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捕虜の行方

「ドミトリ様は、ワシリー様は、これからどうなるのでしょうか?」

 マリヤがギレイに訊く。マリヤの立ち位置が実は微妙で、捕虜と言えば捕虜なのだが、オレの庇護の元にあると言えばある、とマモルは思っている。だからタチバナ家の客人のような扱いと言える。と言っても宙ぶらりんなことは変わらないのだが、それは内々のことで、対帝国に対してはタチバナ家の一員となる。


 本来、ギレイと直接会話する立場にはないのだが、思い余って訊いてしまった。

「分からない。帝国の判断次第だ。通常ならルーシ王国と言うかシュミハリ辺境伯家に身代金を要求するのだが、シュミハリ辺境伯家の実態がなくなったかも知れない。そうなれば、誰も身代金を払う者がおらず、彼らは捕虜のままでいることになろう。一生、牢の中か奴隷に落とされるか、まだ処刑される方が幸せかも知れないな」

 それを聞いてマリヤはマモルの顔を見るが、マモルにしてもどうこうすることはできない。


「お嬢さん」

 と少し砕けたような物言いでギレイはマリヤに、

「あんたがあの二人をなんとかしようと思わないことだ。あの二人をあんたが困難辛苦の上、助け出したとしても彼らはあんたの苦労を知らないし、感謝もしないだろう。むしろ、あんなたのせいで王国軍が負けたと信じ込み、ずっとあなんたを責めるだろうよ。だから余計なことは考えないことだ。第一、あんたもマモルに養ってもらっているんだろう?あんたがあいつらを引き取ったところであんたがあいつらを養えるわけもない。となれば、黙って見ていることぐらいしかできないはずだ。悪いことは言わない、何もするな、しようと思うなよ!」

 強く言われて、クシュッとするマリヤ。カタリナにしても同様で言葉もない。


「シュミハリ辺境伯家当主も戦死したとも、捕虜になっているとも噂されているな。身柄は帝国が拘束していると噂されている」

「辺境伯様も捕虜となっていると?」

「そういう噂がある。戦死したとも言われているがな」

 ギレイの言葉を聞いた捕虜たちが騒ぎ出した。彼らとしてはシュミハリ辺境伯が逃げて、巻き返しの軍を寄こしてくれ、自分たちを解放してくれるものと祈っていたから。それは負け具合を見ていれば、はかない夢と分かっていても信じていた。嫡男と嫡孫が帝国軍に捕らわれているため、きっと何かしらの行動を起こしてくれるだろうと願っていた。しかし、シュミハリ辺境伯が死んだり捕虜になってしまったら、その祈りは無残にも砕け散る。この場に集められている捕虜は、一兵卒ではなく隊長だったりその上の役職だったりと騎士職以上の者がほとんどだから、それなりにシュミハリ辺境伯領の立ち位置を知っている。

 ルーシ王国において、シュミハリ辺境伯領は辺境と言いながら、ルーシ王国において有数の農業生産を誇り、極めて富裕な領地であった。ルーシ王国北部領は寒冷地でもあり、貧しにも関わらず国境外の異民族の侵攻をたびたび受け、ただでさえ貧しいのにさらに苦しい状況が続いている。ルーシ王国の内政重視という国家方針に逆らい、ずっとヤロスラフ王国への南下方針を持ち、ゆくゆくはルーシ王国からの独立も腹に持っているのが見え隠れしていた。そしてヤロスラフ王国北部に侵攻した際は、ルーシ王国宮廷においてシュミハリ辺境伯嫡男が、シュミハリ大公国の建国をチラつかす発言をするなど、ルーシ王国の反感を買っていた。

 よって今回のシュミハリ辺境伯領の黒死病の大流行に対し、ルーシ王国としては同情の声は上がらず、自分の領地に黒死病が入って来なければ良い、という立ち位置で領境封鎖した貴族領もあったくらいだ。

 シュミハリ辺境伯が国王に泣きつき、やっとシュミハリ辺境伯領軍に少しの王国軍を足して、今回の軍が編成されたことを、捕虜たちの大勢が知っている。最初はごく一部の者だけが知っていたが、今やそれは常識となっている。

 そして現在、ルーシ王国の別の辺境伯領でゴダイ帝国と国境紛争が起きている。そちらを手打ちするためにシュミハリ辺境伯領を犠牲にしてゴダイ帝国の侵攻を止めようとルーシ王国宮廷で協議されている。黒死病が蔓延し、荒廃しきったシュミハリ辺境伯領を再建するなぞ、ルーシ王国では考えられないことであった。とてもそれだけの財政上の余裕はない。それならばシュミハリ辺境伯領をゴダイ帝国の占領下にし、何十年かかるか分からないが、ゴダイ帝国の治世下でシュミハリ辺境伯領を程度再興させてから攻め込んで乗っ取れば良いという極めて身勝手な考えもルーシ王国宮廷内にはある。そのようなことが実現しないことを歴史はたびたび証明しているのだが、このような場合、ルーシ王国宮廷では見えていない。


 このことを捕虜たちは知らない。だから、シュミハリ辺境伯が生きていようが死んでいようが関係なく、シュミハリ辺境伯領はルーシ王国より見捨てられており、捕虜たちはゴダイ帝国に連行されて行くのである。第二次世界大戦後のシベリア抑留と同じく、ゴダイ帝国の各地に労働力を必要とする過酷な場所が存在しているのである。


 マリヤはそんなことを一切知らないため、心の中ではワシリーくらいは救えないかと考えたが、自分の立場を考え黙っていた。


 そしてマモルたちがゴダイ帝国陣地を離れようとしたとき、ゴダイ帝国の将校から、ワシリー・シュミハリからもう一度マリヤに会いたいと言っている、という伝言が来たが、それはマモルが握りつぶした。シュミハリ辺境伯家がリューブ家にした仕打ちを考えると、マリヤが何をすることもないし、またする力もない。マモル自身、シュミハリ辺境伯家に対し、何も思うことはなかった。むしろ、この世界に降り立ち最初に生活した村をあのような境遇のままにしていたシュミハリ辺境伯家に対する恨みの気持ちが未だに残っていた。






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