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大司教もこっち側の人間になる

 勇気あるミワさんは神官長を治療している。額から汗を流して、ポツリポツリと神官長の胸に落としている。なんて尊い汗なんだ!とオレは思っているが、果たして神官長は蘇生?したあと、それをどう思うんだろうか?

 お姫さまが聖女で、お姫さまのオシッコが全部聖水になるというコミックスがあったけど、ミワさんの汗も聖水認定されるのだろうか?見るからに嫌そうに神官長の額に手を当てているスティーヴィーはどういう扱いになるんだろう?


 オレが額に手を置いている太っちょの方は、オレ的に死んでもいいわ、と思っているのだが、こういうヤツは意外としぶとく復活する、ということがある。弱い魔力を太っちょに流しているが、これが見事なくらい吸収されている。よくスポンジに水を浸して云々というのがピッタリの比喩である。


 神官長の部下たちが、もしかしてこの太っちょが死にますように!とキーエフ様に祈っているような気もしたのだが、その祈りは通ぜず、

「うう......」

 と太っちょは唸り出した。気が付けば、口の泡もなくなっていて、瞼がピクピクし始めた。ときどき無呼吸症候群のような息をしていたが、それもなくなって穏やかな息をしている。


「おい!この太っちょは気がつきそうだぞ?」

 祈っている部下たちに言う。すると部下たちは一斉に、

「おぉっ!」

 と声を上げる。

「大司教様!」「奇跡だ!」「まさか......」

 心の声が漏れてきている。『Sleep』かけたから、すぐに起きはしないと思うが、眠っているように見える。呼吸が安定してきた。


「もうしばらくすると、こいつは自然と目を覚ますと思う。もう動かしても大丈夫だから、ベッドの上に運んでやってくれ。くれぐれも運ぶ途中で落とさないようにしてくれ」

「「「分かりました」」」

 太っちょの大司教の周りに、ワラワラと神官たちが集まって来た。


「あの、何をされたのでしょうか?」

 聞いてくる神官がいたので、正直に答える。

「ヤロスラフ大公国では魔力を使っての治療が行われていて、ギーブで黒死病が大流行したときもそれを行った。その治療はほぼ万能で、夕べの領主夫人の黒死病の治療もそれをあの女性が行ったし、肺病の治療もそれを行った。そしてこの太っちょの頭の中の病気もそれをやった。一応は事なきを得たと思うので、しばらくは安静にしてやってくれ」

 太っちょ、と言っても誰もクレームを言ってこない。それで良いのかキミたち。オレは挑発込みで言っているのに、失礼な!と誰も言わない現実を、この太っちょに見せたいものだ。


「その、治療というのは?もう少し詳しく教えていただけないでしょうか?」

 神官の中に食い下がってくる者がいる。

「それは、私の中の魔力をこの太っちょの中に流したのだ。呪文を唱えながら魔力を流すと、身体の中の悪い部分が浄化されていくのだと思う。これは適性があるので、私はあそこの女性のように高度な治療はできない」

「あの、私の妻が肺病で、連れて来れば治して頂けるのでしょうか?」

 あっとさっき呟いた神官だった。

「分からない。治ると保証はできないが、何もしないよりはマシだと思う。とりあえず連れて来ると良い」

 オレが言うと、その神官は周りの神官に「いいか?妻を連れて来たいので、この場を離れても良いか?」と聞き回っている。他の神官はその勢いに押されて、曖昧だけど了承している。


「では今から連れてきます!よろしくお願いいたします!」

 と神官は頭を下げる。

「動かせないくらいひどいなら、後で家に行くが?」

 教会関係者って、オレたちの反対勢力というイメージがあったけど、こういう話を聞けば助けたい!という思いが湧いてくる。


「えっ!」「ホントですか?」「よろしいのですか?」

 神官も含めて周りは、まさか家まで行くとは思ってもいなかったようで、一様に驚いた。


「うううう......私はどうしたのだ?」

 そんな中、意外と早く太っちょの大司教が目を覚ました。首を上げて辺りを見回し、オレを見、ミワさんたちを見て、上半身を起き上がらせる。


「まだ立ち上がってはいけない。しばらく動かずじっとしていてくれ!」

 大司教は何が起きているのか、まだ把握していない。

「オマエはなんだ?アレはなにをしているのだ?」

 ミワさんたちを指差し、オレに喚く。

「あんまり頭に血を昇らせると、また気を失うぞ。今度は助からないから注意しろ!」

「えっ?私は気を失っていたのか?」

 大司教はそれも覚えていないようだ。オレが答える前に神官が、

「大司教様は神官長様が倒れられたすぐ後に倒れられて、気を失っておられたのです。それでこのタチバナ男爵様が大司教様を治療なさりました。私たちから見ていて、タチバナ様の治療がなければ、大司教様のお命はなかったかも知れません。タチバナ様は大司教様の命の恩人と言ってよろしいでしょう!」

 と言うと他の神官も同意する。それを見た大司教は、不本意だという顔をしつつも、

「それは失礼した。私の命を助けていただきお礼申し上げる。それで神官長は何をされているのだろう?」

 命を助けたというのに、お礼の言葉は一言で終わってしまった。そして何をしているのか?についてはオレが答えないといけないだろう。神官たちは何も言う気配もないし。


「神官長は、頭の中の血管が破裂したのか、それに近いことが起きたのだと思う。それをあの女性2人が治療している。具体的に言うと、あっと前もって言っておくが、頭に血を昇らせるなよ、いいか心して聞けよ、あの者たちが神官長の患部に治療の魔力を流している。そして神官長の中の汚れた部分を浄化しているんだ。病巣が大きく広がっているから、時間がかかっているが、良くなると思う。たぶん」

「魔力だと?」

「そう魔力。いいか激高するなよ。次はアンタが死ぬぞ。死にたくなかったら、黙って見ていろ」

「うぬぬぬ......」

「アンタも私が治した。気が付いていないと思うが、身体の調子はどうだ?良くなったと思わないか?」

 オレの言葉に大司教は自分の手を見て、グッパーをする。首に手を当てコキコキする。


「もう一度言うが、アンタの身体の中にも魔力を流した。それはここにいる神官たちもみんな見たからな。いいか、魔力がオマエの身体に入ったと言うことは、オマエも悪魔の仲間入りしたということなんじゃないのか?」

 大司教に向けて人指し指を指す。これって大変失礼な行為ですよね。それは分かっていて、やってます。ギロッ大司教は、押されたように1歩下がった。

「分かった?私を悪魔というなら大司教も神官長も悪魔だから。そうしないと治らなかったんだからね!」

 強く言うとコクコク頷く大司教。部下の神官たちも口々に、ミワさんとスティーヴィーのお陰で復活されたのですよ、と言いつのる。あれが復活に見えるのか、と思うが、ここはミワさんの格を上げるためのことだから、黙っておくことにした。



 

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