神官長も復活する
しばらくして神官長が目を開けた。高血圧持ちの典型的な赤ら顔から普通の色の顔色に戻って、気のせいか元気そうに見える。目を覚ましてすぐに起き上がり、辺りをキョロキョロと見回して(ここら辺の反応というのは誰も同じなのに驚く)、
「大司教様、どうされましたか?」
自分が倒れていながら、オレに寄りかかるように立っている大司教の心配をする。あんたの横にいるミワさんなんて顔色が悪くて、あんたより病人のようだけどな。
「神官長よ、そなたは側にいる2人に助けられたのだ。感謝するがよい」
大司教が神官長に言うと、神官長は目をぱちくりしながら、ミワさんとスティーヴィーの顔を見て、不承不承ながら、
「それはありがとうございます。」
といたって簡単な礼を述べる。実感がないのだから仕方ないだろう。オレとミワさん、スティーヴィーは特に不満は覚えないが、治療行為を見ていた人たちは大ブーイングを巻き起こす。いったい何様だと思っているんだ、とか、あの治療をしてもらわなかったら死んでいたんだぞ、とか非難の嵐で聞いていると気の毒になってきた。
「いろいろと意見はあると思いますが、そろそろ本来の治療を行いたいと思うので、そちらに連れて行っていただけませんか?」
オレが領主に頼むと、領主はいささか心外そうな顔をしたものの、いつまでもここにいるわけにもいかないと思ったらしく、
「そうだ。本来の目的を見失うところだった。さっそく広場に行き、治療を行ってもらおうではないか。神官長、大司教、この方たちの行為を目に焼き付けておかれよ。治るはずのない病人が治るさまを見れば、考えが変わるはずだ」
と言ってオレたちを馬車に乗せた。馬車の中はオレたち3人だけだ。
ミワさんはかなり憔悴した顔をしている。ミワさんの手を取り、魔力を流して行く。結構無理無理で魔力を注入する感じだからミワさんは、
「はぁ、はぁ、はぁ」
と割と艶っぽい声を出す。これを向かいの席で見て聞いているスティーヴィーは怪訝な顔をして、
「その、マモル様は何をしているのだ?」
「ミワさんの魔力が減ったから、オレが魔力をミワさんに移譲している」
「ホントか?そのように見えないが?」
「スティーヴィーも1度やってみれば分かると思うぞ。オレから魔力を移譲されると、どうも気持ちイイらしい。自然とこういう声が出るようだ。ちなみにオレは男にはやらないがな」
「私は......遠慮しておく」
ミワさんの声でスティーヴィーの顔が赤くなる。ミワさんは無意識だと思うが、股をこすり合わせている。もしスティーヴィーがいなかったら、ミワさんはオレの手をミワさんの大事なところに誘導していただろう。
お陰でというか、馬車が着く頃にはミワさんの顔色はだいぶ良くなった。感心しているスティーヴィーに、
「スティーヴィーがいつ具合が悪くなったとしても、すぐに魔力を分けてやるからな!」
と言っておくのは忘れないオレ。
「着きました。お降りください」
御者から言われて降りたところは大聖堂の前の広場だった。なんのことはない、そういうスペースのある所って大聖堂前しかないんだ。もし雨が降っても、大聖堂の中に入ればそれなりの広さが確保されている。結局ここに来ることになっていたんだな。大司教や神官長がわざわざ領主の館に来なくとも、あの人たちはここで待ち構えていれば良かったのにね。ここなら脳梗塞を起こそうが心筋梗塞を起こそうが、みんな神の御加護を受けて治していただいたかも知れない......なーんて。
広場には病人が累々といる、なんてことはなく広々としている。オレたちが馬車から降りた所にカーペットが敷かれ、椅子が3つ置かれてオレたちが座らせられる。そして日よけが持ってこられて周りを衝立で囲んでもらい、治療の準備が整った。
治療の手順としてはオレが『Clean』をかけ、スティーヴィーが『Cure』をかける。それでも治らない場合はミワさんが診る、というものにした。
