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さて、山に入りましょう

 夜の食事で、輸送隊の皆さんに虎の干し肉を見せたら、喜んでもらえ、本当に嬉しかった。

 やっぱり、喜んで欲しいのです。お貴族様の輪の中に入って、ジト目で見られたり無視されながら、ごはんを食べるなんてオレはとてもできなくて、輸送隊のおっさんらと一緒に食べたもんだから、女性の方から、さらに冷たい目で見られたけど、いいもん!がんばるもん!


 食事が終わり、順番に夜警の番に立つ。

 オレは3番目の真夜中で、貴族の中では1番下っ端に見える若い兄ちゃんと一緒になった、ま、オレも兄ちゃんだけど。

 最初は精神的な距離もあったけど、2人しかいないから、お互いの身の上話になるのは当然の流れで、オレの身の上話はともかく、そのオレグ・ブカヒンという兄ちゃんは、ヒューイ様がハルキフの領主になったとき、領都ギーブからこのハルキフにヒューイ様と一緒にやってきたそうだ。それは辛いなぁ。


 他の同行している貴族たちはハルキフの生え抜きの人間なんだそうだ。生え抜き組から見ると、ヒューイ様とブカヒンは落下傘組と言うか、ハルキフの空いた席に上から落ちてきたようなもので、生え抜き組にとって余り気分のよろしくない存在だそうで。上がいなくなったから、下が上がれると思ったら、中央から送り込まれて来た、なんてねぇ。


 前の領主様は昔からの先祖代々の領主だったそうだから、地縁血縁でつながっており、ハルキフコミュニティの頂点として成立していたのに、一度の失敗で大罪とは言え、首が斬られてしまい、それに伴って上の方のお偉いさんが一掃されてしまったのは、表立って言えないけれど、腹の奥では煮えくりかえっていることが、垣間見えるとのこと。理屈は分かるけど、感情は割り切れないということか。ブカヒンくん、気の毒だねぇ、きみも。

 まぁ、仕方ないと言っちゃあそれまでだけど、時間かけて融和を図るしかないよね、と言うくらいしかオレに言う言葉はなかった。執行猶予中のネストルの事を話していいのか、オレには判断できないし。

 ヒューイ様も表には出さないけれど、人事面の苦労をしていることは伺える。中間管理職はどこも辛いね。


 明けて、いよいよ山に入る。なぜか女性も同行するという。親しくないし、聞ける雰囲気でもないので、黙っています。

 ヒューイ様が先導して、山に分け入って行く。みなさん、貴族だけどカゴを背負って、お付きの人と一緒に割と軽快に登って行かれる。やっぱり地元の人たちだから、山登りも慣れているのかしら?夕べ、仲良くなったブカヒンくんがちょっと苦しそう。

 都会育ち(だと思う)ヒューイ様がずいずい登って行くと、さすがに地元組も息が上がり始めた。 ブカヒンくん、大丈夫?地元組は最初、ブカヒンくんを「都会のお坊ちゃんが、やっぱりダメだわ」的な感じで見てたけど、やっぱりあんたらもダメじゃん。お嬢さんもかなりキツそうで、アップアップになってる。


 と、そのタイミングで胡椒の木を見つけた。こんなチートな展開でいいのか?

「ヒューイ様、胡椒の木を見つけましたよ」

「お、そうかい。どれだい?」

「これです。まずは1本目ですね。ほら、そこに2本目、あそこに3本目。おっと、ここに密生していますね。やっぱり、胡椒の木は集まるんだな。一度木が育つと、後は実が落ちて増えていくんだろうな」

「この木が胡椒の木なのかい?これの実が、どうやって胡椒になるんだい?」

「この実を集めて、乾燥させるんです、カラカラになるくらいに。この緑色の実が黒胡椒になって、この赤い実が白胡椒になります。さぁ、実を取れるだけ取って行きましょう」

 みなさん、歩き疲れていたので、休憩がてらの実の採取は喜んでやってくれる。その間に、オレは回りを捜すと、どんどん胡椒の木が見つかる。ほら12本!銀貨12枚ですよぉ!お姉さんと、どんだけ仲良くなれるんだ?おっと、ここにチョウジの木があるじゃん!

