誰かバレてら、まったく人の噂ってヤツは
オレをじっと見ていた商人のおっさんが、しばらくして言い出した。
「もしかして、お兄さん、あのタチバナ様じゃないですか?」
やっぱり分かってしまうんか。
「へぇ、良く分かりますね、前にお会いしたことがありますか?」
「いえ、お会いしたことはないのですが、前にタチバナ村に行く輸送隊に付いて行った知り合いが言ってたのを思い出しました。村からオーガに帰るとき、狼の群れに囲まれたそうで、乗っていたタチバナ村の村主のマモル様が狼の群れを退治したそうです。狼の群れは10頭もいたとか(すみません、6頭です)。今、その話を思い出しました。この国がいくら広くて、たくさんの強い人がいると言って、剣1つで狼が倒せる人がどれだけいるでしょうかね?
それに、そのタチバナ様は、ハルキフ郊外の戦いで織田軍を勝利に導いたという英雄であるということも聞いていますよ。
だから、あんな大きな熊を倒せる人はタチバナ様しかいないでしょう。知り合いの見たタチバナ様というのは背が高く、痩せていて黒い髪黒い目をしていたそうです。そんな人はめったにいませんが、今ここにいます。あなたはタチバナ様ですね?」
何、これ、この迫り来るYesと言わせようという勢い。仕方ないじゃない。平べったい顔と言われないだけマシか。
「はい......」
「「「「「「「やっぱり!!!!!!」」」」」」」
「恥ずかしながら、その、タチバナです」
「何が、恥ずかしながら、ですか!」
「いや、そんな興奮しないでくださいよ」
「これが興奮しないでいられますか!冗談言わないでください」
「いや、オレはそんな偉くないですから」
やめてくださいよ、もう。女の人、2人とも眼に星を宿らせているじゃないですか?
「偉くない?偉くないかも知れないですが、強いじゃないですか」
「まぁ、確かに人よりは多少強いですが......」
「何を謙遜しているんですか!街に着いたら、是非うちに泊まってください。ハルキフの戦いの話をしてください、お願いします」
「いやいや、泊まる所は決まっているので、お誘いはありがたいのですが、申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
「そうですか、残念です」
「なら、ぜひうちにいらっしゃって、夕食をご一緒して頂きたいのです。助けていただいたお礼をしないといけませんから」
後ろから、ずずずっと出てきたお母さんが、オレの手を取って、口説かれました。こういうときは異世界ノベルのセオリー通り、辞退します。女なら誰でもいいってわけじゃないんですよ、オレは。
予定外のイベントで大騒ぎの馬車は、夕暮れ前に街に着きました。その夜は何もドラマはありませんでしたよ。ええ、しっかりとお誘いを辞退させていただきましたから。
翌朝、ハルキフの街にあと1日で着けるというのだけど、乗り合い馬車はないそうで、輸送隊の馬車に乗せてもらっての移動となった。馬車を4台連ねて、道を行く。オレは最後尾の馬車の御者台に乗せてもらっているが、どの馬車もあまり荷物が載っておらず、これなら3台でも良かったんじゃない?と思って、御者に聞いたら、
「アッシも不思議なんでさ、こんな荷物が少ないなら、アッシが付いていかなくても良いでしょうが?って親方に聞いたら、親方がハルキフの領主様から、お客さんを乗せてくるとき、必ず1台余分な馬車をつけるようにと言われたんだそうで。
領主様の言われるには、途中必ず必要になるから、連れて来るようにと言われたそうでがす。お客さんは、剣しか持ってないようでがすが、荷物もねえのに、途中で何かなさるんでがすか?」
いやぁ、それってヒューイ様が立てたフラグですよね。デカいフラグすぎて、オレには見えないかも知れないわ。
「おやっさん(御者のおじさんのことです)に聞いてみるんだけど、この輸送隊の中でお守り持っている人っているのかい?」
「いやぁ、それがね、1番前の馬車にあるんでやすよ。この馬車まで届かないような気がするんでやすが、大丈夫でやすかねぇ。オレらに死んじまえ、ってことじゃないでしょうがねぇ」
とおっしゃる。きっと、オレの獣用磁石を発動せよとおっしゃるんですわね。
輸送隊が粛々と進み、今日は女の人がいないので、お花を摘みに行くこともなくお昼に近くなる。そこで予定通り、オレの予想通り、向こうから牛の群れがいらっしゃった。でかいなぁ、何頭いるんだろ?1,2,3,4,5,6。6頭いるよ、あれ全部ってことはないでしょ?こっちに気が付いた?こっちというか、オレに気が付いた?
