「ノン、ダメだって、頭、回る、から」
サラさんがノンの腕を押さえて止めてくれる。ノンに殺されるかと思った。
「ああ、ゴメン。でも心配したんだから」
ノンが泣きべその顔で言った。
「死ぬかと思った。でも、本当にゴメン。みんな心配したんだ」
と一応謝っておきます。
「はい、本当に心配しました。バゥがマモル様を担ぎ込んで来た時は心臓が止まるかと思いました。本当に心臓の音が弱くて、いつ止まっても不思議ではなかったのです」
ネストルと教えてくれた。
「アタシとミンが『Cure』掛けても変わらなくて、ミンは倒れちゃうし、このままマモルが目を覚まさないと、どうしようかと、すっごくすっごく心配したんだからね」
とノンが涙でぐちゃぐちゃの顔をオレの胸に当てながら泣き叫んだ。
「でも、気が付かれて本当に良かったです。実は私、一度おばあさまがマモル様と同じような事がありまして、時間が経てば目を覚まされるだろうと思っていました」
とサラさんが言う。おばあさま、というのはあの呪文を教えてくれた人か。
「みんな、オレが何をしたか、うすうす分かっていると思うが、他言しないようにしてくれ。今後、ああいうことをするとオレも命を落としかねない、ということだ。もう二度と使いたくない」
「「「「「「「分かりました」」」」」」」
「それで、象はどうなったんだろう?」
「みんなで解体しています。輸送隊の中に、象の解体経験のある者がおりまして、その者がみんなを指揮しております。その者が言うには、象は捨てるところがないそうで、特に牙はとても高い値が付くそうです」
「分かった、よろしく頼む。オレはもう少し、寝ているから」
次の日、オレが見に行ったときは、オレに忖度してか、象は影も形もなくなっていた。骨さえもだよ。どうなったのか、聞いていない。ゴメンね、象さん。
象を殺す、象を食べる、ということは日本に住んでる身としては考えられないことですが、これは食生活に余裕がある証拠で、飢餓線上にいる人にとっては迷うことのないものだと思います。文化大革命でどれだけの人が飢え死にしたか分からないと言われる中国においては、未だに野鳥がほとんどおらず(鳴き声聞くと驚きます)、中国人観光客の子どもが公園の鳩を見て「どうして日本人はとって食べないの?」と言ったという話があるくらいです。
日本でも天保の大飢饉が1830年代で、そのときはありとあらゆるものを食べ、それでも多くの人が餓死したという事実があります。話は逸れますが、明治になり徴兵制が始まったとき、東北地方の若者が軍隊に入って、ちゃんと3食支給されたことに驚いたという話を聞いたことがあります。
かくいう私が子どもの頃の昭和30年代の農村は、現金収入が米頼りだったので、肉がほとんど食べられず、肉の入っていないカレーということもありました。飼っていた豚を売ったときとか、です。ですから給食で肉が出てきたときは、みんな喜びました。でも鯨肉は硬くて、子ども心にも歓迎しませんでしたが。
象さんをいたわれる世の中であることは幸せであると言えると思います。




