ミワさんの能力
「それがどうしたの?スティーヴィー様が女だからって何が問題あるの?私としては大歓迎だわ!」
ナゼか大声で胸を張って叫ぶマリヤ様。カタリナ様も唖然としているんだが。きっと、超美形なら男でも女でも性別は問わない!という境地に達せられたということでしょうね。
「じゃあ、何も問題ありませんね。奥に準備しますので、しばらくお待ちください」
そう言って、マリヤ様の前から退散する。問題がなくなったのかどうか良く分からないが、面倒毎が起きるような気がしたから、この場から退散する。
「早くしてね!」
マリヤ様の声が少し、引きつっているように聞こえたのは気のせいだろう。
奥にはシャワー?があったと覚しき一角があったので、そこに風呂桶を出して、お湯を溜めた。湯を地面に撒いて埃を流す。『Clean』は掛けても、水を撒いてあると気分が違うだろうからね。この館跡のどこかに浴室があるとは思うけど、そこまでする必要もないだろう。
女性陣が風呂に行って男だけになったので、気になってたことを、聞いてみた。スティーヴィーの性別のことではない。
「この世界に聖女様っていらっしゃるのでしょうか?見たことありますか?」
ゴルドンがいとも簡単に、
「タチバナ様の奥さまでしょう?」
あっさりと言ってくる。他の者も頷いている。ロマノウ商会組はろくにミワさんの治療を見ていないのに同意するのは、ヤコブから事前情報が入っているからか?ロマノウ商会と言えば、アノンさんだろうけど、アノンさんはとてもじゃないが聖女認定はされてなかったな。オレ視点ではえらいエロい人というイメージがあったけど、第三者からは聖女というより聖母の方が近かったんじゃないだろうか?ミワさんよりもやってることはスゴかったし、もっと包容力があって、どんな病気もドンと来い!というような。ミンだって聖女枠に片足突っ込んでそうな気がする。
「私の妻のことじゃなくて、過去に聖女と呼ばれる人がいたのか?ということを伺いたいのですよ」
改めて問い直すと、誰もがみな首をかしげる。
「さあ?」
「教会では語られることもあるだろうが?」
「どうだろう?」
どうも曖昧な存在なのか?つまりは近年現れたことはないようだ。そもそも聖女なんて存在、定義もクソもなく、教会が「この方は聖女様です」と宣言すれば聖女なんだろうし、自称聖女も聖女様なんだろうし。日本にいたときも自称神様の存在をたまに聞いたことがあったし。それはともかく、
「ということは、聖女様というものは滅多に見れるモノではないと?」
オレの問い掛けに皆さん、頷いてくれる。
「ミワは自分のことを一度も聖女と言ったことはないので、それは分かっていただきたいのです」
そう言ったのに支店長が、
「それは分かっております。しかし、領都に来られるまで、通られた街々でミワ様がなさってこられたことが伝書鳥で伝えられてきていますよ。ミワ様のなさりようを目撃すればそのように申し上げたくなるのも無理ないことでしょう」
と熱く語ってくる。
「私にすれば、ごくごく普通の不思議ちゃんなんですけどねぇ」
ため息交じりに言ったのに、
「なるほど!不思議な方ですか!分かります!私どもには理解できない不思議なことをなさっておられますよね!」
ナゼか違った意味で受け取られる。
「聖女様が人妻なんておかしいでしょ?」
ついでに言うなら娼婦だったし。二つハンデがありそうな気もする。オレの価値観としてはやっぱり、聖女様=処女でないだろうか?しかし、
「別に何も」
「そうですね」
「聖女様はなされる御業がすべてですから」
などなど。オレの思う、聖女様は清らかな乙女、というのは地域と時代によって変わるモノのようだ。行動がすべて!ということですね。
「母になられれば聖母様ですから、もっと尊い」
と言われるが、
「聖母というのは、聖なる御使い様をお産みになられた方では?」
オレの中の常識を聞いてみると、それはやっぱり違うようで、
「聖なる業をお使いになられれば聖女、聖母、聖人ですよ」
あっさりと否定される。この話をすると長くなりそうなので、もう止める。そうこうしていると、マリヤ様たちがやって来た。代わりに男どもが身体を洗うことになり、どいつもコイツも服を脱ぐとスゴかった、汚れが。そう言えば、男どもはまともに『Clean』を掛けていなかった。みんな、身体を拭いただけなのにスッキリした顔をしている。
「結局お湯に浸かってしまったのよ!」
マリヤ様が言うので、
「それならもっとお湯が足りなかったでしょう?」
と訊いてみると、
