ハルキフで胡椒の木を捜す
話は戻って、胡椒の木を捜しに行く朝です。アヒルお姉さん、もといアビルお姉さんと楽しい夜を過ごす前の前の朝です。
ヒューイ様からお迎えの馬車が来て、剣一つ持って乗り込むと、街の入り口の門に連れていってもらった。馬車はオレだけで、他の皆さんは馬に乗ってる。やっぱり練習しないといけないけど、そもそも村には馬がいないから、買う所から始まるのか。農耕馬でも良いから買って、練習しようか?オレがどこか行くときだけのために馬を買うというのも、もったいないような気がするし、農耕馬に乗って村の外に出かけるというのは、余りに格好つかないから、どうしたものか?そうは言っても、馬に乗れるようになっていないといけないよな。
「ヒューイ様、あの~~~言いにくいのですが、私だけ馬車で足でまといなら、走って行きましょうか?」
爆笑!すごくウケた。
「何?走るって!?人が馬と同じ早さで走るっていうのかい?それは無理だろう?いや、馬車に乗ってくればいいんだよ。帰りは荷物を色々載せてくるつもりだからさ」
「あ、そうですか。なら、安心しました」
「そんな気を使わなくていいんだから」
「はい、分かりました」
「でも、マモルがそう言うということは、相当走れるのかい?」
「そうですね。この国に来るとき、ギレイ様が迎えに来てくださった宿場まで30kmを3時間弱(果たして、どう翻訳されたのか?)で走りましたから、かなり早い方かと思います」
と言ったら、ヒューイ様じゃなく後ろの方から、女性の声がした。
「そんな早く走れるわけがないであろう!」
「いや、現実にそうだったんですけど......ギレイ様に聞いて頂ければ?」
「フン、それなら実際に走って見せよ。私について来るがいい!」
と先に行ってしまわれましたが、ヒューイ様どうしましょう?あれ、仕方ないなぁ~~って顔で、他の人たちもヤレヤレという顔をしてるし、オレが言い出したんだけど、走るんですかぁ?ほえ~~~走りますようぉ!
テクテクテクと馬に遅れないように走る。前の世界にいたときは、競馬の走るのとか、映画の西部劇みたいに結構早く走るのかと思っていたら、テッテッテッって感じで、せいぜい時速10~15kmくらいじゃない?これなら、箱根駅伝のランナーに負けるなぁ。ま、馬も疲れるから、そんなに早く走れないってことを知りました。
走り始めて1時間ほど。少し疲れたかな?くらいの感じだけど、前の戦いのときの半分過ぎたくらいで山がだいぶ近くに見えるようになってきた。
「休もう」
とヒューイ様が声を掛けて、全体止まれ。
汗をかいているのはオレだけなので、オレのために止まってもらったのだけど、皆さん何も言わず、馬から降りて木陰で水を飲んだりしている。オレは剣の他に何も持って来なかったので手を口元に持ってきて『Water』と唱えて水を飲んだ。
それをヒューイ様がめざとく見つけ
「マモル、何をしているんだい?」
あーー、いちいち聞かないでくださいよ。また揉めそうでしょう?
「いえ、ちょっと水を飲もうと思い、水を出しました」
「あぁ、そう言えば、前に山に行ったとき水を出してくれたね。あれは旨かったなぁ。私に飲ませてくれないか?」
とコップを出してこられるから仕方なく、指先から水を100ccほど出す。
「旨いねぇ、この水は!」
「ヒューイ様、その水はその者の指先から出て来た水でしょう?」
とツンデレかも知れない女性が言う。こういう人が、クッ殺!って言うのかしら?