牛の群れに気が付いた、輸送隊の前の方で騒ぎ始めた。
「おーーーーい、牛の群れだぞう!気を付けろぅぅ」
「おーーい、こっちに向かって来るぞぉぉ、みんなまとまれぇ。後ろ、もっとこっちに来るんだぁ」
黙っていれば、牛だって寄ってこないのに、なんで大声出すんですか!
「ち、ウンが悪いなぁ、まとまれって言われても、おらぁ、はみだしちまうさ。まぁ、どうにもできなきゃ、オレだけ逃げっけど、兄ちゃん、どうするね?」
どうするね?って、オレの期待されていることって一つだから。
「おやっさん、ちょっとオレは降りるから、みんなに止まって待ってるように言ってくれませんか?」
「え、あんた、何言っとるんだね!兄ちゃん、こんなとこで降りてどうするんだ?」
「どうするって、牛を殺ります。実はオレって、あの「ハルキフの英雄」(恥ずかしい)なんですよ」
「ええええええええ、兄ちゃんがあの「ハルキフの英雄」様だってかい!そりゃあんた、なんてこったい!おーーーーーーーーい、みんなーーーーーーぁ。この兄ちゃんが牛を倒すってよぉーーーーーーー。この兄ちゃんはぁーーーー「ハルキフの英雄」様だぁーーーーーー!!」
と言ったら前の馬車が止まり。しばらくしてその前の馬車が止まり、先頭も止まった。みんなこっちを見ているし、仕方ない、剣を抜いて馬車を降りて、馬車に牛が当たらないよう距離を取る。
さあ、牛さん、いらっしゃい。
結果だけ言うと、完勝でした。
先頭の牛を倒すと、わーーーと歓声やら驚きやら、小さく上がり、2頭目を倒すと少し大きな歓声が上がり。3頭目では大歓声に代わり、4頭目を倒すと「あと2頭だ!!」という声が聞こえ、もう面倒くさいので、あっち行けってな感じで牛の頭を叩くと、逃げて行きました。皆さん、「えーーーーーー」と声を上げるが、だって4頭いるんですよ、そんな持っていけないでしょうが?
とにかく、終わったよ、というポーズをとると、皆さん、馬車を降りてわらわらと近寄ってきた。
「こりゃぁ、すぅごいな」
「そうだな、4頭も持って行けるかな?」
「ちょっと無理じゃねえか?」
「もったいねえなぁ。1頭が金貨5枚としても、金貨20枚が転がってんだぜ?タチバナ様、どうしますかい?」
やっと倒して、所有権を持っているはずのオレに回答権が回ってきました。
「持って行けないんじゃ、このまま置いていくしかないでしょう?」
「タチバナ様、あんたなら、これらを切って小さくできないっすか?」
「(できそうな気もするけど)そんなことできるわけがないでしょ」
「そうですわねぇ......あ~ぁ、解体道具があればなぁ~~」
「親方、解体道具なら、載せて来ておりまっさ!」
「なんだとぉ?」
「いやね、余分な馬車を用意するとき、解体道具載せてけ、って言われたんでさ。言われたときは、何をバカなこと言ってんだい、途中で狩りをするわけでもねぇのに、と思ってたんですが、このことだったんですかね!」
「おーーーーそりゃぁ、いいやぁ!野郎どもぉ、解体すっぞ!あ、タチバナ様は見ていてくださいませ。おっと、分け前はタチバナ様7分、あっしら3分ってことにしてもらえませんかね?」
「いいよ、分け前はオレが5で、親方たちが5の半々でいいから。どうせ、捨てて行くつもりだったから、それで十分だって」
「「「「「「「本当っすか!」」」」」」」
他の離れて牛を見ていた人たちもハモる。あんたら、聞いていたのかい?
「よぉーーーし、聞いたかぁ。今日は解体して、終わるまで出発しねから、覚悟しやがれぇーーーー!!!!」
えーーーー、それまでオレは待機ですかぁ?もしかして、ここで泊まりか~~?
解体祭りしてたら、後ろから輸送隊が追いついてきて、彼らも解体に加わりましたがな。分け前なくても、食えるだけでも良いからって。
まぁ、好きにして、今夜は好きなだけ食っていいから。
オレは物好きな獣がやって来ないか見てるし。って来るんだよなあ。




