マリヤ様、カタリナ様
「どうぞ」
ゴルドンが中に入って、オレたちを招き入れる。待ちきれずに中に入る。
「マリヤさまぁーーーー、カタリナさまぁーーーー!マモルが来ましたぁーーーー!どこにおられますかぁーーーー!」
大声で叫んだ!続いてゴルドンが、
「マリヤ様!カタリナ様!タチバナ様をお連れしました!」
と叫ぶ。けれど反応がない。
奥でバタバタと足音がした。誰か走って行ったような音がした。
ゴルドンが奥に進む。その後をオレが続き、ミワさんが入って行く。
「えっ!?」
ゴルドンが絶句した。ゴルドンの前に女性が倒れている。腹にナイフが突き立てられ血を流している。
「ボルカ!?ボルカ!どうした?大丈夫か?誰かにやられたか?」
ゴルドンが女性を抱き上げようとする。これはゴルドンの奥さんか!?
「待って!」
ミワさんが飛び出し、ゴルドンの手を押さえる。
「私が治します!『Clean』」
その後、ナイフを抜くと血がゴボッと出る。
「何をするんだ!」
ゴルドンが血相変えて怒鳴る。
「黙って!」
ミワさんが出血している腹に手を当て、
『Cure』
唱えると腹から光が生じ、血が止まる。傷口はふさがったか?でもまだ足りなかったようでミワさんはもう一度、
『Cure』
と唱える。そしてミワさんは奥さんの白い顔を見て、額に手を当ててから、オレとゴルドンを見て、
「一応、出血は止めました。ここに置いておくわけにはいかないので、どこか寝かせられる場所に動かしてください」
と指示する。
「あぁ、分かりました」
まだ動揺しているゴルドンが奥さんを抱えようとするが、力が足りないのか、動揺しているからなのか持ち上げられない。
「私が運びます」
ゴルドンを押しのけ、奥さんをお姫さま抱っこで持ち上げる。ゴルドンの顔も真っ白だ。
「こ、こちらにお願いします」
声を震わせながら、案内してくれるゴルドン。奥の部屋には木の骨組みだけが残ったベッドがあった。ひどく汚れている。
『Clean』
一応清浄して、
「ここで本当に良いのですか?毛布とかないのですか?」
と聞くとゴルドンは、
「ええ、実はここで寝泊まりしているわけでなくて、地下室で生活してます。お二人もきっとそこにおられます。後で毛布を持って来ますから、ここで寝かせてください」
と答える。奥さんを寝かせ、ミワさんが寄り添う。この家の周りに人はいない。獣もいない。しばらくは奥さんとミワさんをこのままにしておいても大丈夫だと思う。
「マリヤ様、カタリナ様はどちらに?」
オレが訊くとゴルドンは
「こちらに」
案内してくれたのはさっき奥さんが倒れていた場所。もちろん、まだ血が乾かずに残っている。
「この下に」
と言いながらゴルドンが床を手で拭き始める。ここに地下室の入り口があったのか?奥さんは入り口を守るようにして倒れていたのか?ゴルドンは手に血が付いてもお構いなしに床を拭く。
「ゴルドンさん、止めてください!キレイにします!」
オレがゴルドンの手首を握って止め、
『Clean』
と唱えると、床はキレイになり薄らと70㎝四方のマス目が浮かんだ。
『Clean』
もう一度唱えると、マス目が少し広がり、隙間が見える。
「この蓋を外せば」
ゴルドンは腰のナイフを取りだし、隙間に差し込む。そして手際良く隙間を広げていく。
手際良くと言っても、隙間から蓋が持ち上がるのに1分以上かかったと思う。蓋と言っても5㎝はある厚みで、ゴルドンが開けた隙間にオレが手を入れて持ち上げた。
真っ暗な地下室に降りるためのハシゴがかかっていた。
「こちらです。マリヤ様、カタリナ様!いらっしゃいますか?」
先にハシゴを降りるゴルドンが叫ぶが、何も反応がない。次にオレが降りる。
『Light』
小さく灯りを点す。地下室には灯りがなく、窓もなかった。こんな所に本当に人がいるのか?かび臭く湿っている。空気のよどみがひどく、ここなら住んでいても具合が悪くなるだろう。天井から小さい明かりが漏れている。これは通風孔?
それでも、地下室は思ったより広かった。奥に木の箱が積まれている。ベッドとかは見えない。本当にここで住んでいたのか?
そう思った時、か細くかすれた声が聞こえた。
「ゴルドン?」
箱の陰から顔半分覗いている。あっ!あれはマリヤ様だ!!だいぶやつれているが面影がある!