「そうだよ」
「そんな、どこの者か分からないような水をよく飲めますね?」
「なんてことはないよ。もし戦場で、水のないところに行ったら泥水でも飲むんだからマモルの水くらいなんともないさ」
そうでしょうね、泥水よりもマシですよ。
「さあ、みんな休んだかな?そろそろ出発するけど、あと少しで、今夜の宿営地に着くから、後はゆっくり行こう。それに、ゆっくり行くとマモルの所に獣が寄ってくるんだよ。そうすると今晩はイヤと言うほど肉が食えるよ。今日はタチバナ村で採れた胡椒を持って来たから、豪勢な肉料理が食べれるんだ」
「え、胡椒ですか?」
「そうだ、胡椒だよ!」
「噂に聞いていたタチバナ村の胡椒だよ。楽しみだね~~♫」
「やった、オレは初めてだ!」
「オレは2回目だ!」
などと盛り上がっていますが、オレに付いて来いと言った女性の方はジト目でオレを睨んでいますが、オレが何をしたと言うのでしょう?
「さあ、出発するよ。何が来るかなぁ。熊かな?牛かな?狼はあまり食べたくないね、羊もいいな、鹿ならもっといいし、マモルさんにお願いしないといけないな。一人ずつ食べたい肉を言ってみな」
ヒューイ様、子どもの遠足じゃないですから。それでも、牛、豚、羊、鹿という希望があがるけど、アンタら、自分が何かする気はないでしょうが。
仕方ない。オレは剣を抜いて、1人で草原の中を進んで行く。誰も付いてこず、見学するだけだって。荷物を積んだ馬車はまだかなぁ、なんて思いながら、進む。
この空が21世紀の日本にどこかつながっているんなら、頑張って走って行くんだろうけど、つながっているのはルーシ王国だと思うから、ちょっとセンチメンタルな気分になる。意地悪言った、あの女性とは顔を合わせたくないなぁ、と思いつつ、異世界ノベルの王道ではツンデレの女性騎士と最初は対立しつつも最後はカップルになるという路線があるんだけど、オレはその道に乗ってないと思うしな。オレにはノンとミンがいるし、明後日の夜はお姉さんが待っているんだし、そんなハーレム生活を夢見ているんじゃないから、地味に暮らすのが第一目標なんだし。
どこかで、獣の吠える声が聞こえるなぁ。モォォォーーーン、かな?活字にすると。あれは牛だっけ?それに合わせて、ウォォォーーーーン、というのも聞こえてきた。いや、いくらオレの獣磁石が強くても、大きいのが1頭で良いですから。来なくていいですよーーーと願っていると、とぉーーーくに何か動く影が見える。少なくとも象さんではなさそうで安心です。キリンさんでもなさそうですね。プロントサウルスとかだったら、どうすればいいのかなぁ、あれは食べるのかな?などと考えていると、少し近くに来たような気がする。あれ?あれって虎でないの?この世界に来て初めて虎を見るわ!虎がいる!へぇーーー!まあ、いても不思議でないけれど、いるんだ!
虎は群れを作るんだと思ってたけど、1頭だけがノシノシとこっちに向かって歩いてくる。まだ、オレを見つけた訳ではないけれど、ヤツのアンテナに獲物がヒットしたんだろう。ファミリーを持たない独り身の虎かしら?
向こうさんも、500mを切ったくらいの所で、草原で胸から上を出している何かがいることに気がついたらしい。知り合いか?てな顔をするわけでもなく、オレは強いんだから近づいてやれ、みたいな感じでちょっと早足でやってくる。200m、150m、100mとヤツはオレを見て見ぬふりで、興味ありませんようぉ、みたいな感じで近寄ってくる。途中、ちょっとしゃがんで見せたりして、このお茶目さん!
