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見知らぬ男から声をかけられる

「あなた方、何を捜しておられるのか?」

 ジンの土地勘のなさに絶望しているとき、どこからとも現れた初老の男、50くらいだろうか、それから声をかけられた。近づいて来ているのは分かってた。ただ、害意があるようには感じていなかったので、近づくのを許していた。


「おお、あんた誰だ?」

 ジンは気が付いていなかったようで、素で聞き返す。

「誰かと聞かれても、名乗るような名前はないが、あなた方は何か困っているように見えたが、お手伝いしようか?悪いがタダと言うわけにはいかないが。相応の食料と引き換えで良ければだが?」

 この男、口調は丁寧でまじめな感じがする。ただひどく痩せこけている。顔の肉がほとんどなく、頬骨が目立つ。ただシャキッと背を伸ばしている姿勢がいい。


「分かった。いくつか聞きたいことがある。まず、干し肉を1片渡すが、それで良いか?」

 オレが告げると、男は片眉を上げ頷いて、

「ああ、それで良い。まず干し肉を投げてくれるか?その後、質問に答えよう」

 と言ってきたので、ホイッと干し肉を投げる。オレたちを信用しておらず、近寄りたくないのだろう。男は見事にキャッチして、

「何が聞きたいのか?」

 と聞いてきた。男は干し肉をすぐに食べるのかと思いきや、ナナメ掛けしているバッグに干し肉をしまった。かなり飢えていると思うが、すぐに食べないのは自らのプライドゆえなのか?それとも干し肉を誰かに食べさせるためにしまったのか?誰かに食べさせる、というならもう少し渡せば良かったか?


「あのな......」

 ジンが訊こうとするがそれを遮って、

「あの屋敷は宰相邸で合っているのか?あそこに以前住んでいたリューブ様のご一家はどこにいかれたか知らないか?」

 と尋ねた。リューブ様と言った時に、男の目が一瞬見開いた。しかし表情は変えていない。どういう反応なのだろうか?単に今の宰相のことでなく、前の宰相のことを聞いたのが意外だったのだろうか?それだけではない気がするが。


「それは質問が二つだな。まあいい。最初だし答えよう。あそこは確かに宰相様のお屋敷だった。宰相職が替わられると、そのたびに館の主が替わるのは知っているだろう。そして、リューブ様のご子息ご一家がどこに行かれたのかは与り知らない」

 男が答える。その答えを聞いて、この男はなかなかこの辺りについて詳しいということが分かった。迷いなく断言しているから。


「それなら」

 そう言いながら、さらに干し肉を投げる。男はキャッチして、またしまう。


「ポリシェン様のお宅の場所を知らないか?」

 男の頬がピクッとした。

「ポリシェン様?」

「そう、ポリシェン様だ」

「ポリシェン男爵様?」

 なぜか聞き返してくる。このくどさは何か理由があるのか?


「そうだ、知っているか?」

「知っている。少し離れているが良いだろうか?」

「頼む」

「こっちだ」

 男が歩き出す。後ろから男の歩き方を見ると、かかとから踏み出す歩き方で、これは貴族か、貴族の館で働いていた者の歩き方だ。となれば、この男は貴族街の住人だったんだろう。と言っても、着ているものは擦り切れて穴が開いている服だ。それほど汚れているように見えないのは洗っているのか?


 しばらく歩いて男が、

「ここがポリシェン男爵様のお宅だ」

 と指し示す。あぁぁ、ここはさっき前を通ったぞ、ジン!そのジンは

「ここだったかぁ?」

 などとのんきなことを言っている。


 壊されたドアを開けて、中に入って行く。確かにここがポリシェン様の館と言われれば、なんとなく記憶がある。この世界に転移して初めて訪れた貴族邸、強烈な印象が残っている。奥に入り、オレが寝起きしていた部屋に行く。そこはオレがいたときと同じように、ベッドがありテーブルがあった。ただし、ベッドもテーブルも半壊している。カーテンも破れている。ここに来たヤツ、カーテンを破ってどうするんだ?と思うんだが。

 息子のヨハネくん、娘のカタリナさん(妻と同じ名前って今となれば複雑だ。不思議な縁だなぁ)の部屋を捜すが、もちろん荒らされていて、空だった。さらに奥に入って行くと、食堂に大人が1体の性別不明、大きさから見て男か。あとは子どもと思われる死体が2体放置されていた。獣に食われたのか、ほぼ骨だけになっている。衣類もほとんど着けていない状態なのだが、男の子と女の子のようだ。残っている服の模様でそう判断したのだが。


 ポリシェン男爵邸にある少年少女の死体ということなら、これは子ども2人のモノなんだろう。大人の方は男だと思うが、執事かもしくは背の高いメイドとか?それは分からない。誰も弔う者もおらず放置されていたことを悔やみ、3人の死体を集めて並べ、燃やした。燃やすほど肉も残っていなかったのだが、気持ち的に燃やさざるを得なかった。この間、スティーヴィーもミワさんもジンでさえも、ずっと黙っている。短いお付き合いだったのだけど、もしかしたら生きているかも知れないと思ってた部分が心のどこかにある。ただ、生き残っている方が奇跡だろうと思う気持ちもあったから、やっぱりそうか、という気持ちで受け入れることができた。


 オレ、スティーヴィー、ミワさんはこの世界の出身でなく、根っからのキーエフ教信仰の世界で生きていたわけではないので、弔い?はジンに任せる。ジンだって、あの村にいたときは無神論者に近かったと思うが、オレの意を汲んでやってくれた。ジンの外見が1番信仰から遠い所にいるのだが。


 外に出るとさっきの男が待っていた。

「どうだったかな?」

 男の問いに、

「ああ、誰もいなかった。しかし亡骸が三つあったので、弔ってきた。ここに来て、弔えて良かった」

 と答える。男は無表情のまま頷いて、

「他に手助けすることはあるか?」

 と訊いて来るから、

「あと2ヶ所行きたいところがある。一つはブロヒン様のお宅で、もう一つはロマノウ商会だが、二つとも知っているか?」

 オレの問いに男は頷き、

「知っている。ただし、割と距離がある。今日、私は結構歩いたので疲れた。それで、依頼は明日にしてもらっても良いだろうか?明日の朝にここで待っているので、来てもらえると助かるのだが?」

 と言って来た。やはり痩せこけて体力がないのだろう。オレがおぶって行くという手もあるが、それはきっとこの男のプライドが許さないだろう。


「分かった、それでいい。こんなことを訊いて失礼かも知れないが、あなたは誰か養っているのでないか?それなら、前払いということで食糧を渡すが受け取ってもらえるだろうか?」

 きっとこの男はタダで渡すということには決してウンと言わないだろう。施しを受けるというのは、プライドが許さないと思う。だから前払いという形で渡すコトにした。すると、

「ああ、済まない。それならありがたく受け取らせてもらう」

 ちょっと複雑な表情を見せたが、承諾してくれた。言葉尻が嬉しそうでもある。


 魔力袋から干し肉を数片とパンを数個渡した。それを手に取った男は、しばらく動かなかったが、ちゃんと受け取りバッグにしまった。そして背を向けて歩いていった。やはり歩き方に力がない。腹が減っているんだろう。明日も食料を渡そうと思うが、きっと持ち帰ろうとするだろう。そうなるとあの男の腹にはきっと入らない。となれば、持ち帰れないようなモノ、その場で食べるしかないようなモノを渡して食べさせることしかない。となれば汁物を渡すのが良いだろう。

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