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魔狼がやってきた

 ミワさんの治療が効いたのだろう、ゴルドンの奥さんがしばらくしたら目を覚ました。覗き込むマリヤ様を見て、起き上がろうとする。

「ボルカ、寝てなさい!!」

 マリヤ様の一言で、目をまん丸にしたけど、何も言わず横になる。今や、マリヤ様に仕えていてもまったく報酬はないけれど、仕えることが骨の髄まで染みこんでいるからなんだろう。

 

「ボルカさん、食事は取れますか?」

 ミワさんの問いに、誰これ?という顔をしながらもコクンと頷く。ゴルドンが身体を支えてゆっくりと起き上がらせる。なぜかマリヤ様自身が椀にスープをよそって、

「はい!ゆっくり食べるのよ!まだ治っていないのよ!無理してはいけないわ」

 マリヤ様がボルカさんに命令?する。

「マリヤ様、ありがとうございます。頂戴します」

 渡された椀を掲げてマリヤ様に感謝するボルカさんを見て、オレとミワさんは、マリヤ様はえらいもんだなぁ~~とニヤニヤと笑う。



「ミワさん、カタリナ様の方はどうだろう?」

 分かるわけがないと思うが、一応は聞いてみる。ミワさんは首をかしげながら、

「もうそろそろ目を覚まされても良いと思うのですが、正直良く分かりません。でも、かなり衰弱されていたので、もっと時間がかかるかも知れませんね。せめて点滴できれば、身体に栄養が送れるんですけど」

 と答える。確かに、血液検査一つできないし、熱を測ることもできない。点滴で栄養を送るわけにもいかない。すべてはミワさんの勘に拠るんだから、確たることは言えないよなぁ。


「点滴って?」

 耳ざといマリヤ様が訊いてきた。

「点滴というのは血管に......」

 言いかけるミワさんの口を手で塞ぐ。耳元で、

「血管に注射してなんて言うと、またマリヤ様が騒ぐから黙っていよう」

 と囁くと、ミワさんは納得してくれてコクコクと頷き、

「点滴というのは私たちのいた世界の治療方法です。この世界では無理なので、詳しくは説明しませんが、身体に栄養を送るものです」

 ふーんと言ったマリヤ様だったが、

「栄養って何?」

 さらに質問が出てくる。これはもう、子どものナゼナゼ質問タイムと同じだ。マリヤ様にミワさんを押しつけゴルドンの所に行く。


「ゴルドンさん、この辺りの食糧の争奪状況はどうなっているのでしょう?きっと色々な集団があってせめぎ合いをしていると思うのですが?実はさっきからずっと私たちを監視している目があって、それがいつここにやって来るかと思っているのですが」

 オレの言葉にゴルドンは一瞬ビクッとしたが、

「以前はいくつかの集団あったのですが、だいぶ淘汰されたと思います。ここで食糧調達できなくなり、居場所を変えたと思われたり、魔物に食われたりして、二つ三つの集団というところだと思います」

「さっき、奥さんが刺されていたのは、どういうヤツらだろうか?」

 うーーん、と唸りながら、

「分かりません。そのような者たちとは繋がりがないので、なぜここに目を付けたのかも分かりません。たまたま妻が外に出たときに見つけられたのだろうか?と思いますが」

 と答える。確かにそうだろう。周りと没交渉なら、顔見知りがいるわけじゃないし、心当たりがあるわけないわな。


「奥さんとカタリナ様の状態次第なのですが、明日にでも、ここを出発して、ジンの所に移動したいと思ってます。それで、カタリナ様と奥さんは歩かせるわけにはいかないと思うので、その時は荷車があればそれに乗せるし、もしかしたらカタリナ様と奥さんのどちらかをゴルドンさんにおぶってもらって、残りを私が背負わないといけないと思ってます」

 オレの説明に、

「もちろんです。妻は私が運びます」

 きっぱりとゴルドンが答えた。きっとオレが奥さんを運んだ方が負担は少ないと思うのだが、道徳上の問題とかあって無理だろう。


 その時、まだ結構距離はあるが表の道路をゆっくりと歩く狼の気配がした。まだまだ、誰も気がついていない。1頭だけだし、言わずにさっさと片づけようと思い立ち上がる。


「どうしたの?」

 どうしてそんなにオレのすることが気になるのか?マリヤ様。

「お花を摘みに」

 と言い、表に向かって歩き始めると、

「そっちは違うわよ。奥で済ませてちょうだい!」

 とマリヤ様が言う。

「いや、表に用があって。マリヤ様はここにいてください」

「いやっ!私も付いて行くわ!」

 どうしてそんなに付きまとうんだろう?

