領都カニフに向かって進軍する
オレたちはギレイ様を司令官とするヤロスラフ大公国軍の一員として、ゴダイ帝国軍と協力しルーシ王国軍と戦うため北上している。オレには一応、中隊規模の約200人が預けられているが、4分の3が後方支援部隊、いわゆる輜重だったり看護だったり調理などの直接戦闘に携わらない軍人で、大公国軍の最後尾を粛々と従っている。オレは相変わらず苦手な馬に乗らされて、進軍している。馬車で良いのに、と言ったら隊長は馬に乗っているもの!と副隊長から言われて従っている。副隊長は前のサキライ帝国軍との遭遇戦を戦ったときの中隊の中の一つの隊長で、気の毒なことに部下が半分以上死傷していた男だ。
「隊長から中隊長に格下げで、申し訳ないね」
と言ったら
「隊が壊滅状態になったのですから、生き残った隊長が責任を取らねばなりませんから」
と寂しそうに言っていた。
「もし良かったら、うちの村に来て防衛隊の隊長してくれないか?家族がいるなら、最前線で働かなくても良いんじゃないか?」
と訊いてみると、片眉をピクンと上げて、
「そういう時期かも知れませんね。もう将軍を夢見る年でもありませんし。今度の遠征が終わったら妻と相談してみます」
と好反応を見せてくれた。ウチの村は大公国の真ん中だから、滅多に敵が攻めてくることはないはずなんだ。が、オレが領主のせいか、タチバナ村もポツン村もナゼか敵や賊に攻められたりしている。そういう時、元プロの指揮官がいるとやっぱ違うだろう。
「住みやすいよ。酒も旨いし、食料も豊富だから飢える心配もない。学校もあって子どもに読み書きも教えているし。是非来て欲しい。めぼしい部下がいるなら一緒に来てくれていいから」
そう言いながら、残してきた家族のことを思い出すと、急に帰りたくなった。カタリナにもうどれだけ会ってないんだろう?子どもは大きくなっただろうな。社畜時代も大変だったけど、今の方がよほどワーカホリック(workaholic )だなぁ、と思ったりするし。
ギレイ様からは、
「オマエのとこのキレイどころが中軍にいると、兵たちが目移りして集中しないから最後尾にいろ」
という命令をもらって、最後尾にいるんだが、ずっと前にキシニフ辺境伯軍に従軍した時と同じことになる。結局モァたちを連れていれば自然とこうなるのは仕方ない。それに看護や調理といった間接部門は女性が増えている。未亡人女性たちが参軍している。ダンナがいろんな理由で死んで、子どもを親に預けて働きに出て来ている。運が良ければ亭主が見つかるかも知れないというのもあると思うし。
モァたちは馬車に乗っていても良いのに、馬だけは余っているので騎乗している。もちろんオレよりも上手く馬に乗っている。ナゼかミワさんも上手い。ミワさんはナゼか馬に好かれる。馬は人を見るというのは本当のことのようで、オレが馬を見たときの最初の苦手意識が、ずっと尾を引くもののようだ。
左右に広がる麦畑を見ながら進む。麦畑は刈り入れをしている。きっと大公国から来た兵士も手伝っているのだと思う。麦って刈り入れのタイミングって稲より短いって聞いているし(前世で)、そこは人力勝負の数で勝負ってことで遠征軍以外は全員投入しているんだろうな。それを見ているとポツン村でも刈り入れやってるかなぁ?と思ったりする。もう里心が付いて、ちょっと滲んだりして......。
半日程進んだ時、前の方から情報が流れてきた。領都カニフを挟んで、ルーシ王国軍とゴダイ帝国軍が遭遇してにらみ合いになっているという。ルーシ王国軍は国土奪還に燃えて意気盛ん!かとオレは思っていたが、どうもそうではないと情報を伝えてきた担当が言っていた。ゴダイ帝国の見解だが、ルーシ王国側は辺境伯に引っ張られて出兵したものの、黒死病が沈静化したのかどうかも分からない所に行って、黒死病に感染したくないというように考えているのではないかとのこと。ルーシ王国では黒死病の治療法が知られておらず、感染したら手の打ちようがないのだから無理もない。
そんなだからゴダイ帝国軍は無理せず、向こうが攻撃してきたなら反撃するという姿勢らしい。それならゆっくり進軍すれば良いのに、とオレは思うがそうもいかないらしい。
ありがたいことに何のトラブルもなく領都カニフを望む小高い丘の上に着陣した。手前にゴダイ帝国軍の大軍。そしてその五分の一程度の大公国軍、その向こうには味方の倍はいるかと思われるルーシ王国軍、この違いを見ると戦う前から味方は負けてるわと思うのが普通だろう。でもね、そうはいかないんだよね。




