ギーブの町にて
話す内容をまとめているうちに、あっという間に夕方となり、お迎えの馬車が来た。ネストルは食べて聞くだけだから、楽でいいよね。ウキウキ感が身体からにじみ出ているし。こっちは胃が痛いんだって。
馬車に乗って着いた先は、でかい館でいかに武器商人が儲かるか、ってことを表している。こんな家に住んでいるなら、タダにしてくれても良かったんじゃない?
馬車が玄関に着くと、さっそく執事が出てきて案内してくれる。中も豪華ですね、やっぱり儲かるのは商人ですよ。江戸時代に侍が貧乏してて商人が裕福だったのと同じような気がするなぁ。
通されたのは大広間。20人以上いるんじゃない?と思うくらい大勢で、一人一人挨拶するけど、覚えてられないって。ネストルが、うんうんと言っているから、覚えているのだろうか?
挨拶が終わり、夕食が始まる。お酒を勧められるけど、とても飲める気分じゃないですから。何を食べたか分からないくらい、緊張してるんですよ。お水を頼むけど、この世界では飲める水の方が葡萄酒やエールなんかよりも高価です。日本に住んでると、水道の水も飲めるけど、海外ではミネラルウォーターを飲むってのは常識ですよね?こっちでは、それがもっと進んでいて、飲める水を作るってコトになるんだから。無味無臭の清浄な水というのは、高価なんです、ハイ。
いよいよ、お話の始まり。皆さん、あんまり期待しないでくださいね。
あっという間に、ハルキフの戦いとタチバナ村の凶賊殲滅戦の話が終わったんだけど、これってウケるんだ。分かった、オレはこの話だけでも、生きていけそうだって。
支配人を始めとして店員さん、その他大勢の方たちに大ウケしたと思う、きっと。特に男の子たちは、スゴくウケた。君たち、こういう話が好きなんだね。人型決戦兵器の戦闘の話は好きでも、搭乗員にはなりたくないというのと同じじゃない?聞いてるだけなら面白いんですよね。
よほど楽しかったとみえて、支配人はオレの手を取って、ぶんぶん振る。
「こんなに、すばらしい話が聞けるとは思いませんでした。ハルキフの戦いは、吟遊詩人が話していますが、ご本人がお話されるとこんなに素晴らしいとは。本当に感謝に堪えません。できるならば、場を改め、もう一度お聞かせくだされば、武器も何も無料にさせていただきますが、いかがでしょう?
いえいえ、失礼致しました。今後も、よろしくお付き合い願います。お疲れでしょう、ここにお座りください。馬車を呼んで参ります」
と言って、どこかに行ったので、やれやれと椅子に腰を下ろす。座った途端、子どもと女性の方たちが、わらわらと寄ってきて、口々に感想を言ってくれる。いやぁ、褒められると嬉しいですね、木に登っちゃいますよ。近寄られると女性陣の胸元が気になって仕方がないんですけど、中身が見えますよ?いいんですか? あんまり褒められるし眼福いっぱいだったので、つい調子に乗って
「じゃあ、馬車が来るまで、お話を一つしましょう。ロミオとジュリエットという話です」
と話出すオレ、横でネストルが呆れた顔をしてるけど。
話が佳境で、ジュリエットが教会の神父さんに相談し、仮死状態になる薬をもらった所で、支配人が馬車の準備ができました、と言いにきた。
では、と腰を上げると、女性陣が般若の顔になり、支配人を睨む。
「マモル様、馬車の準備ができたのですが?」
と支配人が言うのだけれども、
「馬車は待たせなさい!」
と奥さまらしい方が一言、おっしゃる。
「何をお前、マモル様も帰られないと.....」
「いいえ、マモル様。ぜひ、続きをお願い致します。このまま、最後まで聞かずにお帰り頂くというのは、とてもガマンなりません。どうか、マモル様、最後までお話頂けないでしょうか。よろしくお願い致します!!」
どうも、支配人の奥さまですね。他の女性の皆さまも拝んでいる人もいるし。そうなるとは予想していたので、馬車は待ってもらい、続きを話す。
みんな泣いています、ネストルも。男が泣くのは気持ち悪いから止めなさい。でも、みんなハッピーエンドを予想していたらしいのに、最後はバッドエンドになって、泣き崩れてしまった。支配人を手招きして、修羅場を後にして馬車に乗り込んだ。後の始末はお願いしますね、支配人。
その後は、夜の街に誘われることもなく眠りました。