50mくらいになった所で、くいっ!と頭を上げ、やっとオレを見た。でかい目玉だわ。爛々と光る目でオレを見つめている。もうオレを食い物として見ているのが分かる。
さあ、虎さん寅さん、いらっしゃい♪
虎は巨体に合わず、軽やかなステップでトントンという感じで弾みながら近づいてくる。この辺一帯の食物連鎖の頂点にいるんだろうが、絶対負けるわけない、という自信満々な感じですよね。
と、ここで迷いが出た。『Die』を使えば、キレイなままで毛皮が取れて、儲けにつながるんじゃないか?って。でも、こんな所で、目撃者がたくさんいるところで、魔法を使って、疑問を持たれるようなことはしない方がいいか?なんて、思ってるうちに、すぐ側にやってきて、飛びかかってきます。考えがまとまらないうちに、横っとびに逃げて、虎を躱す。あぁ、ダメだ。こんなこと考えていると殺られてしまうんだ。金もうけなんて考えて、いいわけないんだ。真剣勝負なんだから、迷ってる場合じゃなくて、とにかく倒してしまおう。
虎と睨み合いになる。虎も飛び上がるタイミングを見ている。きっと、今まで人と戦ったことがあるのだろうが、オレが剣を持っていないように見えるので、躊躇しているのかも知れない。ジリジリ距離を詰め、虎が飛び上がらず、ダッシュでぶつかってくる距離になった途端、オレは先手を取って、斜め右に剣と共に飛び上がる。虎はひとテンポ遅れてしまったので、口から首にかけてオレに斬られてしまった。
それでも深手ではなかったようで、まだ戦意を失っておらず、オレを睨み付ける。首筋からは血が滴り落ち、真っ赤に毛が染まっている。
来るか来るかと待っていると、突然虎は前足を折り、そのままドオっと倒れた。
やっと倒した、虎という強者のオーラというのか、迫力は牛や狼にないものだった。
「オーーーーーーーーイ!」
とヒューイさんを呼ぶと、遠くの方で「オーーイ」と返事があった。どうするのかな?と思ってると、みなさん、馬でやって来る。まぁ、馬で来たんだし、馬を置いてくるわけにもいかないだろうから、当然馬に乗ってくるんだね。
「なんだ、虎か」
という女性の方。最初にそれはないでしょう?すんません、虎で。
「へぇ、スゴいね、虎を倒したのか」
とヒューイ様。やっぱり、それくらいの反応はして欲しいですよ。オレと言えども命がけなんですから。
「どうしようか?解体するかい?」
「そうですね。どこが斬れているんですかね?あぁ、口から首か。首が致命傷ですね。でも下顎の辺りだから、毛皮としてはそれほど傷と言うわけでもないか?どうです、ヒューイ様。お館の居間に敷かれますか?」
「いや、私の趣味じゃないから、欲しい人がいるならあげるよ」
って狩ったオレを差し置いて話が盛り上がる。
もういいよ、オレは話が終わるのを待ってるから。
結局、解体が上手い人がいないので、毛皮をキレイに剥ぐことができず、かと言って持って帰るには馬車がなく、重さは200~300kgくらいあるんだろうし、このままほっぱっていくしかないということに決まった。
何それ、オレは無益な殺生したの?と思ってしまったけど、宿泊地から離れた所で狩りをしたオレも悪いのかなぁ?と思うんだけど。丸々捨てていくのはもったいない気もするので、みんな馬に乗って帰っていっちゃったけど、オレは脇から腹に掛けてのロースを少し削いでやる。あまり、食料事情は良くないのか、あまり肉は厚くないけど、もったいないしねぇ。この血だらけの肉を持って帰るわけにもいかないから『Dry』を掛けて干し肉にした。前に胡椒の実に掛けた時に比べ、魔力の量も上がっているのだろうけど、簡単に干し肉になった。ヒレはほとんど肉が付いていないなぁ。腹回りは、たゆんとしているけど食べれそうな肉じゃないから、肩からリブにかけての部位くらいだわ。
それでも,今晩の主食にならなくとも、お酒のおつまみくらいにはなるくらいが取れた。脇に抱えて、たったかたったか宿営地に走っていった。
遅れていったからと言って、あんまり冷たい目で見ないでいいじゃん。一応、干し肉持ってきたんだし。何だって、牛か鹿肉が食いたかったって。
なら、自分で獲ってきなさいな!