「ヒューイ様、ここにクローブの木がありますよ!」

「ほんとかい、そうかこれがクローブの木なのか。ちっとも知らなかったよ」

「この木はいくらでしょうか?銀貨2枚でいかがでしょう?」

「まぁ......しかたないねぇ、2枚で手を打ちましょう!」

「ありがとうございます!ほら、ここにもありましたよ!」

「マモル、あんまり見つけないでくれ、破産するかも知れないよぉ」

「でも、胡椒の木にしてもクローブの木にしても、金のなる木なんでしょう。今、私に払った金の何十倍何百倍になって返ってくるんじゃないですか」

「確かにそうなんだけどねぇ。マモル、最悪の場合、分割でもいいかい?」

「う~~ん、それでも仕方ないです。利息は取りませんから」

 

 お付きの人のカゴが一杯になっても、奥の方に胡椒の木、クローブの木があって実がなっているので、どうしたもんだろうとヒューイ様に相談する。

「どうします、ここにもありますけど?」

「こんなに木があるとは、思いもしなかったよ。これが本当にお金になるんだから、金のなる木を見逃していたって言うのは、悔しいね!」

 ほほほのほーい、とカゴに入れていくと、あ、唐辛子の木をめっけ!

「ヒューイ様、唐辛子って、どこでも採れますか?」

「いや、唐辛子はザーイから運んでいるけど、もしかしたらこれが唐辛子の木なのかい?」

「はい、そうですね。これ、少し持って行ってもいいですか?ウチの村でも植えたいんで」

「これは、どうやって育てればいいんだい?」

「いや、簡単です。種蒔いて、ほっぱっとけば、育ちますから」

「本当に?ハルキフの山は宝の山だな。山の木の実は毒のあるものが多いから、あまり食べることがないんだよ。マモルに教えられなければ、分からなかったな。これで、ハルキフの財政が楽になるよ、ありがとうマモル」

「いえいえ、でも採りすぎたりしないように、計画して採ってくださいね。あと、枝を切って、植木にするのもありですから、試して見ましょう」

「それもできるのか!」

「はい、もし魔力を持ってる人がいれば、「育て、育て」と念じてやれば、早く育ちますよ」

「えぇ、それは本当に使えないよ。念じて育つなら、苦労はしないさ」


 オレとヒューイさんの会話を聞いていたみなさんは唖然としている。この国では、胡椒って同じ重量の銀と交換してくれるんだって。入ってこない時は金と等価になるときもあるんだって。上流貴族やお金持ちの食卓に香辛料は欠かせない、という贅沢が浸透してしまっているから、高い金を出しても切らすことができなくなっているという、麻薬のような香辛料となっているんだ。まぁ、オレもこの世界に来て、初めて肉に胡椒かけて食べたときは涙が出たくらいだし。

 胡椒の実10粒が銀貨1枚だと思え、と言ったら、みなさん急に扱いが丁寧になったし、落ちた実を拾い直しているし。

 まぁ、この山に胡椒の実を盗みに入らないように考えないといけないね、とヒューイさんが連れてきた貴族のみなさんに相談していた。

 

 オレは胡椒の木を57本見つけ、クローブの木を31本見つけ、合わせて胡椒の木の分が銀貨57枚、クローブの木の分が銀貨62枚と合わせて銀貨119枚、金貨に換算すると金貨が5枚と銀貨が19枚になった。金貨は村のために使って、銀貨分はオレの小遣いにさせてもらおう!だって、これから交際費っているだろうしさ。


 行きと違って、帰り道は金を背負っていると思っているせいか、足取りも軽く、進んで行く。結構皆さん、疲れていると思うけど、日暮れ前に宿営地に着いた。


 夕食は、肉料理というか、焼いた肉が出たので、ポケットから白胡椒の小瓶を取り出し、みなさんの肉に少しづつかけて回った。誰もイヤだとは言わず、嬉々として待っておられる。

 ヒューイ様から

「マモル、悪いね。白胡椒となると、高価だから中々口に入らなくてね、貴族でも口にしたことのない者もいるくらいさ。ましてや、平民では一生口にすることはないと思うよ。これが、領内で生産できるようになると思うと希望が持てるし、本当に感謝しているよ」

 と言われる。

 みんな、何も言わず肉を口にするけど、1口食べて、一様に顔を上げ、隣同士顔を見合わせている。あれ、美味しくなかったのかな?と思っていたら

「旨いな」

「これは旨い。違う肉みたいだ」

「これを知ると、元に戻れなくなるぞ」

「前に黒胡椒のかけた肉を食べたことがあるが、あのときはほんの少しだけかけてもらったので、味が良く分からなかったが、今回は明らかに違いが分かるぞ」

「マモル、こんな高価な物をすまない、感謝する」

「そうだ、マモル、ありがとう」

「「「「「ありがとう」」」」」

 と思った通りの反応を頂き、感謝の言葉をもらった。美味しい物をみんなで食べるって、気持ちの壁を取り去るんだね。みんなでワイワイ話し出したし。


「あの~~、ちょっと聞いていいですか?」

「なんだ?」

 とヒューイさんの次に偉そうなオヤジさんみたいな髭を生やした人から反応が。あらら、ついさっきまで無視されてましたけど?

