差し入れする
ミワさんが子どもの病気を治してみせたことで、オレたちへの態度が一変した。これは今始まったわけでなく、どこに行っても同じコトが起きているんだけどな。
どこに隠れていたんだ?と思うくらい女子どもが湧いて来て、ミワさんの前に列を成した。オレはミワさんの護衛をスティーヴィーに任せてジンと話をする。
歩きながら汚れているところに『Clean』を掛けて回る。一通り掛けると、範囲を広げて回る。死体があると燃やす。一々ジンが驚くが、それが面白い。まあ、ジンだけでなく付いて来ている者が声を出して驚いているのが新鮮だ。
「ジン、いったいここに何人くらいいるんだ?」
「そうだな、50人ちょいくらいか。最初は100近くいたけど、かなり死んじまった。結局残ったのは体力があって運のイイやつだよな。こんなところで生活していて黒死病にかからないなんて、運がイイとしか言いようがないだろう?」
「50人も抱えて、よくぞ今まで食い繋げてきたな?」
ホントにそう思う。
「必死だよ。ここら辺に住んでたヤツを集めて、食糧持ち寄って砦もどきを作ったんだ。そうしないと他から襲撃してくるヤツらがいて、そいつらに食糧奪われたり、殺されたりしたからな。もう法律とか道徳なんてものはないさ。力だけが正義だ。襲ってくるヤツらだって、黒死病が広がる前は穏やかに暮らしていたと思うさ。でも、今こうなってしまえばみんな狂っちまってるとしか言いようがない。いつまで続くか分からないけどよ、とにかく今はここにいるモンたちを守っていかないとな」
言葉だけ聞くと、大したことなさそうなコトを言っているが、口調にはかなり弱音が混じっている。
「食糧なら、少し持ってる。それを出そうか?ここに来るまで、道々いろんな獣を狩ってきたから持ってるんだ」
「へぇーーそう言えばマモルは、獣がどこからともなく現れて襲ってくるんだったな?思い出したぜ!あれだったらオーガからここに来るまで、どんだけでも獣を狩れただろう!持っているならどんだけでもくれ!でも持ってるって言っても、オマエ、荷物はどこにもないぞ?どこかに隠しているのか?取りに行くなら手を貸すぞ。どんなもんでもイイ。とにかく食い物をくれるんなら喜んで頂く!」
「それが、あの村を出てから色々あって、魔力袋っていうものを会得したんだ。その中に獲物をしまってある。出してもいいところに案内してくれ。殺したそのままで入れてあるから、解体しないといけないんだが、どこで出せばいい?」
また驚くジンと付き人。
「魔力袋だってぇ!!いや、驚いた!噂では聞いたことがあったが、まさか目の前の人間が持ってるなんて言うとは驚いた。おい(と付き人に聞く)、魔力袋って分かるか?(付き人が首を振る)そうだろう、そんなもん、誰も知らないよな!オレもオーガから来る行商人に聞いたことがあっただけだよ。よし!分かった、こっちだ!解体するところを、よそのヤツらに見られたくない。臭いが漏れるのは仕方ないが。見られるのだけは避けたい。見られると必ず、肉を奪いにくる。もらえる肉の多寡にもよるが、交渉で譲るなら良いが襲われるのは避けたい」
ジンに連れて行かれて砦の奥に入る。砦と言っても町内の周りを板塀などで囲んでいるだけのモノで、櫓のようなモノが二つ建てられている。昔ギーブで見た福音派の拠点のようなモノだ。こういう状況に置かれると、人間っていうものは自然とこういうモノを作るんだろう。
砦の奥の奥に食糧置き庫があった。元々は民家だったのだと思うが、その中に食糧が積まれていた。一見多いと思ったが、50人を養っていくとなるとかなり心細いと思う。
「ジン、まず牛から出すぞ」
「マモル、まずって言うが、他に何を入れてるんだ?あの村にいたときは、ありとあらゆる獣から目の敵にされていたが?」
ジンは相変わらず口が悪い。
