お産を待つ
ここだ、と言われた入り口は、さっきスティーヴィーが男を斬った場所から10mもいかない場所だった。あいつら、家の前で待ち伏せしていたということか。
みんなが家の中に入っていくがオレは入り口に立ち、あたりを見回す。
「どうしたんだ?中に入らないのか?」
中に入ろうとした男が立ち止まり、聞いてくるから、
「いや、オレが中に入っても役に立たないだろうから、ここで見張りをしているよ。さっきの奴らが仕返しに来るかも知れないだろう」
「うーーーん、それはあるかなぁ?あんな目にあって、まだやって来るとは思わないが、そうしてもらえると助かる。さっきの兄ちゃんも強かったが、あんたはもっと強そうだし」
「そう見えるか?」
「ああ、見える。そう言われないか?」
「いいや、そんなことはない。初めて言われたよ」
「そうか。とにかくよろしく頼む。しばらくしたら代わりを寄越す」
そう言って中に入ろうとする男を呼び止める。
「ああ、頼まれた。一つ忠告なのだが」
「なんだ?」
「スティーヴィーは兄ちゃんでなく姉ちゃんなんだ。あの見た目だから、そういうことは良くあるが、本人は気にしていないように見えて内心気にしているようだし」
「えっ!?」
男がフリーズする。
「あれが、女か......そう言われればそうかも知れん」
そうかもじゃなくて、そうなんだが。言ってたような気がするけど、伝えていなかったか?
「それが知れると、中の女たちがガッカリするだろうなぁ。どうりで線が細いと思ったよ。女かぁーーーー。あの兄ちゃん、いや姉ちゃんは、いったいいくつなんだい?」
「あれはまだ10代だと思う。もう20になるのかも知れない。女の年は知らない方が良くてな」
「あの強さ、苛烈さで10代か!?いや明るい所で見ると、そう見えるのかも知れないな。あんな簡単に人を斬っちまうなんて初めて見たよ」
「ああ、あれは元々の職業病みたいなもんだろう。前は王子様の護衛をやってて、近づいてくる怪しいヤツは先手を取って切り捨てるとか言ってたし」
男は呆れたような顔をして、
「おお、こわ!オレはなるべく近づかないようにするわ。それならアンタのもう1人のツレの方は女なんだろう?いくつなんだい?」
「あれか?あれは30近い20代のはずだ」
男が目を剝く。
「あれが30近い!!オレはてっきり20にいってないと思ったけどなぁ。アンタのツレって......なんと言ったらいいのか、スゴいな。なんかそれしか言葉がない」
「ああ、褒め言葉だと受け取っておく」
「そうしてくれ。じゃあ、しばらく頼む」
男が中に入っていき、オレは表で番をする。確かにさっきのを見ていれば、誰もが怖気づくとは思うが、あの集団のトップが話を聞いたなら、舐められてたまるか、かならず落とし前を付けろ!と言うだろう。もうすぐ新しい命が誕生するというのにあんまり血なまぐさいことはしたくないのだが。
家の中から、エーーーーー!!やらキャーーーー!?やら、叫び声が聞こえて来た。理由は......スティーヴィーだろうなぁ。でも、スティーヴィーが女だと分かっても、スティーヴィーを熱い視線で見る女もいるから、そこは人の指向性の問題でオレがとやかく言うことではないけど。
しばらくして中が騒がしくなってきた。中から桶を持った男が数人出てきた。
「おい、どうしたんだ?」
声を掛けると慌てた風だが、一応はオレの質問に答えてくれて、
「女たちからよ、水を汲んで来て湯を沸かせって言うんだよ。だから近くの井戸に行って水を汲んで来るんだ。中の井戸だけでは足りないんだそうだ。それに中の井戸の水は砂が混じっていて、すぐには使えないんだとよ」
と言う。
「それならオレが水を出してやるから、桶を持って来い」
と言うと男たちは笑って、
「あんた、何言ってんだい。どこに水があるんだよ」
「ここにある急ぐなら使えば良い。後でまた補給しておくから。出産の水ならきれいな水の方がいいだろう」
そう言って魔力袋の中から、水樽を出した。緊急避難用の水だが、今はそれに近いだろう。