「実は私の村にハルキフ出身の方がいらっしゃいまして、とてもよく働いてくれているんです。もしかしたら、知り合いの方がいらっしゃるのじゃないかと思いまして、聞いてみるんですけど」

「ふむ、誰だ?」

「はい、ネストルという男の人で、奥さんの名前がサラさんと言いますが」

「ネストルとサラ!」

 突然、奥の方にいた女性が立ち上がって、オレの方を睨み付けているんですけど?

「その、姓はマフノと言わなかったか?」

「え~~そうだったかも知れません。うちに来たのは、ネストルが仕えていたハルキフの前の領主に連座したということで、平民になって執行猶予がついてうちに来ました」

「なんと......」

 なんと、涙をポロポロと流して、女性が泣き出した。横にいた男性が肩を抱いて慰めています、役得ですね。


「ネストルとサラがマモルの村にいるのか?」

 髭のオヤジが聞いてきました。

「はい、先日も私に同行しましてギーブに行って参りました。ここには、まだ執行猶予中ということで、騒ぎになりたくないと言うことで、村に帰りましたが、元気にやっています」

「そうか、元気にやっているのか......」

 なんか、急にしんみりしてしまいました。もしかして、地雷を踏んでしまったでしょうか?

 そのオヤジさんが頭を下げて

「マモル、済まない。実はあの戦いの後、前領主に連座したものは、どうなったのか我々には知らされていなかったのだ。そのため、死罪はないと思っていたが、もしかしたらずっと牢屋に入っているか、国外追放とかあるかも知れないと考えていたのだ。家族の行方も杳として知れず心配していたのだ。犯罪に加担したものの行方は闇に消えていき、残された家族親戚には知らされないことが多い。だから、2度と知ることはできないと思っていた。

 それが何と、タチバナ村にいたとは。よくぞ、話してくれた、礼を言うぞ」

 ありゃ、もしかしたら言ってはいけなかったのかね?ヒューイ様を見ると、知らんぷりしているから、これはオフレコということで良いのですよね?

 オヤジさんは続けた。

「あの泣いている女はサラの妹なのだ。サラは元気でやっているのだろうか?」

「はい、元気です。毎日、ネストルを尻に敷いていますよ。え、何をやっているかですか?今は、村の子どもに勉強を教えています(おーーーという反応あり)。確か、ハルキフの町で家庭教師をしていたとか、聞いたもので。

 最近も凶賊が村を襲ったとき、弩を持って戦っていました。お陰で、凶賊を全滅させることができました」

 ざわざわざわ、サラが矢を射るだと?賊と戦うだと?そもそも弩とは何か?と隣同士で話すのは良いですけど、オレに直接聞いてくださいよ。


「姉は、サラは元気でやっているのですね?」

 あんなにオレを嫌っていた女性が、やっとオレと話をしてくれました。

「はい、元気です。もし良ければ手紙を持っていきましょうか?」

「え、あ、ありがとうございます。是非、お願いいたします。町に戻りましたら、すぐに書いて持って行きますから」

 あぁ、手の平を返して、この態度!だけど、器の大きいオレはそんなことを気にしませんから。手紙は任せなさい。

 でもツンデレの女騎士と恋愛関係になるという、定番の展開にはならなかったな。クッコロ、って聞けそうで聞けないものだわ。


 ネストルとサラさんは、ハルキフの町で慕われていたんだということがよく分かった。それで、サラさんがしっかり尻に敷いてたということも、みんな知ってたし。執行猶予が明けるという感覚は、この世界にはなくて、たぶん信忠様が「許す」と言わない限りは、執行猶予が解けないんだろうから、それまではハルキフの町に来ることはできないのだろうけど、生きてさえいればいつか会えるよね。


 その後に、ネストルの上司、町の文官のNo.1とNo.2はどうなったんだろうか?という話になった。ずっと黙って聞いていたヒューイ様がぽつり漏らした。

「2人は死んだ。2人とも領主がゴダイ帝国とつながりあったことを知っていたんだ。その家族がどうなったか、私は知らない。ネストルは何も関与していなかったから、寛大な処置で済んだんだよ。この話はみんな、聞かなかったことにしてくれ。余り広まると、マズいことも起きるかも知れないからね」

と言われた。あまりヒューイ様に、いい顔をしていなかった人たちも、うなずいている。少しはわだかまりも溶けたのかもしれないね。

 ちなみに弩については、弓の進化形ということで、まだ秘密なんだそうな。なら、黙っていますから。




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