捕虜たちは⋯⋯
「元の婚約者、ですか……」
マモルにはどうして元が付くのか理解できた。しかし、周りは分かっていない。それを察しでマリヤは、
「祖父が宰相職を追われるまで、婚約者でした…………祖父が更迭されると同時に婚約破棄されました…………それで、姪は辺境伯のご次男に嫁いでいたのですが、離縁されました」
絞り出すように言った。場の空気が凍る。聞いた者は何も言わない。封建社会のよくある出来事と言ってしまえばそれまでだが、当事者にはひどく辛いことだったろう。
辺境伯次男?次男?次男?なんだっけ?マモルの記憶に引っ掛かるものがあった!辺境伯次男って、たしかゴダイ帝国とシュミハリ辺境伯が連合して、ヤロスラフ王国に侵攻し、ヤロスラフ王国の北半分を占領したときのトップになった男じゃなかったっけ?それで好き放題して、確かタチバナ村を攻める命令を出させたヤツだったんじゃなかったっけ?(この時の情報をマモルは正確に把握できておりません、あしからず)確かバカやって、大公様の捕虜なって、ヤロスラフ王国の占領地と引き換えに身柄を辺境伯に返したとか。それがマリヤ様の姪のダンナだったとは!世の中、狭いもんだ、と思うマモル。
「では確認に立ち会っていただこうか」
帝国軍将校の感情のこもらない声が響く。マリヤは蒼白な顔をして頷いた。
「こちらに」
と言われ奥に連れて行かれる。テントの外に出て、隣接されているテントに入る。そこには、後ろ手に縛られている男たちが多数、地面に座らわれていた。この世界にはハーグ陸戦協定なぞないから、捕虜の扱いは何をしても良い。座っていられず、横になっている(転がっているとも言う)捕虜もいる。それはもちろん、ケガをして座る体力が残っていないからである。
それでも集められている捕虜は身に着けている衣類は良いモノである。ということは身分の高い者ということであろう。血は止まって包帯を巻かれたりしているから、平民兵士たちよりは扱いが幾分良いであろうと思われる。
マリヤが捕虜の前に身を現したとき、捕虜たちから「おぉ!」という声が上がった。女の存在自体が珍しいし、マリヤも後に続くカタリナも美少女と言って良い外見だったから。捕虜の前列に座らされていた者が他の捕虜の声につられて顔を上げ、マリヤを見た。
その捕虜は周りと比べて、一段と良い衣類を身に着けている。ケガをしておらず、血の跡もない。要するに戦いの形跡はなく、何もせず降伏したように見える。
「マリヤ…………」
「マリヤ・リューブか…………」
最前列に座る親子とおぼしき捕虜が声を上げた。マリヤは
「ドミトリ様、ワシリー様…………」
と言い、口に手を当て絶句した。これで二人の身元が確定した。帝国軍の将校が動き出す。
「ドミトリ・シュミハリ、辺境伯嫡男です。ワシリー・シュミハリ、辺境伯嫡孫です、間違いありません」
「分かった、連れて行け」
帝国軍兵士が指示に従い、二人の両側に付き立たせようとする。ワシリーと呼ばれた方が、身体をゆすって抵抗し、
「マリヤ!!オマエは敵軍にいたのか!!この裏切り者!!この恥さらしが!!」
叫び兵士の手を振り払おうとする。
「静かにしろ!!」
兵士がワシリーの腕をがっちり掴み、連行しようとする。それにあらがってワシリーは、
「やめろ!マリヤ!なんとかしろ!オマエ、婚約者だろう!私を何とかしろ!」
暴れるが、兵士から腹に一発ボディーブローを入れられると、グゥと唸って静かになった。
「ワシリー様は私との婚約を破棄された後、オルカ様の姪と婚約なされたのに…………私のこと、見捨てられて…………」
最後の方は言葉にならず、カタリナがマリヤの肩を抱き、言葉を掛ける。
ワシリーの反応で他の捕虜たちにマリヤの身元がバレた。
「マリヤ・リューブ?リューブ様の身内か?」
「マリヤ・リューブ?確か、孫じゃなかったか?」
「失脚して離散したと聞いていたが、こんな所にいたのか!?」
