魔法の手ほどきを受ける
何かに揺すられて目を覚ますと、アンがオレを揺すっていた。どう見ても少女に見えるけど、これが成人していて、なおかつ未亡人か?不思議な気持ちでアンの顔を見てた。
「夕食の時間だから呼びに来た」
あぁ、もうそんな時間なんだ。早起きしたし、大鹿を倒すという衝撃的な出来事で疲れて寝てしまったんだな。アンに連れられて、昨日の広場に行く。
今日もたくさんの人が集まって、準備をしている。アンによると獲物をしとめた人が食べないと、他の人は食べれない決まりだから待っててくれてたそうで。
獲物を命をかけて倒した人間が食べる前に、何もしていない者が食べるなんて、倒した人に申し訳ないということらしい。獣を倒す時、人が当たり前に死ぬことを知っていると、その人が無事に戻って来ればこうなるのも自然なことだろう。オレは昨日と同じく婆さまの横に座り、アンが持ってきた肉を口にする。そうしてオレを見てた人たちは歓声を上げ食べ始める。
「マモルのおかげで、今日も肉が食べられたことを感謝するよ」
婆さまが骨付き肉を咥えながら、ニコニコと笑って言う。婆さま、ろくに歯がないけど食うんだね。
「いや、オレはたまたま倒しただけで、運が良かっただけだから」
「ジンが言ってたさ。大鹿が、マモルのところに向かって走っていったときは、マモルはやられてしまうと思ったって。それが、剣を振りかぶって一瞬見えない動きで剣を大鹿の首に叩きつけて、気がついたら大鹿が倒れていたって」
「そうか、オレは無我夢中だったけど」
「いやいや、大抵は大鹿が向かってきたら、跳ね飛ばされて死んじまうか大けがしちまうから、良く無傷でしとめたもんだよ」
婆さまはこの村の住人で大きな獣と森の中で遭遇し、倒すもののケガしたり死んだりした男たちの話をする。獲物を倒す前にやられてしまうか、良くて相打ちくらいらしい。特に虎やイノシシは、まず人間の方が死んでしまうようだ。虎だとオレも勝てる気がしないぞ。
ふと気が付いて、神さまの言っていた魔法のことを聞いてみる。
「婆さまは魔法の呪文が使えるのか?」
「おや、マモルは使えるのかい?」
「いや、使えないが、こちらの世界では普通に使えるのかと思って聞いてみた」
「ワシは若い頃使えたけど、今はもう使えなくなったね。魔法の呪文を使えるものは100人いれば1人いるかどうかだよ。1000人に1人くらいかねぇ。
もしマモルが呪文を使えるようになっても黙っているんだよ。呪文が使えることを周りが知ると、マモルを利用しようといろんなヤツが集まってくる。いい人なら良いけど、そういうときは悪いヤツの方が多く集まってくるからね。骨までしゃぶられてしまうよ。それにな、呪文を使えることが人でない、という所もあるんじゃよ。気をつけないといかん」
「分かったよ、もし使えるようになっても誰にも言わないようにするよ。ところで、呪文使うのはどうするんだ、教えてくれないか?」
「あぁ、教えたげるよ。呪文を使おうとするときは、まず身体の中を流れる魔力を使おうと考えるんだよ。そうすると身体の中で、暖かい物が流れるような気がしてくる。その暖かいものが魔力と呼ばれるものだよ。
それで、指先に魔力が集まるように気持ちを集中するんだよ。そして使う魔法の呪文を唱えると、自分の持ってる魔力に応じた呪文が使えるよ。
でも自分の持つ魔力の限界があるから気を付けないといけないよ。力がなくなると気を失ってしまうからね。ただ、力が少なくなってくると、暖かい物が少なくなって寒くなってきたような感じがするよ。でも、これは経験だからね、限界を知ることが肝心だよ。マモルが呪文を使えるようになっても呉々も注意するんだよ」
「あぁ、分かったよ。婆さまは何の呪文が使えたのかい?」
「ワシは少しだけ病気が治せたよ。死んじまうような病気には効かなかったけど、弱いものなら直せた。それでも、何もできないよりはマシさ」
「そのとき、何と呪文を唱えるんだ?」
「『Cure』だよ、役に立つ魔法はワシには、これしかできなかったね」
なんですと!?英語ですか?
