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戦後処理

 ルーシ王国軍が崩壊し(自壊したようにも見える)、ゴダイ帝国軍は追撃を始め、マモルたち大公国軍は取り残された。帝国軍・大公国軍の圧勝とは言え、戦ったことの消耗は大きくマモルたちは皆、座り込んで休憩することにした。敵とは言え、マモルが最初に降り立ったシュミハリ辺境伯に敵対したという気持ちが負い目になっていたりする。ユィモァたち、この世界に生まれ育った人間からすると、どうしてそんな余計なことを考えるの?負けたら終わりなの!と言われてしまいそうなので、黙っている。


 昼食と言っても、硬いパンと干し肉、それに野菜スープで腹を満たせば、マモルの負の感情は少し和らいだ。

 大公国軍は戦場の後始末を始める。勝ったとは言え、大公国の兵士も少なくない数が死んでいるし、死者に倍するケガ人もいる。ケガ人が集められ、マモルたちも治療に当たる。敵の雑兵の死体やケガ人は打ち捨てられているが、貴族と思しき身なり、高価な鎧兜を着用している者は荷車に乗せられ、司令部に運ばれて行った。ルーシ王国の雑兵は大公国の兵士と見分けが付かないこともあるが、喋らせれば言葉の違いですぐに判別できる。


「身代金、取れるかしら?」

 とケガ人の治療しながら、モァが言えば、

「ルーシ王国の財政状況次第でしょう」

 とユィが答える。

「シュミハリ辺境伯領が黒死病で壊滅的と聞いていますから、それは無理かもしれませんね」

 スゥが言うが、前のシュミハリ辺境伯領宰相の孫であるマリヤは暗い顔をしたまま無言でいる。マリヤにしてもカタリナにしても、元は自分たちがいた領の軍人も多くおり、広い意味で身内同士と思えるから、とても明るくはなれない。


 夕方近くになり、司令部から連絡将校が来た。

「ここに前のシュミハリ辺境伯領宰相パナース・リューブの孫娘殿がいると聞いた。同行願いたいが、いかがであろうか?」

 とマモルに訊いてきた。マモルは貴族であり、マリヤの保護者という立場であるため当然である。そして、同行を願っているが、そこは選択の余地はない。マモルは、

「マリヤ・リューブを司令部に行かせるという理由を訊いてもよろしいか?それと私が同行しても問題はないであろうな」

 マモルとしては公的な立場の物言いになるので、口調はどうしても硬くなる。普段、マモルがそういう口調で話すと冷やかしてくるユィモァたちも、どうしてマリヤが呼ばれたのか想像がついているだけに、真剣な顔をして話を聞いている。


「もちろんです。マリヤ・リューブ殿に司令部に来て頂きたいのは、ルーシ王国軍の捕虜の面通しをして頂きたいからで、もちろんタチバナ閣下に同行して頂いて結構です。ただ、捕虜はゴダイ帝国司令部に集められておりますので、そちらまで行って頂くことになります」

「ということは、時間がかかることが予想されるな」

「そのようになると思われます。ルーシ王国軍の主体であるシュミハリ辺境伯軍の捕虜が多数おり、その者の申していることが正しいのかどうか、判断して欲しいということです」

「あの……」

 マモルと連絡将校の会話にマリヤが割り込んだ。

「どうした?」

 マモルの問いにマリヤは、青白い顔色で、

「私は……あまり外に出ることがなく、辺境伯領の方をそれほど多く知っているわけではなくて……」

 と言う。連絡将校は無表情のまま、

「それは大丈夫です。リューブ殿の他にも呼ばれております」

「……そうですか」

 マリヤの言葉には力がない。そこに、

「私の行ってもよろしいでしょうか?」

 とカタリナが発言した。

「この方はどなたでしょう?ルーシ王国の方でしょうか?」

 連絡将校がマモルに訊くが、カタリナが、

「私はシュミハリ辺境伯に仕えていたペトロ・ポリシェン男爵の娘、カタリナです。父は領軍におりましたので

いくらかお力になれるかと思います。それにマリヤ様をお一人にするわけには、いきません!」

 そう言いながらマリヤの手を強く握る。

「わかりました。そうであればご同行願います」

 連絡将校は即答した。

「では準備致します。しばらくお待ちください」

 マモルは答え、支度にかかった。と言っても、馬を用意させ、フード付きコートをマリヤとカタリナに着せるだけなのだが。


 大公国軍司令部に行くと、ギレイが待っていた。

「済まない、マモル。小物ばかりなら来てもらうこともなかったのだが、結構な大物が捕虜になったそうだ。だからわざわざ来てもらったんだが……」

 ギレイは途中で言葉を切り、マリヤを見る。そして後ろのカタリナを見、マモルに話しかける。

「このお嬢さんが前宰相の孫娘というわけか。顔色が悪いな。でも状況が状況だけに仕方ない。我慢してくれ、と言うしかない」

 そういってギレイは、副官に顎をしゃくった。副官はそれだけで、分かったようで動き出した。

「温かい飲み物でも飲んでもらってから出かけようか。お嬢さんたちの顔が真っ白だしな」

 席が設けられ、椅子に座るとすぐに、湯気の上がるカップが運ばれてきた。カップの中身は茶色の透明な液体。

「毒は入ってないから心配しないでくれ。お嬢さんたちには砂糖の入った紅茶だ。長丁場になるかも知れないし、向こうで軽食くらいは出してくれるだろうが、身体を温めて行こうや」

