男の願いは?
ガタイのいい男が頭を下げたまま言い出した。
「まだ治療費も払っていないのに、虫の良いことを言うんだが、もう1人診てもらいたいのがいるんだ」
男の言葉に他の2人も頷いている。オレたちが黙っていると、ガタイのいい男は続けて、
「病人じゃないんだ。実は産気づいた女がいる。産婆の言うには難産だと言ってる。下手したら母子ともども死ぬかも知れない。上手くいってもどっちかが死ぬかも知れないと産婆が言ってる。だからあんたらとは関係ないかも知れんが、診てやってくれないか?すまねぇ、ホントに悪いと思っている。無理を言うが頼む!!」
今度はこの男が土下座した。他の2人も土下座する。
「どうするミワさん?」
「行きましょうよ。私にできることがあれば何でもやりますから!」
「お産って立ち会ったことあるの?」
「はい、アノンさんがいらっしゃる時から付き添いで見ていました。アノンさんは何でも屋でしたから、お産だって診ておられましたよ」
「そうか、アノンさんが診ていたんだ」
「そうですよぉ、うふふ。万能のアノンさんでしたから」
ない胸を張るミワさん。
「じゃあ連れて行ってくれ!」
土下座した3人は頭を上げ、
「助かる!」
「申し訳ない!」
「ありがとうございます!!」
口々に礼を言う。ガタイのいい男が先に立ち部屋の外に出る。そこで説明したのだろう、ガヤガヤと声がした後、歓声が上がった。
「必ず効果があるというわけでもないのだけど」
オレの呟きに女は、
「診ていただけるだけでも心強いですから」
と顔を綻ばせながら言う。子どもを抱いた男も、
「娘を助けて頂いたのですから、きっと、きっと!」
涙ぐみながら言う。この2人は夫婦で、この子は夫婦の子なんだな。
夫婦の後ろに付いて外に出る。外には意外と多くの男たちがいた。話は聞かされていたようで、オレたちを見て頭を下げる。こんなに多くの人がどこに潜んでいたんだと思う。
暗い中、松明を点けて進む。
「あんたらは同じ町内の者か?」
オレの問いに、
「そうです。オレらはほとんどが同じ町内の者で、あいつが(とガタイのいい男を指さす)自警団のまとめ役なんだ。黒死病が広まり始めて、街が壊滅状態になって強盗が横行し始めたから、オレらは町で集まって自衛してるんだ。いつか領主様が戻ってきて、助けてくれるんじゃねえかと思ってな。でもよ、もうダメだと思ってた。どっからも助けが来ず、医者もいねぇ、薬もねぇと諦めかけていたんだ。そんな時にあんたらが来たんだ。こんなトコに来る人間なんぞ、滅多にねえさ。大抵は盗人か強盗ばかりだ。それなのにアンタは女を連れてやってきた。こんな所に女を連れてな。
そんで、みんなであんたらを見張っていたんだ。じっと何をするかと遠巻きで見ていた。そんで、夜になって訪ねてみたんだよ。そしたら、とんでもねぇ人らだったってわけだ」
最後の方は元気が出て来たようで、弾んだ声で語る。
「そうか。オレたちは領都に向かっているんだ。実はここに来たのはロマノウ商会を訪ねて来たんだ。ロマノウ商会が襲われていたんで、一晩ここに泊まってから明日の朝、出発することにしていた」
「そうか。際どかったな。訪ねて行かないと、あの子は助からなかったかも知れないな。そんでよ、ロマノウ商会のヤツらなら、一緒に隠れているぜ」
「おっと、本当か?それならぜひ、会わせてくれ。オーガのロマノウ商会から言付けを預かってきている」
「えっ!?オーガだとう?あんな所から来たのか!違う国だろう?よくこんな所まで来たなぁ?黒死病に罹らずに来たんだなぁ?」
「そうだ。でもオレたちの役目は、マウリポリの街に黒死病の治療をする医療団がいることを知らせに来た。マウリポリの街まで行けば、黒死病はおろか他の病気も治してもらえるぞ。黒い聖人がいるんだ」
「えええっ!!」
オレと男の会話を黙って聞いていた周りの男たちが驚いた。ガヤガヤと声を上げる。
進行方向から数個の火が近づいて来る。先頭のガタイのいい男が止まった。それにつられて、他の者も止まる。ガタイのいい男の背中が緊張している。
向こうの先頭に立っている男ががなる。
「おいっ!とうとう姿を現しやがったな!今日こそオマエらを叩き潰してやるぜ!へへへっ、オマエらのアジトから食いもん、女を攫っちまうぜ。オマエら、ここで皆殺しにしてやらぁ!」
男は剣を抜き振り回す。
「頼む!今日は見逃してくれ!一生の願いだ!頼む、この通りだ!」
ガタイのいい男が見えなくなった。どうも土下座したようだ。
でもそんなことをすれば、相手は余計に張り切るのは定番のコトだ。ここはオレが仲裁して丸く収めてやろう、ちょっとくらい脅してもイイだろうと思って前に出ようとしたとき、黒い影がスッと前に出た。白い円弧が見えた後、
「ギャーーー!!」
悲鳴が聞こえた。
「おい!」
人をかき分けて前に出ると、さっきの威勢のいい男が、肘から先がなくなった腕を抱えて地面を転げ回っている。側に立つスティーヴィーが剣先に血を付けたまま男を睨んでいる。
「死ね!」
と言い、男の首筋を剣先で跳ねた。男の首から血が噴き出し、男はすぐに動かなくなる。夜でも地面に広がる血が分かる。
「こうなりたくなかったら、ちょっかいを出すな。分かったら去れ!」
スティーヴィーが剣をシュッと振って見せる。こういう時は必ず、仇を取ろうとするヤツが現れるのだが、目の前の集団の中からは誰も出て来ず、無言のままだ。
スティーヴィーが1歩踏み出すと、集団は1歩下がる。さらにスティーヴィーが前に出ると、集団は崩れ、後ろを向いて逃げ出して闇の中に消えて行った。
ガタイのいい男は土下座したまま血を浴びている。顔を上げて今のを見ていたが、呆然としている。他の者も一緒。
スティーヴィーは剣に付いた血を殺した男の服で拭い、剣を鞘に納めると、
「さあ、早く行こう!」
ニコッと笑って言う。
誰一人声を出さない。スティーヴィーに呑まれてしまっている。さっきの死神然としたスティーヴィーと今のスティーヴィー、同一人物とは思えんが。