男たちの目の前にドン!と水樽を出すと、男たちはフリーズしたが、
「ほら、早く使え。急いでいるんだろう?」
と急かすと
「おお」
と言いながら水を汲んで行く。それを眺めていると、
「あのすみませんが、あなた様がギーブのロマノウ商会から言付けを預かってこられた方でしょうか?」
そう聞いてきたのは小柄な中年の男。頭の髪が薄くなっていて、いかにも誠実そうな商店の店主を想像させる。
「そうだ。オーガの支店長からこれを預かってきた」
そう言って手紙を渡す。男は手紙を明るい所に行って読む。中身は簡単なことしか書いてないはず。基本は手紙を持って来た者の希望をできるだけ叶えるように、くらいだと思う。
「もし私にできることがあればやりますが、今の状況ではほとんどできません」
手紙を読んだ後、その中年男が申し訳なさそうに言う。
「大丈夫、状況は分かっている。伝書鳥でここの状況をオーガに伝えて欲しい。領主が領都に逃げたらしく、街を統制している者がいなくなったことをオーガ領主のギレイ様に伝えてくれ、と書いてくれれば良い。それだけ書いてあれば、向こうで何かしてくれるだろう」
「何かするとは?」
「例えば経済的な援助とか、医療援助とか」
「政治的には何かされないのでしょうか?」
やはりそっちの方を期待するんだろう。早くしっかりした為政者がこの街を支配して、秩序と安定をもたらしてくれと願うんだよな。ブカヒンの町の領主がヒューイ様からクチマのバカに代わって町をダメにして、その後ゴダイ帝国に占領された。帝国の治政下になって、民は為政者が代わって暮らし向きが良くなったって歓迎しているし。元のヤロスラフ王国が良いなんて声は少数派になってしまった。要は平民にとって、お上が誰であろうと良い政治をしてくれればいいんだ。
「そっちは商人の心配することじゃないだろう?なんとかしてくれると思うけど」
そうなるかも?くらいのニュアンスを含ませて答える。
「それなら良いのですが。私ら平民は、政治がちゃんとしていて日々の生活を守ってさえ頂ければ良いのですけど。こんなことになっちゃ、明日のことさえ考えられなくなりますから」
「ホントにそうだな。オーガからの医療団がマウリポリまでは来ているから、あと少しだと思うけどな」
「ホントですか!?その医療団がここにも来てくれないですかね?この街にもたくさんの病人がいますよ。この街に住んでた人たちも、黒死病が治まるまで街から離れている人が多いと思うのですよ。街に比べて村々の方はそれほど流行っていないと噂されていますがね。早く元の安全な街に戻って......」
最後は声にならない。そうでもないだろう、と言いたい所だが、オレはこの周辺の村を見たわけでもないので黙っておこう。
そうこうしているうちに、家の中から男たちが出てきた。その数ざっと10人ほど。みんなで家の前の道に焚き火を作って囲む。あのガタイのいい男が「男はなんの役にも立たないってよ」と笑いながら愚痴を垂れる。
「こういう時は酒を飲みながら待ちたい気分だぜ」
と言うヤツがいるが、出ないところを見ると、きっと酒がないんだろう。オレは持っているけど出さない。これから先があるので、無闇に酒や食糧は出さないのだ(建前で)。
朝日が上がるのだろう、だんだんと明るくなってきた。それに合わせたのか、向こうから集団がやって来た。
「またアイツらだ。懲りてないのか、まったくこんな時に」
ガタイのいい男が愚痴る。他も「せっかくの時に」とか言っている。
集団の姿がはっきりすると、各々が武器を持っているのが分かる。剣を持っているヤツ、槍を持っているヤツ、盾や弓矢を持っているヤツもいる。胸甲を着けたのもいれば、革兜をかぶったのもいる。
「ヤツら、本気だぜ」
誰ともなく声が出た。
「仕方ない。オレたちも武器を取れ。戦うぞ!」
ガタイのいい男の声にみんなが武器を取りに家の中に入る。そして各々が武器を持ち、揃った頃には向こうも20mほどの所に来ていた。