ポツリポツリと馬車で病人を運んで来る。領主の使者が街中を周り、具合の悪い者はみんな治療するから大聖堂前の広場に来い、という大雑把な呼びかけをしたせいで、黒死病に限らず、内科系の病気の人がやって来た。馬車に病人を乗せて来れるのは、それなりに金を持っている人間であって、馬車を調達できない者はここにやって来れないと聞かされたので、後で訪問診療をしましょうか?という話を3人でしていると、他の皆さんは驚いている。普通そんなことをする医者はおらず、もし医者に来てもらうととんでもない費用がかかるそうだ。それを無料でやろうと話をしているオレたち。
ほとんどの人がスティーヴィーの治療で元気になった。スティーヴィーはスカートを履いているせいか、誰もがスティーヴィーを女性認定して、聖女様、と言う。それを聞いたスティーヴィーははにかんでいる。聖女様がウケたのか、それとも”女”がウケたのかオレには分からない。でもやっぱり女と見られたのが嬉しいように見える。
スティーヴィーの魔力ってのはオレに負けず劣らずなのか、とにかくオーバーキュアと思うくらいに魔力を使って治していく。領主以下の面々だけでなく教会関係者も目を丸くして見ている。だって、見るからに具合が悪くて、辛うじて息をしているというような病人に対して、スティーヴィーが手を当て、何かゴニョゴニョと言えば病人が光に包まれ、光が消えた頃には回復しているという現象を目の当たりにしている。これを神の御業と言うのか悪魔の所業と言うのかは受け取り手の考え一つなのだが、治療してもらった本人と家族にすれば、神の御業と受け取る。
そこに肺病の病人を連れた神官がやって来た。よくぞこの病人を連れて来た、と思うくらい病人の症状は悪い。ちょっと動かすと咳き込み鮮やかな血を吐く。血の色がキレイだというのは肺の血ということの証しであり、肺病いわゆる結核だ。この病人を見た者は一様に距離を取り、感染しないように口に布を当てる。
神官の奥さんなんだろうが、小さい子どもも連れて来ている。子どもたちは母親の病状が悪く、先は長くないと分かっているのか悲痛な顔をしている。
さすがにこれはスティーヴィー1人では手に余るので、ミワさんとタッグを組んで治療する。治療と言っても、患部に手を当てて呪文を唱え、魔力を流すというもの。ここまで多くの人を治してきたから誰も何も言わないが、これをいきなり見せられたら胡散臭いと思うんだろうなぁ、と思うオレ。でもオレ以外は、神官も子どもたちもミワさんとスティーヴィーのことをじっと見ている。
広場の空気が止まったようになり、誰もがミワさんとスティーヴィーを見ている。病人はここに連れて来られたとき、ひどく咳き込んでいたが、治療が進むにつれてだんだんと咳が治まり、なおかつ呼吸が穏やかになってきた。青白い顔に少しずつ赤みが差してくる。この変化は子どもにだって分かるもので、母親に駆け寄ろうとするのを父親の神官が子どもを抱えて止める。神官は目玉が落ちるんじゃないか?ってくらい目を見開いて妻を見ている。
突然、ミワさんの頭が揺れ、前のめりに倒れ、病人の胸にペタッと額を付けた。
「ミワさん!」
思わず声が出た。ミワさんはこっちを向いてニコッと笑い、
「今日はコレまで。また明日診ますから」
と言った。
「コレで今日の治療は終わりってことなの?」
驚いて聞けば、
「そんなことありません。コレまでって言うのは、この方のコトで、あんまり1日にやり過ぎるとこの方も良くないんじゃないかなぁーーと思ったので、明日も来てもらえば良いかなぁ?と思ったからですよ」
と説明してくれた。今日はまだ治療すると言ってるけど顔色が悪い。かなり無理しているのが見て取れる。
「ミワさんはコレで終わりにして。後はオレとスティーヴィーと診るから」
「でも、まだたくさんの人がいて......」
「ダメダメ、ミワさんの命を縮めるようなことは止めようよ。神様じゃないから、無限に診て治せるなんて思わないことだよ」
「それもそうですけど......」
「だから黙って見ていて」
そこまで言うとさすがにミワさんも、
「分かりました。そう致します」
と引き下がってくれた。使命感に燃え上がっているミワさんだから、燃料がなくなりそうなのに、やろうとしてしまうんだなぁ。




