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出発の前に

 あーーまたかぁーーーと思いつつ、テクテク歩く。心持ちが自然と歩きに出てきて重い。

「タチバナ様、またご一緒すると聞きました。よろしくお願い致します」

 帝国戦から帰ってきたばかりで疲労困憊だろうけど隊長が笑顔を見せている。

「悪いな、と言ってもオレのせいじゃないが今度も頼むよ。帝国戦でかなりやられたが、次はこんなことないようにしような」

 肩をポンポンと叩く。彼、確かコーレン・クール準男爵だったか結構な損害を被ったはずなんだが。彼は表情を引き締め、

「タチバナ様!帝国戦と言われましても、あれは魔物相手の戦いで対人戦ではありませんでした。あの数の魔物相手であの程度の損耗率は運が良かったとしか言いようがありません。それもタチバナ様のお陰です。改めて感謝申し上げます!」

 頭を下げてくる。

「いや、そういうのは良いから。オレが部隊を率いると言っても、今まで部隊を動かしたことは一度もないから、実質はクール卿にお願いすることになる。よろしく頼む」

 オレの言葉を直立して聞いていたクールは、

「こちらこそよろしくお願いいたします!部隊の運営についてはお任せください!タチバナ様のご負担になるような事態は起こしません!よろしくお願いいたします!」

 いちいち重いコトを言ってくる。まぁ、こればかりは性格だし、副官が真面目なほど部隊行動は上手く行くと言われているし。オレに次の宿営地の手配や糧食の計算なんぞできるわけがない。これができないと戦う前に兵が飢えて負けてしまうからな。

「こっちこそクール卿頼りだから。オレの娘たちは、行くとも行かないともまだ分からないので、とにかくよろしく頼む」

「かしこまりました!」

 クールはきっちり90°に背を曲げて礼をした。


 ミワさんたちの待つ宿営地に向かう。前に出発する時にはなかった店がいろいろとできている。大公軍の後に付いていけば黒死病の心配がないということで、金儲けのための商人たちが追いかけてきている。それはまず軍から提供されない酒、そして最古の商売と言われているお姉さんたちが店を成していらっしゃる。昼間から嬌声が聞こえてくるというのは、なんとも下半身に効くものだ。受付のオヤジや婆さんのところで兵たちが列を成している。いいなぁ、うらやましいよ。オレは美少女たちが周りを囲んでいても手を出せるのはミワさんだけだもんな。モァたちは近い将来大公の政略の具にされると思うから手を出すなんてとんでもないし。それでもってミワさんにさえ手を出せないヒビリだった。この宿営地でイイ思いをさせてもらえなければ、この後も展望がない。横目でニコニコしながら列を待つ兵たちを見ながら進む。お姉さんたち、フル回転だろうなぁ、何人くらい相手するんだろう?『Clean』呪文がフル回転だろうなぁ、などということを考えているのも、禁欲させられている影響なんだろうし。高級将校向けのお姉さん方もどこかにいらっしゃるんだろう、あーー悶々とする。


「マモル、なんて顔をしているんだ?どうだった、上からのお達しは?」

 部隊宿営地の入口にスティーヴィーが立っていてオレに声を掛けてきた。

「ああ、また他の戦場に行けってことだ」

「そうか、わかった」

 あっさりと了承するスティーヴィー。

「なんだ、いいのか?戦場、戦場、また戦場だぞ?」

 オレの問いに肩をすくめスティーヴィーは、

「帰る所などないから」

 とだけ言った。そうだった、スティーヴィーはいきなり戦場に転移してきて、それからずっと戦場を移動しているだけだった。この世界に来てから穏やかない日々というのは一度も経験していないんだ。

「スティーヴィー、オレの領地に行くか?疲れただろう?」

「それはマモルも同じ。気にしなくていい」

 ニコリともせず答えを返してきた。

「そうか、じゃあまた頼む。今度は軍、人相手だ」

「うん、大丈夫。任せて」

 スティーヴィーは剣を振り、見物している兵たちに型を見せていた。兵たちはスティーヴィーの推したちだな。


 テントに戻るとモァたちはテントを片付けていた。

「マモル、どうだった?」

「どこに移動しますか?」

 と訊いてくる。

「また戦場に行くことになったよ。どうしてテントを片付けているんだ?」

「宿舎を用意してもらえるそうです。そこに入るように言われまして連絡ありました」

 ミワさんがいつもの笑顔で伝えてくれた。ミワさん、あなただけです、オレを癒やしてくれるのは。

「3部屋あるみたいだから、マモルとミワさんは一部屋よ」

 とマリヤ様が言い、

「それでどこに行くの?」

 心配そうな顔をする。マリヤ様もこのまま領地に帰れるとは思ってないようだ。

「実はルーシ王国軍が辺境伯領に侵攻してきてゴダイ帝国軍と衝突しそうだ。ゴダイ帝国軍が負けてしまうと大公国領地も危うくなってしまうので、応援に行くことになった」

「そう」

 マリヤ様もカタリナ様も複雑そうな顔をする。

「辺境伯様はその軍を率いていらっしゃるのかしら?」

 やっぱりそれが気になるんだな。

「分からない。そこまで情報は入ってきていないと思う」

「では誰が軍を?」

「分からない」

 分かるはずがない。上空からのドローンもヘリも航空機もないこの世界で、2次元の偵察だけで敵を捜して敵の動向を把握しようなんて無理だし。サキライ帝国軍と遭遇したのだって街道が1本しかない所をお互いにその街道を進軍していたからだし、互いに戦おうと考えていて奇襲も考えていなかったからだって。

「戦わなきゃいいのに......」

 カタリナ様がつぶやいた。


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