「危ないですから」

 そう言っても、

「危ないと言ってもマモルが守ってくれるんでしょ?」

 などと言ってくるし。


「守りますけど、守りきれないこともありますから」

 こぶ付きで狼と戦いたくないのだが。

「それならどこにいても同じじゃない!」

 などと理屈をこねられる。

「いや、そうですけど」

 反論しても、延々と駄々をこねるマリヤ様をどうすることもできない。


 仕方ないので無視して表に出る。立ち止まり、通りの向こうに黒い大きな狼がこっちに向かって歩いて来ているのを見る。

 後ろを付いて来たマリヤ様がオレにぶつかり、尻餅をついた。

「もう!マモルったら!!止まるなら言ってよね!」

 ぶつけた鼻を押さえて悪態を言うマリヤ様だが、向こうに狼の姿を認識して、

「マモル、アレって何」

「何って狼ですが、初めて見ますか?」

「初めてじゃないわよ!」

 そう言いながらもオレの後ろに回る。


「マモルが用を足すのに表に出るから、あんなのが来たじゃない!」

 マリヤ様がオレを叱責するが、オレの服の裾を掴む手が震えている。

「マリヤ様、離れていてください。アイツを退治します」

 オレの言葉に、エッ!と息を呑み、

「無理よ!あんな大きいの、勝てるわけがないでしょ?なんかイヤな雰囲気持ってるわ。ねえ、隠れましょうよ、まだ間に合うわ!」

 マリヤ様がそう言っている時点で見つかっているんですって!

「もう遅いです。隠れた所で臭いで分かります」

「えぇーーーそれなら、どうするの?私はあんなのに食べられてしまうの?」

 マリヤ様、半分以上、ベソを描いている。

「だから戦います」

 オレたちを監視している目もあるし、とは心の中で呟いた。


 魔力袋の中から剣を抜く。

「えええええ!!!!無理無理無理!マモル、無理よ無理!」

 マリヤ様がギュッと抱きついてくる。痩せててまったくラッキースケベ感のない身体をされているマリヤ様。

「マリヤ様、変に抱きつかれると上手く戦えないので、私の背中に乗ってください」

 あっちは1頭だけなので、マリヤ様を背負っていても何とかなるだろう。

「へっ?何を言うのよ?そんなコトしたら、私に変な噂が立ってお嫁に行けなくなるわ!誰が見ているか分からないのよ?」

 ナゼ、今になってそんな考えが出てきたのか不明だ......。


「あの、もう少し生きていたいと思われるなら、そうなさって頂けませんか?とにかくそうして頂かないと食われてしまいます」

「そ、そう?なら仕方がないわ」

 マリヤ様がオレの背中によじ登る。首に両手を回し、足を腰に回す。大変な格好だが、どうせ一瞬のことだ。


 大きい狼、というより魔狼は目の前に走って来ていた。


 魔狼が跳び上がる。

「キャッ!?」

 マリヤ様が悲鳴を上げる。魔狼の目がオレを捉えている。大きく口を開け、前脚を伸ばしてオレに掴みかかろうとする。前脚がオレにかかる寸前で、躱し剣を振るう。魔狼の脚の付け根に剣が入り切断する。片方の脚のなくなった魔狼は、着地したときバランスを崩してオレの避けた側に転がるから、オレは半歩だけ動き、首に剣を入れる。魔狼は自らの転がった勢いで剣を首筋にめり込ませて行く。落ちそうになるマリヤ様は必死にオレに縋り付く。


 オレは魔狼の血を浴びないようにバックステップを踏み、魔狼から離れる。魔狼の首筋から血が噴き上がる。魔狼の後ろ脚が動いて宙を蹴るが次第に、動きが少なくなり、遂には止まって地面に落ちた。


「マモル、何をしたの?」

 背中にしがみついているマリヤ様が、訊いてくるがきっと恐怖で目をつぶっていて、何も見ていなかったんだろう。


「退治しました。これでもう大丈夫だと思いますよ」

「えーーーーどうして?私は何も見てないのよ!!ねえ、何があったの!どうしたの!」

 助かったと思ったせいか、非常に面倒くさくうるさくなったマリヤ様。いや、元々そうだった。


 遠くの監視の目が消えた。

 

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