スティーヴィーが消えた
スティーヴィーがみんなが見ている前で消えた。スティーヴィーが飛び出した途端、スティーヴィーの前に黒い穴が生まれ、スティーヴィーが飛び込んだか吸い込まれたかした直後、その穴はすぼまり、何もなかったかのように元の景色になった。
「えっ?」「はっ?」「うそ?」「どうして?」「どこに行ったの?」「何が起きたの?」
みんなが色々と疑問の声を上げるが、思っていることは誰もが同じ。オレとしては心当たりがある。これはあれだ、どこか違う世界に行ったんだ。
「これはきっと転移したんだと思う」
仲間に向かって言えば、
「どこに?」「どうして?」「なぜ?」
と訊いてくるが、そんなこと分かるわけもないので、
「分かるくらいなら答えるけど、オレだって分かるわけじゃない。状況から判断して、たぶんそうだろうと思うだけだって」
と言いながらミワさんを見ると、
「そうかも」
と言うだけ。あなたも転移経験者でしょう、と思うんだが、オレもミワさんも死んでこっちにやってきた身の上だから、スティーヴィーも同じ何だし。もしこれでスティーヴィーが元の世界に戻ったというなら、オレやミワさんも戻れる可能性があるということになる。じゃあ、元の世界に戻りたいの?と訊かれれば即答はできないわけで。ここまでしっかりこの世界に根を張ってしまえば、何を今さら、という気持ちになる。いろいろと会いたい人はいるのだが。
「そんなことより、目の前の敵をなんとかしないといけないでしょう!」
と言うミワさん。そう!今は目の前に敵軍が突撃してきているんだ。スティーヴィーはそれに向かって先陣切って突撃しようとしてたんだった。
最前線では接敵して戦闘が始まっている。敵味方から、同号と悲鳴、号令と鼓舞する叫び声が上がっている。ただ敵軍の動きと声にイマイチ精彩がないように感じられるのは身びいきだろうか。それを言うと『エラそうなことを言えるようになったのね』とモァに言われそうだが。
「さあ、どんどん押し返すぞ!一撃食らわせるんだ!ユィ、モァ、スゥ、頼むぞ!」
「はい!」「任せて!」「承知!」
3人が答える。オレたちの所属する部隊は3人の魔法任せというわけではなく、普通の部隊があって、ユィたちはプラスアルファの勢力なんだから。オレはお飾りの部隊トップで、実質な指揮者は別にいるし。スティーヴィーはどうせ無双するんだから、早めに敵に突っ込ませて敵が崩れる芽が見え始めたら、全軍突撃という手筈だったが、突撃隊長が突然消えたのだからオーソドックスに戦うことになる出鼻を挫かれて、というより出鼻がなかったということで。
スティーヴィーという大駒が消えてしまったが、敵軍を迎え撃つことはできている。敵の将官の号令は勇ましいのだが、それに伴って兵士がガンガン攻め立てているかと言えばそんな迫力はない。敵に覇気がなく動きにキレがない。いったい、どうしたんだ?まだろくに戦ってもいないのに、すでに動きが鈍い。騎士はフルフェイスの兜を被っているので見えないが、下級騎士や一般兵士は顔が露出しており、よく見ると一様に痩せこけていて顔色が悪い。例えるなら……病み上がり?そんな感じに見える。そうか、それか!?
