領都を出発して
オレたちだけで出発することになったが、誰も異論を挟まなかった。
荷車にスティーヴィー以外の女性を乗せ、運ぶ。これは大変だと思っていたが、ゴルドンの奥さんのボルカさんや、支店長の奥さんのバーシアさんはしばらくしたら歩き出した。荷車の移動速度は人の歩くのと同じくらいなので、ミワさんを歩かせるよりは早い。ミワさんのペンギン歩きはなぁ、生まれつきなんだし、もう直せる年でもないし。とにかく、おばさん2人は歩いては荷車に乗って休み、歩いては休み、という繰り返しで移動する。それでもこの2人、意外なほどの健脚で、というかミワさんがまったく歩けないだけの話で、あまり負担になってない。
だいぶ歩いて、領都なんてとっくに見えなくなった時、平原のずっと向こうを野生馬の群れが走っているのを見た。アレを捕まえて荷車を引かせたいなぁ、と切に願う。
思うことは誰も同じようで、
「あの馬が捕まえられればなぁ」
ヤコブが言えば、ヨハネスも、
「そうよなぁ。馬が1頭いるだけでもずいぶん使いでがあるんだが」
と言うし、トマシュも、
「馬の肉は旨いよなぁ」
やや違った方向の感想をもらすが、誰も乗ってこない。
「あの馬なんて鞍が付いたままだぜ。あれはきっと、乗り手がいなくなったまま、人の手を離れてしまったんだろう」
ヤコブが言う。
「えっ?鞍?」
そう言われてよく見れば、確かに鞍の付いたままの馬がいる。2頭いて、群れの最後尾を走っている。
「一度人の手に飼われた馬は、なかなか野生に戻れない、群れになじめないと聞いたが、あれは馴染んだようだな」
ヨハネスが言うが、そういう理屈があるなら、なんとかならないだろうか?もちろん食うためでなく、使うためにである。
「こっちも馬に乗ってりゃ、掴まえることもできるんだけどなぁ......」
ヤコブが残念そうに言う。
オレが野にいると、ナゼか獣が寄ってくるという習性がある。別にケンカ売ってるわけではないのに、ナゼか向こうからつっかかってくるのだ。それだけオレに対して、関心?敵意?を持っているということにならないだろうか?
「あいつら、近寄って来たら捕まえて、飼うことができるか?」
オレの提案になぜかスティーヴィーは即答で、
「できる!」
と言い切った。次いでヨハネスが、
「できると思う。1頭は脚を痛めているように見える。手の届く所まで来てくれれば、なんとかなる。聖女様なら馬のケガも治せるのでないだろうか?そうすればゼッタイ言うことをきく。いや、きかせられる!」
と言うし、ヤコブが、
「必ずこっち側に来る。馬にした所で、野生で生きるのは辛いだろう。人の世話に馴れているなら大丈夫だと思う」
自身ありげに解説してくれた。となればやってみるだけである。
「待っていてくれ。馬を呼び寄せる」
そう言って野原の中を、草をかき分け進む。馬の群れは草を食べるのを止めて、オレの方をみている。オレが群れに危害を加えるかどうか観察しているんだろうか?オレは群れに関心のないフリをして(それが馬に通じているかどうかは不明だが)とにかく群れに向かってゆっくりと進む。
馬って賢いから逃げて行くかなぁ?きっと逃げて行くよなぁ?とオレの弱気スイッチが入った時、群れのリーダーらしき馬にスイッチが入ったのが分かった。首を上げオレを睨む。
よく見ると、聞いた通り2頭には手綱が残っていた。1頭は手綱が切れているけど、結べばまた使えるだろう。鞍も丸々残っている。
リーダーらしき馬はオレを見て、目を爛々と光らせている。別にガン飛ばしたわけでもないのだが、向こうから戦うか?という雰囲気が醸し出されている。こういう時は、オレの能力?は助かる。馬が鞍しょってやってくるんだから。
リーダー馬を先頭にして、馬の群れはオレに向かって突撃体制を整えた。うーーーん、突撃と言っても体当たりして踏み潰すくらいしか攻撃方法がないと思うんだが、やっぱり向かってくるんだろうか?と思う間もなく、オレに向かって駆け出した。
「スティーヴィー!」
叫ぶと、
「承知!」
という声が後ろでした。
突進してくる馬の群れ。やり過ごすだけなんだが、怖くないか?と問われれば怖い。手には武器を持たず、馬の群れを待つ。後ろからスティーヴィーがやってくる気配がする。先頭の馬がみるみるオレに迫ってくる。直前まで来たところで、横っ跳びに群れから躱す。
オレの横を後ろから影が過ぎる気配がした途端、それは跳び上がった。そして馬の背に乗った!その影、スティーヴィーは鞍の付いた馬でなく、なぜかリーダーの馬の背に!鞍のついていないリーダーの馬の背に跨がった。首を掴んでリーダーの馬を御そうとする。リーダーの馬はスティーヴィーに跨がられるのを嫌がって暴れる。ロデオはこのくらいのモノか?と思うくらい暴れる。落ちそうになるのを必死に押さえようとするスティーヴィー。
オレの思いとしては鞍の付いている2頭を、オレとスティーヴィーで捕まえれば良いと思ってた。そんな無理してリーダーの馬を抑えるつもりはサラサラなかったのだが、スティーヴィーはオレに声を掛けられてそう理解したようだ。
リーダーの馬の周りを馬たちが囲む。馬たちの関心はリーダーとスティーヴィーに向かっている。リーダーほどではないにしろ、飛び跳ねてリーダーを応援?している。
「ヤコブ!鞍のついた馬を捕まえて!」
周りを走っている鞍の付いた馬を確保しよう。ヤコブに声を掛けると、ヤコブたちはすぐに理解してくれた。オレが暴れる馬の側で躊躇している隙に、パッと鞍の上に乗って2頭とも御した。手綱をヤコブが掴み、2頭を落ち着かせる。スゴい!リーダーに釣られて集団心理で興奮している馬を、群れから離してあっという間に落ち着かせてしまった。
「タチバナ様は相変わらず、馬は苦手なままですか?」
昔のことを覚えていたヤコブが遠慮無く訊いてくる。
「乗れるようにはなった。でも大人しい馬にだけど」
「それはようございましたね。これで目的は達せられたのですか?」
「うーーん、希望を言えばもう1,2頭確保できれば?」
「お任せください!」
リーダー馬と格闘しているスティーヴィーを横目に、スルスルっと群れの端に走っていって、動きの悪そうな馬の背に跳び乗った!鞍もないのに手綱もないのに、どういう手品、魔法を使ったのか、落ち着かせてコッチに向かって走らせて来た。
あっちでは落ちそうで落ちないスティーヴィー。
「おーーーい、スティーヴィ!もう良いぞ!無理すんな!」
声を掛けると一瞬こっちを見て、悔しそうな顔をする。たてがみを掴んで、なんとかしようと頑張ったが、ついに振り落とされそうになって跳び上がった。そして群れから外れた場所に着地する。
リーダー馬は自由になったことで、もうオレに執着せずあさっての方に向かって走って行った。残りの馬もリーダーに従って走って行った。
「スティーヴィー様もできないことがあるのですねぇ」
ヤコブが感心したように言うが、スティーヴィーができるのは戦うことに関することだけだぞ。そっちの方の成果が華々し過ぎて、他のできないことは見えてないんだって。人間ってモノは、ちゃんとバランスが取れているんですって。
とにかくヤコブたちのおかげで、鞍のついた馬が2頭と鞍も手綱もない馬が1頭確保できた。




