開戦はまだです
「ヒューイさん、魔法切れました」
「あ、そうですか。意外と長く保ちましたね」
え、そうなんですか?
「私の経験上、魔法って長く持たないんです。お守りは別なんですけど。これくらい保てば十分ですよ。こんな近くまで来たんだから」
え~~、ヒューイさん、魔法頼みだったんですかぁ?
「ヒューイさん、ここの陣地は山から獣が来ることを想定していないようですが、大丈夫なんですかね?」
「そうですね、こちら側には柵も見張りもいませんね。彼らは私たちのお守りのようなものを持っているんだと思います。我々が持っていて、相手が持っていないと考えるのは危険ですから。それにしても、こちら側は無防備すぎますね、呆れます。さて、誰か捕まえて、ゴダイ帝国の兵だと分かったら帰りましょう」
「どうやって捕まえるんですか?」
「マモルさんたち、何かいいものないですか?」
アナタ、何も考えてないんかい?と思ったら、バゥが
「この距離なら、オレの弓なら百発百中だが?」
調子に乗って自慢しやがる。
「それでも良いですが、こちらから敵兵が来た、という証拠がないものが良いんですけど。矢だと残るでしょう」
「それは斬ったりするのもダメということですね?」
「そうですね。なるべく外に傷が残らないものが良いですが。マモルさん、何か良い魔法を持ってませんか?」
あ、そういう流れだったのか?良い魔法ってなんですか?すごい、人頼みなんですね。
「いや、私はそんな都合のいい魔法は知ってません......できるかどうか、石を投げて頭に当てれば、死にはしないけど、気絶くらいはするかも知れません」
「石を投げる!なんと、ん~~、そうですね。石を投げるんですか?当たりますか?じゃあ、マモルさんにやってもらって、ダメならバゥの弓でやってもらいましょうか?」
「わかりました。石ころを捜します」
「石ころ、って、落ちてる石で良いのですか?」
「ハイ、これくらいの石なら大丈夫です」
と握りこぶしを作って見せる。弘法筆を選ばず、と言うでしょ?オレならできる!というヤツですよ。
足下を捜すと、5個ほど見つかったので、さらに選ぶ。だって1球入魂をモットーとしてますから、1発必中ですよ。
藪の中でじっと待っていると、立派なテントの中から、何とも緊張感のない、それでいて立派な軍服を着た男がこっちに向かってきた。2日酔い?という感じの、あまり、しっかりしてない足取り。
こっちにフラフラと歩いてきて、あと15mほどの所の陣地の端の草むらに来て、立ち止まり、ズボンをもそもそとして、大事なものを出し、自然の摂理を始めた。それを見ているオレたちは、見たくない物、光景を見せられゲンネリとするばかりで。
もうすぐ終わりそうなので、オレはそっと立ち上がり振りかぶる。ダイナミックなモーションで第1球、投げましたぁぁぁぁ!!ビューーーーーーーン、かぁーーーーん!!やりました、見事、頭に命中です。相手は何も言わず、お粗末な物を出しながら、そして飛沫をまき散らして倒れました。
「ほう、マモル、スゴいですね。こんなに上手くいくとは思いませんでした。みなさん、ちょっとここで待っていてください。私がヤツの身分証か階級章がないか見て来ます」
と言ってヒューイさんはスタスタと歩いて男のところに近寄っていった。
男の逸物には見向きもせず(当たり前ですが)、懐を探りながら、何かカードみたいな物を手に取り、つながっていた紐を切って、帰ってきた。
「これで十分です。さぁ、早く帰りましょう」
「え?もう終わったんですか?あの男は、あのままでいいんですか?」
「いいでしょう。外傷と言っても、こぶが1つあるだけなので、転んで石に頭をぶつけたように見えますから、敵が来たとも分からないですよ。だいたい、逸物を出して気を失ってるヤツを見て、敵襲だと思うヤツはいないでしょう?」
なるほど、おっしゃる通りです。
獣道をどんどん進む。ヒューイさんは獣道を歩きなれているし帰り道だからか、早いのなんのって。と思っていたら、突然止まった。
「シ!敵が来ました」
鳴りをひそめて待っていると、山賊の成りをした男が5人やってきた、警戒心ゼロで大声で話しながら歩いてくる。ヒューイさんが小声で
「できれば殺ってしまいたいのですが、こちらより1人多いので、誰か2人殺れますか?」
ヒューイさん、オレの顔を見て言うから仕方なく
「分かりました。オレが引き受けます」
「では列の横合いから飛び込みましょう」
山賊の風体の5人が和気藹々で歩いていらっしゃる。ここで待ち伏せされているとは思いもせずに。あと10m、あと5m、4m、3m、2m、1m、少し行かせて、