「いいのよ。身体洗ってから、少しだけ浸からせてもらったから。それだけでも心が楽になった気がするし」
むふふ、という顔をするマリヤ様。マリヤ様やカタリナ様の浸かったお湯を売ると金になるとか、日本だと可能だろうとふと思うのだが、ミワさんとボルカさんが入った時点でダメだろう。
「タチバナ様、私らも身体を洗わせていただけないでしょうか?」
支店長が嘆願してくるし、その他大勢も希望の目で見てくる。
「分かったから、お湯を入れ直してくるから」
「おおお!!」
とっても男どもから感謝されてしまった。マリヤ様たちのお湯を使いますとは言わなかった。マリヤ様の浸かった風呂の湯を聖水という文化は、この世界にはない。
獣の気配も人の気配もなく、今夜は安心して寝られる。オレとスティーヴィー、ロマノウ商会組の使用人が順に夜番につくことにして寝ることにした。
どれだけ寝たか、ふと魔力の波動を感じて眼が醒めた。オレは男たちと一緒の一角で寝ていた。今はスティーヴィーが夜番をしているのか?ということは、寝付いてまだどれだけも時間が経っていないということか。ゴルドンと支店長がイビキをかいているが、ロマノウ商会組の使用人は息をしているのか?と思うくらい静かに眠っている。
魔力のするのは女性陣が眠っている場所だ。こっそりと気配を消して歩いて行く。天井が崩落している部屋の一角にミワさんとマリヤ様がいて、少し離れてスティーヴィーがいた。マリヤ様はミワさんと手を繋ぎ、壁を見ている。マリヤ様は涙を流して小声で何かを言っている。
それを見ているスティーヴィーも眼に涙を溜めている。
スティーヴィーの側により、
「マリヤ様はどうしたんだ?」
小声で聞くと、スティーヴィーは涙を拭うことなく、オレを見ることもなくマリヤ様を見つめたまま、
「マリヤ様はご両親とお兄様に会っておられる」
小さい声で返してきた。
「両親と兄って、死んだ魂とってことか?」
コクンと頷くスティーヴィー。その時、涙が落ちる。
「そう。視え
「て、話をしておられる」
まるで見えている、聞こえているかのようにスティーヴィーが言う。
「スティーヴィーは視えて聞こえているのか?」
そう訊くと、スティーヴィーは初めてオレの顔を見て、
「マモル様は視えないの?」
不思議なものを見るように言ってくる。視えるのが当たり前のことだよ、という感じで。
「そうだ。オレは前から霊とか魂とかって視えないんだよ。そういうタチなんだ」
「タチって何?」
「そういう、うーーーーーん、性格?違う、能力?そうだ、そういう視える能力を持ってないんだ」
「へぇ-。残念だね」
「......」
マリヤ様が嗚咽を漏らしている。よく見ると、アリス様とミワさんは手を繋いでいる。もしかしてミワさんが媒体としてマリヤ様に視せているのだろうか?
何となく魔力が弱まった気がした。マリヤ様が泣き崩れ、ミワさんはマリヤ様の肩を抱いて慰めている。
「何をされているんですか?」
声を掛けてきたのはヤコブだ。
「ミワがマリヤ様に、マリヤ様のご両親とお兄様の魂を視せたようだ」
オレの説明が足りなかったようで、スティーヴィーがすかさず、
「会話もあった。魂が消えるまで続いた」
とフォローしてくれた。
「それはスゴいですね。しかし、注意された方が良いです」
「何を?」
思わず反射的に訊いてしまった。
「なぁーに、金儲けに利用されるってことですよ。亡き方の魂を視せるという話が広まると、それはもうありとあらゆる人間が頼んできますから、それを仲介して金儲けしようというヤツが必ず現れますよ。故人が突然死んで、後継ぎや遺産の行方を決めずにいたりしたら、遺族が当主の魂を呼び寄せるように頼んできたしますよ。そういう時ってのは、どういう風に話が転んでも、みんな満足することはありませんよ。絶対に恨みが残ります。そういうのに関わらないようにしないといけませんよ」
ヤコブが経験したことあるかのように語った。
「ですから、ミワ様のこの能力については、隠しておいた方がよろしいでしょう。マリヤ様は特別に視えたということでしょうし。ということで。あと、カタリナ様くらいはよろしいかも知れません。あとは頼まれても、魂がこの世界にいないから、視せようがないとおっしゃられば良いでしょう。視えないものは視せられないのですから」
ちゃんと対応策も教えてくれた。やっぱり過去になにかあったんだろう。
「それにしてもミワ様は良心でやっておられるのでしょうが、良くも悪くも面倒な能力ですねぇ」
ヤコブが呟くがその通りだわ。
今日から通常モードです。