 とギレイが言う。

「お嬢さんのカップにはマモルの領地の蒸留酒だったか、それを一滴加えてある。オレたちには5適入っている。身体があったまるぞ。もう少し安く売ってくれれば、もっと入れらるが、領主さまが吝嗇で高く売るもんだから、オレたちみたいな貧乏貴族の口にはなかなか入らないさ」

 ギレイはマリヤの気持ちをほぐそうとしているのか、わざとぞんざいな物言いをする。マリヤは黙ったままだがカタリナが、

「お心使い、ありがとうございます」

 と礼を言えば、

「このお嬢さんを紹介してもらえないか?」

 とマモルの顔を見てギレイが訊いてきた。

「カタリナ・ポリシェン、オレがこの世界に来た時、最初に世話になった男ポリシェン爵の娘だ……」

「ああ、そうか」

 マモルの返答でギレイは理解した。マリヤとカタリナのカップが空になるのと待ち、

「さあ行こうか。帝国軍がお待ちだ」

 明るい声でギレイが言う。マリヤとカタリナはう俯いたまま立ち上がる。


 帝国軍司令部までは馬で歩みで20分ほどだった。戦場跡のど真ん中に司令部が据えられており、ところどころ血溜まりが残っていたり、折れた剣や槍が散乱していたりする。その中にまだ片付けられていないルーシ王国軍の兵士とおぼしき死体があったりする。

 マリヤとカタリナは、シュミハリ辺境伯領の黒死病惨禍をくぐり抜けて来ただけに、それを見て気分を悪くするようなことはないが、ずっと俯いて馬に乗っている。


 ゴダイ帝国司令部は大公国軍司令部より騒がしかった。司令部に出入りする将校や兵は一様に勝利の興奮から醒めておらず、声も大きく騒がしい。まだ酒は入っていないのに、勝利、それも完勝というのは人をこんなにも興奮させるものか?とマモルは思った。司令部の周りには数十人単位で集められた男たちが地面に座らされている。その集団がいくつもある。それが捕虜であるのは一目瞭然であり、武具や防具は剥ぎ取られており、縛られている。その多くは汚れた服のまま、顔に打撲の痕がある者、血のついた者も多い。一様にやせ細った身体で、頬はこけている。皆、目はうつろで生気なく、自分たちにこの後、どういう過酷な運命が待っているのか心配そうな顔をしている。座っていられず、倒れている者もいるが監視の帝国軍兵士は無視を決め込んでいる。


「カタリナ」

 マリヤが小声で話しかけた。

「知った顔はいませんか?」

 マリヤの問いにカタリナは、

「分かりません」

 とだけ答えた。

「知ったところで、私がどうこうできるわけではないと思うので」

 カタリナは諦めの混じった声音で付け加えた。


「この者たちはどうなるのでしょう?」

 カタリナはギレイとマモルの両方に向かって問いかけた。ギレイとマモルにだって答えがあるはずはないと分かっていても、問わずにはいられなかった。

「さあな、どうだろうか。帝国は他国で得た捕虜を本国に送るのが通例と聞いているが、占領地の復興を急ぎたければ、こいつらをここで働かせるかも知れないな」

「ここで働かせられる方が良いかしら?」

「どうだろう。帝国は戦争捕虜は一生奴隷のままで、使い潰すと聞いているから、ルーシ王国だからといって良いことはないだろう。家族がいても会うことは叶わないだろうし」

「「……」」

 ギレイの言葉にマリヤとカタリナは絶句する。自分たちが思っていた以上に捕虜の過酷な将来に言葉が出なかった。


 司令部の入り口の兵士に、大公国軍から来たことをギレイが告げれば、すぐに中に通された。待たれていたようで、どんどんと中に入って行く。


 奥には帝国遠征軍中枢が揃っており、その中心にはマモルも見知っているリシリッツァがいた。ハルキフ司令官で遠征軍の全権を任されていた。

「わざわざ来て頂いて申し訳ない」

 全軍司令官という重職にありながらリシリッツァは腰が低い。本当に能力がある者と言うのは、虚勢を張ったり、無理にマウント取ろうせず謙虚でいるものだな、とマモルは思った。

「来て頂いたのは、ルーシ王国軍の幹部を数人捕虜としたからなのだが、その者たちが本人であるかどうか確認したいからだ。お願いできるだろうか?」

 頼んで来てはいるが、否という返事はない。

「分かりました。が、その捕虜というのは誰か教えてもらえませんか?心の準備もしておきたいので」

 マモルが言うとリシリッツァは不思議そうに眉を顰めたが、

「ああ良い。例えば、シュミハリ辺境伯嫡男と嫡孫だ。嫡孫は嫡男の長男だそうだ」

「えっ……」

 マリヤが絶句し、話を聞いていた者がマリヤを見る。

「マリヤ、知っているのか?」

 とマモルが訊けば、

「はい……嫡孫のワシリー様は、私の元婚約者です……」

 マリヤが絞り出すように答えた。

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