「今だ!!」
列に飛びかかる。
先頭がヒューイさん、次がバゥ、次がミコラで、後ろの2人がオレだ。
最後尾のヤツに飛び込み様、剣を突いて心臓の辺りに入れる。入った剣を少しひねって抜き、すぐに前のヤツに斬りかかる。そいつは、突然のことに慌てて、剣を上手く抜くことができず、半分抜いたところで剣が引っかかっている。そこを構わず、剣に触れないよう首を横殴りに斬る。5人とも声を上げることなく、あっという間に終わった。
一息ついて、他の人を見ると、終わってた。みんな血を浴びている。バゥが早くしてくれ、っていうような顔をしているので、仕方なく『Clean』をかける。と言っても、オレが1番血を浴びているんだけど。
ヒューイさんがまた、殺した山賊の懐を探ってカードを取り出した。
「これはゴダイ帝国の兵士の身分証なんですよ。さあ、死体は藪の中に放り込んで先を急ぎましょう」
獣道だから誰も通らないと思うけど、5人の死体を獣道から少し脇に放り投げる。
そしてヒューイさんの先導で山を下る。さらに帰り道をスピードアップして、早いのなんのって、行くときの半分の時間で出発地に着いた。また、荷車を引きながら、元来た道を進む。
しばらく歩いていると、向こうから人相の悪い、いかにも山賊です、というような男たちが3人やってきた。こっちをジロジロとなめ回すように見る。オレたちは、どう見ても荷車を引いた農民にしか見えないのだからスルーしてよね、ガン付けるのは止めて!
という願いむなしく(こういう願いって絶対報われませんよね!)向こうが、声を掛けてきた、というか、突っかかってきた。
「おい、おまえら、どこ行くんだ?どっから来たんだよ?」
定番のセリフです。ヒューイさん、なんて答えるの?
「......」
ヒューイさん、無言。テレビでは、こういうのに会ったら、下手に出て結局戦う流れだと思うけど、どうするんだろう?
「おい、何か言えよ。もしからたら、オマエら、口を持ってないのか?」
せせら笑いながら言ってくる。威圧っておまけまで付けてくれている。
「そうだよな、その荷車に何載せてるんだよ?見せてみな、ケガしたくなかったら置いていくんだな」
あ~~定番のあおり文句ですわ、ヒューイさん、斬りますか?って、躊躇なく、人を斬るという発想が出る自分が怖い。この世界に馴染んでしまっている涙。
「おいおいおい、どうしたんだよ、怖くて何にも言えないのかぁ?」
仕方なくオレが、
「ヒューイさん、どうします?」
と聞いたら、ヒューイさんは何も言わず、首を縦に振った。
うん、斬っていいよ、ってことかな?こういう輩って、今までも悪いことしてて、生かしておいても害になるだけだから、斬っちゃえ!ってこと?バゥとミコラを見ても、ウンと首を振るだけ。オレ一人でやれってことかぁ。もうしばらくしたら『人斬り』と言われそう、あ~ぁ。せめて『悪人斬り』と呼んでくださいね。地味に生きるはずだったんだけどなぁ。でも村のみんなの生活を背負っていると思うと仕方ないか。
ヤツらがニヤニヤしているが無視して、荷車から剣を取り出し、前に出る。ヤツらは「お、やるのか?」てな感じで、剣を抜いて構えるヤツ、槍を構えるヤツがいる。こっちは、オレ1人が剣を抜いたので、オレが護衛に見えたのかも知れない。
ヤツらは一応、革鎧みたいのを来ているけど、こっちは何も着ていないし、丸腰だし、格好の獲物に見えたんだな。完全に舐めてかかっているから、武器を構えているものの、槍を構えているヤツ以外はまだニヤけた顔をしている。たぶん、槍のヤツは結構な腕前なんだろうな、オレなんて1撃で殺せると思っているんだろう。
じりじりと間合いを詰める。いつも通り、剣を後ろに下げるように構え、長さが測れないようにする。向こうは、槍先を常に動かし固まらないようにしている。オレが踏み込んだ時、槍を突き入れるつもりだろう。
間合いをどんどん詰めて行く。向こうは、こちらが躊躇なく間合いを詰めてきたように見えるのだろう、目を見開いて見ている、そして、穂先を少し上げてきた。顔を的にするつもりか?槍を突くには、かならず一度引くタイミングがあると、こっちに来て名前も知らない先生に教えてもらった。
さて、キーンという音が聞こえそうなくらい、緊張しているけど、槍を持つヤツの後ろの2人は「早くやれよ、けけけ」なんて言ってやがる。んんん、こういうとき「んちゃ砲」があれば、1撃で倒せるんだけど。でも、向こうの山も破壊しそうだから封印です、というかできないけど。ネタが古くてすみません。
槍の穂先が下がってきた。誘ってる?それとも疲れてきた?