「狼、鹿とかかな。チェルシでヌエに会って、そいつも中に入れている」
「ヌエ?ヌエだと?あんなもん、伝説だぞ?昔、キーエフ様が諸国を巡られて伝道されたときに退治されたって聞いてるぞ。そんなもんが生きているのか?そうだな、そのヌエというモノを出して見てくれ」
ジンのリクエストで地面に板を並べさせて、
「ほら、出すぞ!」
と言ってヌエの死体を出した。
「「「うわっ!!」」」
ジンと付き人が腰を抜かした。
「なんだコレは......これがヌエか?小山のような、だな?こんなおっかない顔をしてるのか?ヌエってヤツは」
悪相面のヌエの顔を見てジンが言う。
「まずコイツから解体するか?血抜きもしてないから、どこかにぶら下げないといけないが?」
「じゃああの柱のとこにやってくれ。おっと血が外に流れると上手くないから、下に穴を掘らないといけないな」
地面に大穴を掘り、その上にヌエを持ち上げて血抜きをする。その間に狼を出し、ワラワラと集まって来た男どもに血抜きと解体を任せる。
その間にジンに聞く。
「ジン、ジンはオレがあの村を出た後、どうしていたんだ?オレはあの後、一度村を見に行ったんだ。その時は村に誰もいなくて廃墟になっていたんだ。あの村に住んでた者はみんな病気で死んだと聞かされていたんだ」
オレの問いにジンは辛そうな目をしてうつむく。やっぱり話したくないんだな。
「そうだな、マモルに会わなきゃ、きっと死ぬまであの村のコトは話すことはないと思ってたよ。でもな、こうやってマモルに会ったんだから、話しておくわ」
ジンから生気が抜け肩が落ちた。
「今のオレはおまけみたいなもんだ。オマエが出て行った後、いろいろあってな、疫病が広がったんだよ。それで村の者がほとんど死んじまった。婆さまも、アンもだ。アンはマモルと一緒にあの村を出たい気持ちはあったんだと思うが、外を知らないから出る決断をできず、村に残った。でもなずっとオマエのことを思ってたんだと思う。アンが疫病で死んだとき、オマエの残して行った服を抱きしめていたからな。オマエに会いたかったんだと思うぞ。でも、オマエに付いて行かないことはアンが決めたことだしな、仕方のないことだったさ」
「そうか......」
それ以外に言葉がない。
「なんでか分からないが、オレだけ疫病に罹らなかったんだよ。それで婆さまから村を出るように言われて、村の者が死んだのを確認して村を出たんだ。オーガに行くかミコライに行くか迷ったんだが、違う国に行くのは怖くてミコライに来たんだ。それでミコライの町で衛兵をして過ごしていたんだ。でもな辺境伯様がヤロスラフ王国に攻めて行っただろ?それにオレも招集されて連れて行かれたよ。タチバナ村のことは聞いている。でもオレにはどうしようもできなかった。ただの兵には何もできなかった。タチバナ村って聞いて、そんなおかしな名前の村なんてマモルの村しかないと分かったけどな。それでよ、結局ギーブで黒死病が流行って、辺境伯領に逃げ帰ってきたさ。それでミコライで収まらず、ここまで来たんだ。でもよ、ギーブで黒死病に罹ったヤツがいたんだよ。だから辺境伯領でも黒死病が流行っているんだ。間違いねえ、ギーブから持って来たんだ!ずっと仲良くやってたのに、欲に駆られて攻め込むからキーエフ様が罰を下されたんだ!!」
血を吐く、というのは今のジンの独白のことを言うんだろう。話しているうちに、ジンは拳を握りしめ涙をこぼしていた。あの村で1人生き残った辛さがオレの胸を打った。
「死にたいと思う時ってのは、なかなか死ねないもんだな。死んだヤツらにオレが生き残っていることを謝りたいと思うが、どこで誰に謝ればいいのか分からない。色々考えているうちにマモルの顔を見た。バゥたちが生きてるって聞いて、少し楽になった。バゥたちの顔を見るまで死ねないって思ったさ」
ジンが片頰で笑う。