ギーブに向かって出発!となったけれど、オレはギレイ様とは別の馬車に乗せられた。聞けば、ギレイ様は移動中も仕事をされるようで、オレのような暇を持て余しているような30人プラスの村主とは仕事量が違うんだと実感。
前の世界で営業していたときは、部長は昼は暇そうにしていて、夕方になると「今日も大切なお客様の接待だ。つらいなぁ~~~♪」
と叫びながら、部下を連れずどこかに消えて行った。どこに行かれるのか、誰に会うのか、社長と総務以外は知らず、それでも会社は続いているのだから、オレに迷惑がかからなければ良かったし。
馬車はあまり変わり映えのしない風景の中を進む。ネストルと無言で馬車の中にいるが、特に話すこともないので、ひたすら無言で過ごす。こんな揺れる馬車の中で書類整理したりするギレイ様ってすごいね、ただただ尊敬するわ。
途中、定番の獣に襲われるというイベントもなく、ギーブに着いた。ロマノウ商会から紹介された宿は、それはそれは高級そうな宿で、とても支払いのできそうな宿ではないと思ったのだけど、もしかしたらロマノウ商会が払ってくれてないかなぁ、と期待して中に入る。最悪、オレが払わなくちゃいけないなら、ギレイ様に借りようっと。フロントで聞くと、支払いはロマノウ商会持ちで一番いい部屋が用意されているとのこと。飲み食いも全部ロマノウ商会が持ってくれるという夢のような待遇だが、小市民のオレは余りに恐れ多くて、グレードダウンした部屋にしてもらう。
部屋に風呂があって、というのはありがたいけれど執事の泊まる部屋とメイドの泊まる部屋があり、というか両隣がそうでドア1枚で続いていて、でかい机と応接セットがあるなんて、落ち着かなくて。確か、ポリシェン様の家には風呂がなかったよ?もしかしたら、オレが入る風呂がなくて、家族の皆さんが入る風呂があったのかも知れないけど。
出張に行っても東〇インが一番落ち着くオレは、身の丈というものをよーく知っていますから、貴族が泊まる一番下のグレードで十分なんです、ネストルは不満顔してたけどね。
部屋の手続き、部屋に入ってからのあれやこれやは、みんなネストルがしてくれたので、オレはぽつねんと椅子に座っているだけで待ってます。
明日はギレイ様と信忠様に挨拶に行くと聞かされているし、今晩の夕食はギレイ様は仕事をしながら召し上がるということで、ネストルと外に食べに行くことにしました。
手元のお金は、ほとんど残っているので、多少ごちそう食べても問題ないと思う。そこはちゃんとネストルが計算しているだろう、歩くお財布くんですね。
え、宿で食べればいいって?いやぁ、あまり一企業と親密になって、ズブズブになると利益斡旋とか利益供与とか将来問題になるかも知れないでしょ?過度の癒着がないよう、上に立つ者は清貧をモットーとしなければ。と、言ったらネストルが「どこにそんな領主がいるんですか?」と笑われたけどね。
美味しい夕ごはん(蚕の入っていない)を堪能して、宿に帰る道ネストルと二人、ちょっとほろ酔いで歩いていた。オレは何の気なしに立ち止まった。ネストルは先に歩いて、いる。
突然、手を引っ張られ横の路地に引き込まれる。バランスを崩して、おっとっとっと、という感じになり、地面に倒れ込む。手を引っ張ったヤツがオレの上に乗って手に持ったナイフを振り上げた。
久しぶりに時間の伸びる感覚が来て、どうしようかと考える間もなく、バゥに言われた言葉を思い出した。一発で殺す魔法はありますか?それは「Die」だ。
オレの上に乗った男の動きが急に止まり、男の身体が重力に引かれてオレの上に被さってくる。顔に落ちそうなナイフを避けた。
「マモル様、マモル様、どこにいかれたのですか?」
ネストルの呼ぶ声がする。
「ネストル、こっちだ」
「どうされたのですが、こんな暗い所で?」
「うん、歩いていて突然腕を掴まれ、路地に引き込まれた。上に乗られて、ナイフでオレを刺そうとしたが、なぜか急に動きが止まったんだ。どうも、コイツの具合が悪くなったらしい」
「ええ!そんなことがあったんですか!」
男を避け、オレは立ち上がった。どうしよう、衛兵に届けた方がいいのだろうか?それとも誰も見ていないようなら、このままほっぱっといた方が良いのだろうか?この世界の流儀が分からないので、迷う。そんなオレの気も知らずネストルは、男を調べる。なぜか馴れた感じだけど?