そう言えば神さまも言ってたな、呪文は英語だと。でも、婆さまが言ってるのを、翻訳されてオレの耳に届いているのかも知れないが、オレの耳には『Cure』と聞こえた。ということは他の魔法も、英語で唱えればできるのだろうか?それが事実なら、真剣に英語習っておけば良かったってことか?でも中高の英語の先生はずっと日本人だったし、とてもじゃないが田舎訛りの英語にしか聞こえなかったから、あの英語じゃダメかも知れない。
ウチの学校に来てたALTの先生にちゃんと習っとけば良かった。うちは田舎だから駅前留学なんて遠くて行けなかったし、英語は苦手だったから行く気もなかったもんな。ちゃんと勉強はやっておくもんだ。でも、呪文が仏語や独語じゃなくて良かったよ。そっちはもっと無理だな。
夕ごはんが終わって、今晩もアンに連れられて小屋に戻る。2日続けて肉が食べられたせいか、アンは少しにこやかに見える。
「マモル、お休み」
「あぁ。お休み」
「マモルが2日続けて獲物を捕ってきてうれしいけど、余り危険なことをしないで。みんな喜んでいるから言いにくいのだけど」
そういってアンは小屋から出て行った。
小屋でしばらくボーとして周りが静かになるのを待つ。婆さまに教えてもらった魔法の呪文を試してみたい。
周りの小屋が静かになったので試してみよう。
まず魔力を使うことを意識する。身体の中に何か流れているのが分かる。意識しだすとだんだん流れが大きくなってくるような気がする。これが魔力の流れか?オレも呪文が使えるのか?そして指先に、その流れが集まるように集中する。指先がチリチリしてきて、温度がだんだんと上昇しているような気がする。婆さまの言っていた通りのようで、期待が高まりアドレナリンが出てくる。
「キュア」
あれ?なんも変わらない。もしかして治癒魔法だし、オレは健康体だから治癒魔法かけても変わらないのか?それとも発音の悪いせいか?もう一回発音に注意して呪文を唱えよう。テレビでよく日本人の英語喋れる人が外国人と会話して、なんだこれは気取ってんなぁ、と思ってたときの発音を意識して。
『Cure』
おぉ、指先から何か白い光が飛び散ったような気がする。これか?これが魔法か?そうだ、きっとそうだ。何かもっとオレの生活のためになる魔法を使おう!灯りだ、灯りをつける魔法を試そう。灯りって何だっけ?
「らいと」
あれ?ダメ?
「ライト?」
やっぱダメ?RとLの発音が違うのね、きっと。
「Right....」
「Right....」
「ライト」
「レイト」
......
『Light』
どれだけ呪文を唱えたか分からないけど、すごく嫌らしい発音でやっと指先に小さな小さな光の球ができた。テレビで見るバイリンガルの女の人が外国人相手に、舌を巻いて巻いて発音しているようなヤツでやっと実現した。
外国人が話す分には気にならないが、日本人が言うと「こいつ、何を偉そうに言ってんだ?」と思ったヤツだ。高校のときクラスに帰国子女がいて、そいつがALTの先生と英会話したとき、発音の違いに感心したのと、あまりオレらの発音との違和感に驚いたっけ。そいつが普段使っている日本語とALTの先生と話した英語のギャップにクラスのみんなが引いたけど。
とにかく、指先にほんの弱々しい光がついた。何か分からないけど涙が出てくる。真っ暗な中で指の先だけ、ほのかに明るい。その光を見ていて、急に意識がなくなった。