「敵は病み上がりだ!黒死病から治ったヤツだったり、栄養失調だぞ!近づけるなよ!圧倒しろ!」
黒死病というワードは効き目がある。敵を寄せ付けたくない!という意思統一がされ、味方の軍がピッ!と締まる。軍の中には黒死病から快癒した者もいるのだが、この世界では一度罹患したから二度目はない、と言う常識はなく、一度罹っても二度三度と罹ることがあると考えられている。だからいくら治療方法があると言われても、感染者には近づきたくない、という考えが強い。そして、目の前に感染者たちが迫って来ていたら、その時はいつも以上の力を発揮して排除しよう、全部殺してしまおうという力に切り替わる。
敵の後ろの方からパラパラと矢を射だした。しかし、まったく距離が足りていない。力強さがなく、もし当たったとしても、突き刺さるような威力はないだろう。
スゥから火炎放射器のように敵を舐めるように炎が飛び出し、敵陣を薙いで行く。逃げる敵を舐めて行く。敵は、
「魔女だぁ!魔女がいるぞぉ!?」
という悲鳴にも似た叫びがあちこちから聞こえる。
自分たちが禁忌としている魔女から魔法の攻撃が届く。その炎はすぐに消えるのではなく、人を巻き込み、盾を焼き、服を焼き、火だるまにして行く。火だるまの兵士は振り返り後ろの兵士に助けを求めるが、抱きつかれた兵士に何かできることもなく、火だるまの兵士を避けようとするも、避けれず、炎に抱き付かれ一緒に燃え上がる。
敵軍の中心に、ドラゴンブレスのような跡が残り、その後ろの兵隊たちは恐れおののき、浮足立ち、逃げる心づもりを始める。軍全体が後ろに意識を持っていかれている。逃走経路を考え出している。
スゥの炎撃の両側の軍にもユィモァの魔法が襲いかかる。氷の矢、雷の矢が雨あられと襲い掛かる。致命傷にならないまでも、兵隊たちの戦意は挫かれ、一歩二歩と後ずさる。隊長がそれを感じて、
「下がるな!敵に向かえ!突撃だぁーーー」
と叫ぶも、隊長に矢が集中し矢だるまとなって落馬すれば、逃げようとする兵士を止める者はいなくなった。
一人が逃げ出すと、他の者もなだれを打って逃げ始めた。止める者がいても、味方に倒される。踏みとどまる者は矢の的とされる。
ついに軍の崩壊が始まった。
「敵軍は逃げ始めた!突撃だ!」
とマモルの後ろから号令が掛かるが、飛び出す者はいない。みんな左右を見て、様子を窺っている。勲功を上げるチャンスなのだが、目の前にいる敵軍は黒死病の感染者たちだと思うと、その中に飛び込もうと思わず、誰か出て行けばその後に続こうと思っている者たちばかりだ。
「進め!進め!」
号令のかかる中、軍の最前列はゆっくりと進み始める。50歩も進めば、目の前に倒れている敵の兵士が見える。痩せこけた顔、顔に黒い出血斑の出ている者、血を吐いている者がいる。もちろんスゥやユィ、モァの魔法攻撃により死んだ者、ケガをした者もいるが、それよりも明らかに黒死病の症状の出ている敵軍兵士の方に目が奪われ、その者たちに近づかず遠巻きに避けて、前進する。敵軍の倒れている兵士は打ち捨てられたまま、倒れている。
この光景を見て、マモルたちは『この後始末はやっぱりオレたちがするのか』と思った。
ルーシ王国軍の片翼が崩壊すると、シュミハリ辺境伯を中心とした中央軍はまだしも、もう片方のルーシ王国の応援貴族軍は退路の確保に尽力し始める。そして左右の翼を失った中央軍も崩壊に至るのがマモルの立ち位置からも見えた。ヤロスラフ大公国軍の前進速度に比べ、ゴダイ帝国軍はきびきびと動き、容赦なく敵軍を掃討していた。ヤロスラフ大公国軍と違い、ゴダイ帝国軍は組織として動いているので、その動きに、情け容赦というものが入る余地がなく、捕虜を出さないようとどめを刺して進んでいるのが見えた。
ゴダイ帝国に対して、横からではあるがガツンと一発食らわせたくなるマモルだった。
大勢が決し、マモルたちは必要なくなったので、大公軍の後を追いかけているが、実質やることはなくなった。そうなると、改めてスティーヴィーの行方が心配になる。
「スティーヴィー、どこに行ったのかしら?」
とモァが言えば、
「心配です」
とユィが返す。スゥは頷いている。
「元の世界に行ったのかしら?いつも言ってたロビン様に呼ばれたのかなぁ?」
ミワが返せば、
「キーエフ様の御心のままに」
と言い手を合わせ祈るユィ。それにモァとスゥが続けば、信仰心の薄いマモルとミワも慌てて追随する。世界を渡ると言うのは人知の及ぶところではないと、誰もが認識している。経験者はおれど、誰も自分の意志で転移できたことはなく、見も知らぬ第三者の力によってそれが成しえたと感じている。だからスティーヴィーについて、向かった先で幸せであれ、と願うしかない。




