ブラウンさんたち到着する
オレたちはブラウンさんたちが到着するまでのつなぎだと思って、とにかく頑張った。でも流通が麻痺していて物資が入って来ないから、都市として成り立っていない。周辺の村々の被害もそれ相応のものがあると思うが、病気にさえなっていなければ自活できているはずなんだが。
マウリポリの街の家々を回り、病人を診ていると1軒の家で、
「私の家は魔力持ちがいます。私も母も魔力持ちです!どうか私たちをヤロスラフ王国に連れて行ってください!」
とそこの娘さんに言われた。母親が黒死病に感染していて、かなり危なかったと思うが、なんとか持ち直したと思ってホッとしたとき、傍らにいた娘さんから言われた。
娘さんはオレたちが魔力を使って治療をするのを見て、とても驚いていた。どこの家に行っても、驚かれることは驚かれるのだが、この娘さんの驚き方は異常だった。ミワさんの治療姿を見て、禁忌とされる魔力を使っていると感じ、自分は同じモノを持っていることを確信したそうだ。
この家では何十年と黙っていたこと、母の代、祖母の代、その前から延々と引き継いできたことをついに吐露した。禁忌とされ、持っていることが露見すると直ぐさま魔女裁判に掛けられ、家族もろとも火あぶりにされる。そういう世界で息を潜めて暮らしてきて、突然やってきたオレたちを見て信用して告白する。顔は蒼白になっていて、決死の思いで言ったということだろう。
家の中を見渡す。外には人がいるが、聞こえなかっただろう。居住まいを正して、娘さんを正面に見て告げる。
「分かりました。しかし、私たちは領都に行かねばなりません。もうすぐこの街にオーガから治療部隊が来ます。その人たちにあなたたちのことを頼みます。この街で一緒に働いて、治療部隊がオーガに帰るときに一緒に連れて行ってもらいなさい。それまでは黙っていた方が良いと思います。私たちはイズ大公国から来たので、皆さんから見て異邦人です。だから魔法を使っても許されていると思いますが、あなた方はずっとここに暮らしていて、その人が突然魔法を使い始めたら、周りは驚くし、どういう対応をするのか想像つきません。だからずっとこの街を出るまで黙っていた方が良いと思います。気をつけてください。今、この街は黒死病で疲弊しているので、人の心も荒れています。不満も溜まっていると思うし、何かの拍子にその不満が爆発するかも知れません。今まで通り生活してください」
きっと江戸時代の隠れキリシタンってこういう感じなんだろうと想像する。江戸時代末期、開国して外国人の神父が来て教会を建てた。教会ができたことで、隠れキリシタンたちが教会に行ったら、領主に見つかり弾圧されたって何かの本で読んだことがあった。それと同じことが起きないか心配になる。マウリポリの領主が宗旨替えしてもそれが下々に浸透するのは時間がかかるだろう。ここは慎重の上に慎重を重ねて行くべきだろう。心配し過ぎってことはないだろう。
ここで一つ思い付いた。
「魔力があるということを確認したいのですが、よろしいでしょうか?」
オレの言葉に娘さんは、
「何か呪文を唱えて見せろということでしょうか?でしたら『Light』でよろしいでしょうか?」
と言って灯りを点けて見せた。
「ほう!これは間違いないですね。ちょっと手を貸してもらえますか?」
娘さんは怪訝そうな顔をして、
「手ですか?はい、どうぞ」
と手を差し出してきた。その手を握ろうとしたら、
「待って!」
ミワさんからストップがかかった。
「またアレをやろうとするんでしょう!」
かなりきつめの口調で言われる。
「アレと言うのは?オレはただ魔力回路を見てみようか?と思っただけなんだけど」
「それはダメ!明日私がやります!」
ナゼかミワさんから待ったがかかる。おかしい、純粋な善意で言ったのに、これをやれば魔力の流れがスムーズになって、後々都合が良いのになぁ。
「ダメです!人によってアレをやると、変な反応見せたりするでしょ!この人がおかしくなったら困りますから!それに男性だったらやらないでしょ?」
などと人が聞いたら、オレが変質者と思えるようなことを言い出すミワさん。確かに人によっては、悶えたりあの時の声のような声を出すときがある。けど、大抵は身体が温かくなって、気持ち良くなるんだよ。体力を回復したりするし。誤解があるなぁ、オレが好き好んで声を出させているようにミワさんは思っている。
外に出ると案内人が心配していた。感染したらいけないからって、家の中に入れてなかったが、それが良かったよ、ホントに。
今日のミワさんは、ここで力尽きたということで、後はオレとスティーヴィーが診て回った。
オレの役目は、路上に棄てられている死体を収容し燃やすことと、街中を清浄して回ること。隔離されていた街よりは無惨な死体は少ないとは言え、結構な数の死体はある。貧民街だってあるし、浮浪者、ホームレスはいるから真っ先にそういう人は死ぬ。この世界の人たちは土葬を希望するが、今は墓地に死体を持って行く人がいない。誰も黒死病で死んだ人を触ろうとしない。毛布などでくるまれて、玄関の前に出されている家もある。そんなのはコソッと魔力袋にしまって、後で焼く。一応、持って行くことを聞こうと、家の中の人に案内したりするが、反応なかったり誰もいなかったりする。まだ娘の死体を荷車に載せていたあのオヤジさんの方が、この街の住民よりは余裕があったように思う。
そうこうするうちに、ブラウンさんたち一行がマウリポリに到着した。
馬車から降りたブラウンさん夫妻を見て、出迎えた方たちは絶句している。恐れおののく人もいる。オレからすれば偉丈夫でカッコイイんだけどなぁ。白衣に黒い顔、笑うと白い歯が見える。
ブラウンさんは、こういう反応にはすでに慣れているのか、表情も変えずオレを見つけて歩いてきた。
まず領主に挨拶してもらわないといけない。
「ブラウンさん、ようこそマウリポリへ。遠いところ、ごくろうさまです」
とオレが言えば、ニカッと笑ったブラウンさんは、
「いや、これくらいは大したことではない。それにしても道中、ひどいものだね。ギーブの時もひどかったが、今回はあれ以上だろう。なんと言っても範囲が広すぎる。途中の街は壊滅状態だったよ。少しスタッフを置いてきたけど、応援を寄越すように連絡しておいたからね」
「ありがとうございます。それで、この方がマウリポリの領主の方です」
と紹介したのだが、領主は固まっている。目を見張ってブラウンさんを見て、横の奥さんを見ている。一見怖そうに見えるけど、実は優しい方たちなんですよ。
握手をしているブラウンさんと領主の手の大きさは大人と子どものようでした。