「マリヤ様は帝国にいたのか?」
「ということは辺境伯領のことは帝国に筒抜けだったということか!?」
「裏切り者がいたから、王国軍はこんな簡単に負けたってことか!?」
「なんだよ!負けて当たり前じゃないか!」
「くそぉ!?リューブの裏切りでオレたちは負けて捕虜の屈辱を受けてるってことかよ!!」
捕虜たちはどんだんとエスケレートしマリヤに怒号罵声を浴びせ始めた。マリヤは身体を震わせ、耳を押さえる。
「静まれ!!!!」
マモルが魔力を込め、一喝した。捕虜たちはマモルの覇を伴った声に捕虜はマモルを見、沈黙する。
「私はヤロスラフ大公国のタチバナ男爵だ。マリヤ・リューブ様は黒死病鎮圧のため、私が大公国から派遣されたカニフで保護した。オマエたちがカニフから逃げて行き、廃墟と化したカニフの一角、崩れた家の中に潜んでおられた。私があと2,3日も発見が遅ければ死んでおられただろう。カニフから逃亡したオマエたちにマリヤ様を責める権利がどこにあると言うのだ!黙れ!!」
マモルがそこまで言った後をギレイが受け、
「言ってみればマリヤ・リューブはヤロスラフ大公国の捕虜だ。そしてオマエたちはゴダイ帝国の捕虜だ。自分たちの置かれている状況をキチンと理解した方がいいぞ」
と言った。それを聞いた捕虜の一人が恨めしそうに、
「そういうオマエは誰だ?」
と訊いてくる者がいたから、ギレイは嬉しそうに、
「オレか?オレはヤロスラフ大公国軍司令官メングリ・ギレイだ。よろしくな、と言ってもオマエたちとオレの間には何の関係もないがな、はははは!」
嗜虐も込めて笑う。
「この野郎!」
捕虜の一人が立ち上がろうとして(後ろ手で縛られているにも関わらず)、
「この野郎!」
と言ったのを帝国軍の兵士が、槍の柄で殴り倒した。
「おっと、貴重な捕虜だぜ。身代金取れるかも知れないから、殺さないように扱わないといけないぞ」
ギレイは兵士を止めるが、
「聞いたか?殺さなければイイんだ。簡単なケガくらい、魔法で治療してやれるからな!」
兵士は暴力的な笑顔を見せた。
「魔法……」「魔女……」「禁忌……」「火あぶりだ……」
捕虜たちは顔をしかめる者もいる。
「こいつら、治療を受けているのにこういう反応を見せます。呪文を唱えると暴れるヤツもいるし、おかしいです。死にそうな顔をするヤツもいて」
帝国軍のの将校がギレイに訊いてきた。ギレイはマモルの顔を見て、オマエが言え、と促す。
「ルーシ王国内において、魔法を使うということは禁忌なのです。魔女狩りも昔はあったそうです。ですから呪文を唱えて魔法を使うというのは、この者たちにとって神の意志に反する行為なのですよ。魔法による治療を受けたという子とは神に対する背教者であると認定されたも同じなのだと思います」
マモルの言葉に顔を伏せる捕虜も多い。
「ということは黒死病に感染した者の扱いは?」
帝国軍将校が訊いてきた。
「それは治療法が見つかる前の帝国と同じです。以前、帝国軍医療総監だったグラフ様から聞きましたが、黒死病が発生した村や町を封鎖し、人も物も焼き払うという方法です。私がカニフに至る前の町で実際にその方法を行おうとしている町がありました」
マモルが言うと、沈黙が生じた。
「ここに至る前に外の捕虜たちを見ましたが、黒死病の初期症状を見せていた者がいました。この中にもいるようですので、治療を受けた方が良いかと思います」
マモルが言うと、捕虜たちは騒然となった。互いに顔を見合わせ、黒死病にかかっているんじゃないかと、互いに距離を取ろうとする。
「オマエたちの禁忌である魔法の治療を受ければ、黒死病から救うことができる!どうする?」
マモルは相手が黒死病に感染しているかどうか、判断することができないが、ここは成り行きで言い放った。
なんとこれがランキング100内に入っていたので、つい続きを書いてしまいました。もう一つの方を書かなくてはいけないというのに⋯⋯。




