大鹿と遭遇する
ジンに連れられてさらに奥に進むうち、右前方の森の奥でガサと音がして、音のする方を見ると大鹿がいることに気づく。でかい!角の先を入れると3mは超えるんじゃないのか?トナカイより大きくないか、見たことないけど。大鹿がこっちをじっと見ているのでオレも見返すと、重なる視線で火花が起きた気がした、バチバチ。オレと大鹿が視線を合わせていることにジンも気が付いた。
「普通、鹿は人の姿を見るとすぐに逃げていくから、ほっとけ。あんなでかいヤツは突っ込んで来られると、こっちが危ないからその時は逃げないといけないぞ」
と言う。それもそうだ、と思い目線をはずそうとするのだが、なぜか目線が外せない!なんだ、向こうもオレをガン見している。互いに目をそらさないうち、向こうはソロリソロリとこちらにやってくる。え、今日もあんなのと戦うのか?
ジンは「まずいな」とつぶやいて、オレの服の裾を引っ張って移動させようとする。しかし、ヤツは徐々にスピードを上げ走り出す。躍動感溢れる走り、という言葉がぴったりの勢いでこっちに突っ込んで来る。
「マズい!こっちに向かって来た。逃げろ!ヤツの角に弾かれたら、飛ばされて死んでしまうぞ」
ジンはオレを横に突き飛ばして、二手に分かれて鹿の注意を逸らそうとする。オレは右に走るが、大鹿はなぜかオレの方に向きを変え、オレを目がけて駈けてくる。オレに何か恨みがあるのか知らないが、これは逃げられない。迎え撃つしかないのか、今日もまた、オレがやるしかないのか。鹿がどんどん近づいてくるが、オレが腹を決めた途端、また時間がゆっくりと流れるようになり、大鹿の動きがスローモーションになる。
オレは剣を鞘から抜いて、振りかぶり待ち構える。ジンが何か叫んでいるが聞き取れない。どんどん近づいて1mくらいになったとき、大鹿の突撃ラインから横飛びに動いて、剣を鹿の首筋に叩きつける。ジンに言われた通り、剣が途中で止まらないよう振り切る。
鹿の首すじに角ごと斬る。驚いたことに、キレイに剣が入り、また血が噴水のように飛び出しオレにかかる。鹿は数歩走ったところでバタンと倒れ、事切れたようだ。良かったぁ、一太刀で倒せたようだ。オレは呆然と鹿の死体を見て、尻餅をついて、また動けなくなってしまう。あ~ぁ、やっぱり怖かったよ。
ジンが向こうから駈けてくる。
「おーい、マモル、大丈夫か?こいつはオレの方に来させるつもりだったが、おまえの方に行ってしまった。すまなかった!」
ジンは倒れた鹿を見てオレを見る、ニマニマ笑ってやがる。オレは昨日に続いて血まみれだから、それに気がついてジンは呆れたように笑い出す。
「ははははは、マモルはスゴいな。昨日は大牛と狼を倒して、今日は大鹿か。おまけに今日も血をたっぷり浴びやがって。今度は血を浴びないようにする斬り方を教えないといけないな」
ジンはポケットから笛を取り出し、口にくわえて吹く。ピーーーーーーという耳障りな音が森の中に響いた。
しばらくすると、どこからか男たちが現れた。
「おまえたち、今日もマモルが大鹿をしとめたぞ。その証拠に血を浴びて真っ赤だ、ははははh!見てみろ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」」」
男たちは大鹿とオレを代わる代わる見て、驚きの声を上げる。
「すげえな」
「2日続けて獲物が捕れるなんて驚きだぜ」
「今夜も肉が食べれるなんて、どんな幸せなことだ!」
「さあ、早く大鹿を村に持っていくぞ。早くしないとまた狼が来ちまう」
「そうだそうだ。ほれ、丸太持って来い!」
「おぉ、脚をかけろや。ほれ、ロープで縛れ」
男たちは手際よく鹿を丸太につるして4人かかりで持ち上げ、えいしょ!えいしょ!と運んで行く。オレはまた血だらけのまま、取り残されそうになっている。ジンが気づき、笑いながら
「ほら、マモル、村に帰るぞ。早くしないと狼が来るぞ。と言っても、おまえなら逆に狼を殺ってしまうかも知れんな、わははは」
オレはやっと腰を上げて動けるようになり、みんなの後に付いて村に歩いて行く。身体から血の臭いがプンプンで臭くてかなわない。村人の臭いのことを言えたもんじゃない。
村に帰ると、もう村人が待っていて手には解体包丁を持ってニマニマ笑ってる。
「今日は大鹿か!昨日の野牛の肉もまだ残っているのに、2日続けて獲物があるっていうのは、どんだけぶりかなぁ」
ジンの話によると罠でとってきた獲物は売り物で、剣で殺した獲物は部落で消費する決まりらしい。剣で斬るとキズが付くから、毛皮は売り物にならないからということらしい。オレのおかげで昨日に続いて、今日も肉が食べれるということで、みんな喜んでいるようだ。大鹿1頭で村全体に行き渡るのかどうか知らないが、まあ良かったか。ただ大鹿の角はキレイな形のまま残っているので売り物になるらしいし、それはそれで良かったね。
腕をツンツンと突かれて横を見ると、アンが着替えを持って立っていた。オレは着替えを持って井戸に歩いて行く。ナゼかアンも付いてくる。今日も井戸で素っ裸になって身体を洗う。脱いだ服をアンは集めながら、オレを今日も凝視している。そんなに気になりますか、オレの息子が。
着替えるとアンはいなくなった。オレは小屋に戻ると、疲れを感じてベッド?に横になり、いつの間にか寝てしまった。