「おかしいですね、外傷が何もないです。やはり、病気か何かの突然死でしょうか?これは、届けましょう。歩いていたら、男が倒れていて、見たら死んでいるようだから届けた、ということで大丈夫です。手にナイフを持っていると、話が難しくなるので、預かっておきましょうか。私が衛兵を呼んで参りますので、マモル様は申し訳ありませんが、見張っていていただけませんか?」
「分かった、頼む」
衝撃から覚めてないので、話し方がちょっとおかしい。でも、なぜかネストルは自信ありげなので、任せておけば大丈夫だろう。
衛兵たちが来て、男の身元を調べ始めた。男は鞄も何も持っておらず、不思議なことに身元を示すようなものは一切持っていない。どこの誰かは分からない。
オレたちが誰か、ということが聞かれ、99%ネストルが答えている。ネストルがハルキフの戦いの英雄、とオレを紹介すると「おーーーー」という声が上がり、疑惑の目が尊敬・憧れといった目に変わるのを感じます。
男にはたんこぶなどの外傷が一切ないので、病死だろうと言う結論に納まったようです。衛兵だって、殺人とか余計な荷物は背負いたくないので、できるだけ後腐れのない方法で処理したいというのが、見え見えだし。
ネストルが銀貨1枚を衛兵に握らせ
「どうもありがとうございました。これで一杯やってください」
と言えば、衛兵たちは上機嫌で荷車に死んだ男を乗せて、去って行った。ネストルに任せて、ほんとうに良かった、ハァ。
オレはちょっと、まだ衝撃から抜け出せていない。突然、殺されそうになったことと、「Die」を使って効いたこと。
オレを狙って殺そうとしたのか、単なる快楽殺人のような、そこらを歩いている者なら誰でもいいのか、強盗目的だったのか、どうして何も身元を示す物を持っていなかったのか、財布さえも持っていなかったのはなぜか、身なりに対して、このナイフは高価そうに見えるが、不釣り合いに見えるナイフをどうして持っているのか、次々に疑問が湧いてくる。
ネストルは賢明にも宿に帰る道は、オレに何も聞いてこなかった。そして、オレの後ろを歩いた。
黙ったまま宿に着き、寝る気になれないし、ネストルはさっきの事件のことを聞きたそうなので説明する。
オレもよく分からないので、ネストルも納得していないと思うが、仕方ない。問題は偶然だったのか、計画されたものだったのか?ということだ。ネストルに言わせると、貴族の中では目立つヤツは必ず潰そうとするヤツがいるとのこと。オレのような目立ち、金を生む雌鶏のようなヤツは目を付けられていても不思議じゃないって言うけど。まだまだヒヨコなんだけど、もしかしたら、オレの評判がルーシ王国に伝わり、ヤロスラフ王国に、もしくは織田領を繁栄させそうな裏切り者のオレを消そうとしたのかも知れないとネストルが言う。
隣の国が栄えることほど、不幸なことはない、と。
言われてみると、ロマノウ商会の知っていることをルーシ王国が知っていても不思議ではないな。
ゴダイ帝国からも狙われているかも知れない、という。ハルキフの戦いで目立ち過ぎたそうで。ゴダイ帝国の将校や兵士たちの前で、顔をさらし大きな勲功を挙げてしまったからって。将校たちや兵士は帰国したが、オレのことを国に帰って話しているだろう。オレのことに興味を持ち、調べて将来、有害であろうと判断すれば暗殺を考えるかも知れないと、怖ろしいことを言う。
ヤロスラフ王国の中にも新興の織田領が豊かになるのを喜ばない貴族はいるので、可能性はあるかも知れないってマイナスなことばかり言うし、オマエは主人を脅迫しているのかって。
ただ、国内の貴族でそこまでやろうと思うくらいのことを考えるくらい有能なら、暗殺を考える前に違うことを考えるだろうな、ということだ。
とにかく、今は警戒するしかない、ということを確認して寝ることにした。ネストルには、オレの巻き添えでネストルに被害が及ぶこともあるから、と念押ししたけど。
一人になって「Die」を考える。とっさにでた呪文だけど、効いたとは。結構、魔力が持っていかれた感じはしたけど、アドレナリンが出たからか、その後の影響はなかったような?
効かなければオレが殺されていたのだから、あの男に同情はしないし。男を死に到らせるのに、どのように魔力が使われるのが分からないけれども、心臓麻痺なのか、そういう類いの病名になるんだろうな。
オレが「Die」を使えるということを知られると、みんな警戒して誰も寄ってこないだろうから、これは秘密にしなければならない。それに、これが絶対に効く、とは思わないことだ。何か対応する魔法があるだろう。
気をつけよう、油断しないこと、敵はどこにでもいるものだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
やっとギーブの町に着きました。