「マリヤ様!!」
思わず大きい声で呼んでしまった。顔がビクン!!として箱の後ろに隠れた。
「マリヤ様!マモルです!タチバナ・マモルです!お迎えに来ました!お忘れですか?あの物語をお話したマモルです!!」
そう叫ぶと、もう一度顔が覗いた。じっとオレを見ている。そして顔が全部見えた。
「ホントにマモルなの?」
下がった髪の毛が灯りに輝く。
「そうです!マモルです!お迎えに来ました!」
オレの言葉にゆっくりと身体を表すマリヤ様。全身が現れた。そして、オレに向かって走り出した。
「マモルーーーーー!!」
マリヤ様は絶叫と共にオレの胸に飛びこんで来た。
「マモルーーーー!!ホントに来てくれたんだぁーーーー!うわぁーーーー!」
オレの胸に顔をうずめ泣き出した。
「マリヤ様、大丈夫です!安心してください!これでもう何も怖いことはありませんから!」
マリヤ様をなだめるけれど、泣き止まない。ものすごい熱量だ。マリヤ様も熱があるんじゃないだろうか?手を掛けた肩が細い。骨しかない感じがする。
「マリヤ様、カタリナ様は?」
ゴルドンが声を掛けると、マリヤ様は顔を上げ、
「カタリナ、すごく悪いの。熱も出て身体にぼつぼつが出て」
ミワさんが梯子を下りてきて、顔を出し言う。
「すぐに診ましょう!」
マリヤ様は顔をしかめ、
「誰、この人?」
警戒している。
「私の妻です!治療できます、黒死病を治せます!」
「ウソ?」
信じられないのも無理はない。それを押す。
「ホントです。早く診せてください!」
「こっち」
まったく信じてない顔のマリヤ様は、積み重ねられた箱の奥にある狭い空間を示した。そこは幅が70㎝ほどか?細長く狭い場所にカタリナ様と覚しき少女が横たわっていた。スカートから出ている足が細い。ゴルドンの奥さんも痩せていたが、カタリナ様も痩せている。ここにいる誰もがやせ細っている。手を回し抱き上げる。身体が骨と皮、と言っていいくらいだ!ものすごく軽い!口には出せないけど、生きているのが不思議!というくらい。それなのにカタリナ様の身体がものすごく熱い。半端じゃなく熱い。コレって命を燃やしているって言うんだろうか?
「カタリナさんは上に連れて行きましょう!ゴルドンさんの奥さんと一緒に看病しましょう!」
オレが言うと、
「えっ?大丈夫ですか?またきっと、敵が来ると思いますよ。ここに目を付けている連中がいると思いますが?」
とゴルドンが言う。あれ、昨夜スティーヴィーが駆除したと言ってなかったっけ?奥さんを刺したヤツはいたけど、人数がいれば大丈夫じゃないかな?
「そういうヤツらは、夕べ連れが退治していたと思ったのですが?」
ゴルドンは首を振り、
「いいえ、妻が襲われたのはきっと別の輩だと思いますので、まだ残っていると思います」
そう言われればそうなのだろう。
「そうですか。それならなおさら上にいましょう!」
一緒に守る方が良い。それにこんな空気の悪い所にいない方が良い。地下室の中に、衣類が干してある。洗った衣類を地上で干せないから、ここで干しているんだろう。ただでさえ環境が悪いのに、極力人目につかないようにしているんだ。
「分かりました」
ゴルドンは渋々といった感じで同意する。地下室の方が安全なのに、という思いもあるんだろう。
「どうやって上に上がりますか?背負うと言っても、カタリナ様にはタチバナ様にすがりつく力が残っておられません。それをどうやって?」
「肩に担いで上がります。ゴルドンさん、上でカタリナ様を受け取ってもらえますか?1人で足りないならミワさんと2人で」
「え、ええ。分かりました、お任せください」
ジャンプして上がろうと思ったが、たった70㎝四方程度の天井の入口ではぶつからずに通り抜けるのは難しいと思う。
カタリナ様を担ぐ。肩が熱く、弱く熱い息がオレの顔にかかる。ゴルドン、ミワさんが上に上がったのを確認してオレが梯子を登り、ゴルドンの手に渡す。
「熱い!早くこっちに!」
ミワさんがゴルドンを誘導する。
「マモル!毛布はこっちよ!」
マリヤ様が教えてくれた。確かに部屋の奥に毛布やタオル、水入れ、など所帯道具が所狭しと置かれていた。それをみんな魔力袋の中にかき込んだ。みんな湿気っているし、臭いがする。いつから住んでいるのか分からないが、よくぞここにいたものだと思う。
「ええっ!?何よ!どこに入れたの?何をしたの?」
荷物が何もない所に消えたのを見てマリヤ様が騒ぐけど、構ってられない。入れるモノを入れて梯子に急ぐ。登ろうとしたら、
「私!私、私、私!!」
マリヤ様が手をバタバタして騒ぐ。
「マリヤ様、どうされました?」
何があったんだろう?まだ何か持って行くモノがあったのかと思って聞くと、
「私も担いでよ!カタリナだけ担いで上がるのって、不公平よ!私も担いで!」
とおっしゃる。うーーーん、と思いながらも、ハイ!っと担ぎ上げた。うわわ!マリヤ様も軽い。カタリナ様より少しマシというくらい。ちゃんと普通にしているのが不思議なくらいだ。
梯子を登ると、遠くからの視線が感じられた。