ダン!と1歩踏み込む。ヤツはハッとして穂先を上げる。しばらくしてまた穂先が下がる、ダンと踏み込み穂先が上がる。今度は大きく踏み込み、穂先の10cmくらいまで身体を寄せる。ヤツは慌てて槍を引くので、それに合わせて光速の(すみません、言葉だけです。気持ちが光速なんですって)踏み込みで身体をヤツに寄せ、そのまま腕ごと首筋まで、撫でるように剣を滑らせ斬る。そのまま、間髪置かず、後ろのヤツらに斬りかかる。ヤツらは油断していて、慌てて剣を振り上げるが早さが伴わない。その空いた腹に1人、2人と斬っていく。油断大敵って言葉知ってたでしょ?
続けさま、3人を一息で斬って大息つき『Clean』を唱える。パチパチと心が入ってないような拍手が聞こえたので、振り返ると3人が手を叩いていた。
ヒューイさんは呆れたような、バゥやはヤレヤレというような、ミコラはホウ!という顔をしている。
「この3人はどうしますか?」
「こいつらは見るから悪人顔だから、通行の邪魔にならないように道の横にほっぱっておけばいいでしょう」
ということで、横にずらして進む。
「この辺りが開戦予定地ですね」
と、ヒューイさん。どうしてそんなこと分かるの?あなた。もしかしたら、ただの偵察要員じゃないよね?
「オダ軍はここでぶつかって、負けて下がります。あの森の後ろの方まで逃げて、敵が伸びきった所を殲滅します」
ほう、そうですか。オレが感心していると、バゥもミコラも感心している。良かった、オレだけじゃなくて。オレの代わりにバゥが質問してくれる。ナイスフォローです、バゥさん。
「そんなに上手く敵が引き込めるものか?」
「それが上手く行くんですよ。いつも同じ手を使うんで、相手も警戒するんですが、逃げるのが十八番の神業級の隊長がいるんですよ。この人が百人でも千人でも1万人でも、同じように兵を操って負けたように見せ、敵を引っ張ってくるんですから、見てる方としては、釣られる敵に同情します。とにかく明日は、その手腕を見ていてください」
「敵は300くらいいたが、オダ様の戦闘員はせいぜい200というところだろう?敵より少ないが大丈夫か?」
オレも聞きたかった。よく聞いてくれました、バゥさんよ!
「それが大丈夫なんですよ。敵より多いと、敵はビビって逃げてしまうかも知れないでしょう。だから、少ない兵で向かうんです。敵だってバカじゃないから、偵察を出していて、こちらがどのくらいの兵力か見ているはずです。だから、わざわざ向こうより少ない兵力を出したんですよ。それでオダ様は少ない兵で、数では多い敵を討ってしまうんです。これも神業ですからね」
そうなんだ、スゴいな。前の世界では、お父さんが仏敵と呼ばれていたから、やっぱり神さまなのね、と余計なことを考えています。
「私たちは直接の戦闘に加わらず、偵察にやってくる者を討つのと、敵が負けて引き返してくるときの掃討戦をやります」
へっ、4人で?
「掃討戦は我々以外にもいるから大丈夫です。我々は、高官を選んで倒す予定ですから、弓矢が頼りですよ、バゥ」
バゥは突然、話を振られて驚いたようだが、うなずいた。ミコラが抜けていますよ、ヒューイさん。でも、ミコラの腕前を見ていないから、仕方ないか。




