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表が騒がしくなって

 相も変わらずスティーヴィーは見た目で男と判断されてしまうという気の毒さは置いといて、

「スティーヴィー、腹は空いていないのか?」

 それを聞いておかないといけない。水で昼食を済ませたなんて言いかねないし。前の世界ではどういう生活をしていたのか気になるんだが。キャピキャピなんてあり得ないだろうし、お友だちと一緒にスイーツを食べに行ったなんて想像できない。


「大丈夫。干し肉を食べながら来た」

 ああ、干し肉を食べてきたと言う。それくらいならいっか。


「そうか。それなら夕飯まで食べなくていいか?」

「いい」

 うん、安定の食に対する素っ気なさ。鍋は空になっているけど、スティーヴィーが食べたいと言うなら、もう一回作るつもりだったけど。それにマリヤ様も物足りなかった顔をしてたから。


「表に血が少しあったけど、何か殺した?」

 さすがのスティーヴィー。こういうのはちゃんと気が付いて聞いてきた。

「あーー、魔狼が襲ってきたので倒した。一応きれいにしたつもりだったが、血が残ってたか?」

 スティーヴィーは鼻を鳴らしてみせ、

「うん、血は少しで臭いがしたから」

 眉をひそめて言う。

「そうか」


「大勢の人間が動いていた」

 思い出したようにスティーヴィーが言う。何を言っているのか分からない。

「どこで?」

 近くならまずいだろう。


「少し離れたとこ」

 スティーヴィーらしいアバウトなお答えを頂く。

「よくわかったな」

 一応は褒めておく、続きを期待する。


「騒いでた。すごく盛り上がってた」

 宴会していたのか?

「なんの理由があって盛り上がっていたのか?」

「なんか、でっかい狼とか聞こえてきてた。気になったので、ちょっと聞いてみた」

 ふーーん。

「それはオレの倒した魔狼を横取りするつもりで、準備しているんだろうか?」

「んーーーどうだろう?そうかも知れない」

「そうか。ならいい」

「気になる?」

「ちょっとな。オレが魔狼倒す前まで、オレを見ている目があったんだよ。倒したら、その目がなくなったから、もしかしたら魔狼をオレたちから横取りするつもりで、人を集めに拠点に戻ったのかなぁと思ってな」

「そうかも知れない」

「そいつら、何人くらいいたのか分かるか?」

「んーーーー10から20人ほど?離れていたからよく分からない」

「そうか。じゃあ、そいつら来たらスティーヴィー、頼めるか?オレはここでみんなを守っているから」

「任せて」

 コクンと頭を傾けスティーヴィーが言うが、マリヤ様が真っ赤な顔をして、

「ちょ、ちょ、ちょ、どうしてそこで、スティーヴィー様、お一人に任せるの?マモルは手伝う気はないの?」

 唾を飛ばす勢いでオレに迫る。

「いや、スティーヴィーは私よりずっと強いのですよ、マリヤ様。素人の10人や20人なんて一撃で倒しますから」

 襲ってくるヤツらを素人と言って良いのか?という問題はあるが、スティーヴィーに比べれば素人同然だろう。


「な、な、な、なに言ってんの!?そ、そんなことできるわけないでしょ!いくら強くたって、20人かかってきたら敗けるでしょ?マモル、バッカじゃないの?騎士団長も言ってたわよ。どんな豪傑だって20人に囲まれたら死んじゃうって!それなのにスティーヴィー様をたった一人で敵の集団の相手をさせるの?マモルってどんな冷たいヤツなのよ!」

 いつの間にかマリヤ様の中では、スティーヴィーは様付けで呼ばれ、オレは呼び捨てになった......まあいいけど。それを聞いたスティーヴィーは無表情を崩さずマリヤ様をじっと見て、

「大丈夫」

 とだけ言った。マリヤ様は無表情を保とうとするけど、嬉し恥ずかしといった感じになってる。


「そうなの?本当に大丈夫ですか?」

 なぜか口調まで変わる。奥でミワさんが声を立てずに笑ってる。ここまで極端な反応って初めて見たかも知れない。

「大丈夫。無理してない」

 スティーヴィーがマリヤ様に顔を向けて言ったら、それっきりマリヤ様は黙った。


 焚火に火をくべるのはマリヤ様とスティーヴィーに任せて、地下室から荷物を運んで地上に出す。が荷物自体がビックリするほど少ない。マリヤ様、カタリナ様は必身の周りのモノだけを持ってここに逃げ込んだんだろう。そのうち取りに行けば、くらいに思ってたところもあったろうに状況がそれを許さなくなったんだろうし。領都はオーガから来る街に比べてずっと多くの人が死んでいると思う。目に付く死体は燃やしているが、それはほんの一部であって、大多数は魔獣や獣に食われたか、そのまま腐ってしまったか。埋めてもらえる死体は幸運な方だろう。そう考えたとき、サラさんとギーブでやった浄化を思い出した。きっと魂がわんさか彷徨っているんだろうな。視る人が視れば、黒い魂がとぐろを巻いて領都を覆っているのかも知れない。そう思うとゾッとして鳥肌が立った。


 上に戻り、治療を止めてポツネンと炎を見ているミワさんに訊いてみる。

「ミワさん、魂って視えるの?」

 魂と言ったところで、ミワさんの他のマリヤ様、ゴルドン夫妻が反応した。オレとミワさんが何を言うのか聞き耳を立てている。


「魂って、死んだ人の魂ってことですか?」

「そうなんだけど。実はギーブで黒死病が流行した後に、サラさんと一緒に彷徨う魂を浄化して回ったんだ。オレには魂が視えないけど、サラさんは視えたので二人三脚で浄化したんだけどね」

「あーーそうですか。そう言われればサラさんから、その話を聞いたような気がします」

 ミワさんは手を前に出し、手の平を上にして水を掬うようにして見せた。


「もしかして、今、魂を持っているの?その手の中に?」

 オレが訊くと、マリヤ様、ゴルドン夫妻が息を呑む。ミワさんが手の平をジッと見つめながら、

「ううん、いませんよ。ちょっと真似をしてみただけです、えへへ」

 絵に描いたようにガクッとしてみせるマリヤ様。


「ごめんなさい、気を持たせてしまって、うふふ。視える時は視えますが、今ここの周りには彷徨う魂はいませんよ。マモル様が散々『Clean』をかけられたのでしょう?それできっといなくなったんだと思いますよ」

「あっ、そっか!」

 と言ってから、もしかして、その時にマリヤ様やカタリナ様の家族の魂を浄化してしまっているかも知れないと気づいた。それは言わないでおこう。墓穴を掘るようなことはしたくない。


「視える魂は、何か語りかけてくることはあるのですか?」

 ボルカさんがミワさんに訊ねる。

「うーーん、私の今までの経験では、ありません。そういう魂は姿形も分かるくらいだって聞いた記憶がありますけど、私の視える魂は白くぼんやりとしたモノなので。昼間はほとんど分からないですね」

 もしかしたら今晩がまた、彷徨える魂を増やすことになるのかも知れない。


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