聖女の証明
死体を燃やしながら待つ。わざと不完全燃焼にしているため、煙がひどいし、臭いも結構する。風上にいるオレでもそうだから、無理矢理風下になっている向こう側はどんなになっているだろう?街の中じゅうが煙と臭いでひどいコトになっていると思うんだが、この門が開くまでは消すつもりはない。
「まーーだーーかーーー?」
櫓に向かって問い掛ける。
「すまねえーーーーもう少し待ってくれーーーーー!いまぁーーー領主様ぉーーーー呼びにいったぁーーー!」
おっと領主様がやって来ると?こんな真夜中に領主を叩き起こすのは気の毒だと思って、その下の人間を呼ぼうとしたのだが、ここのトップがやって来るとは?
しかし、領主が来る前に嫌なヤツが来た。
「オマエらはーーーー聖女様を自称ーーーーしていると聞いたぞーーーー!!」
声を張り上げて上から聞いてくる。なんか面倒くさそうなのが来た。
「オレたちじゃねぇぞーーーーー周りが聖女だって言ってんだよーーー!黒死病を治してもらった者たちが言ってんだよぉーーーー」
と言ってミワさんを照らす。櫓でゾワゾワ声がする。
「痴れ者がぁーーーー神を怖れぬ悪魔めーーーーー!」
また櫓から怒鳴ってくる。そこまで言うかねぇ。
「殺してこよーーか?」
スティーヴィーがあっけらかんと言うが、
「あれを殺したら、オレたちは単なる殺人者になるって。しばらく待ってよぉーー」
「ああいうヤツがいるから、助かる者も死んでしまうんだぞ」
スティーヴィーもオーガからここまで多くの死者を見て来て、もう半日早ければ助かったのに、という死者を数多く見ている。だからしごく真っ当なコメントを言ってると思う、短絡的ではあるけど。あれ1人を殺せば、何百人助かるというのか?うーーん、考える。でもなぁ、アレはきっと教会の人間だよなぁ?
喚いているヤツに、
「アンタはーーー病人も治せないのにーーー好き勝手なことを言うなよぉーーー!」
と言ってやると、しばらく黙る。ほーーらほら、そうだろう。
「わ、わたしはぁーーーーキーエフ真教マウリポリ大聖堂の神官長だぁーーーー!!神を愚弄するなーーー!」
ほらね、困ると権威をかざしてくるヤツ。
「オマエなーーーー真教では病人救えなかっただろうがぁーーーー!こっちはヤロスラフ大公様承認の聖女様だぞーーーーー!」
決してキーエフ正教とは言わない。天罰が下りそうだから。それでも効き目があったようで、櫓の中が騒がしい。最初よりだいぶ人が多くなってきたようだ。
その後、やかましい神官長サマは何も言わなくなった。どうなんだろう?こういう聖女論争って。ミワさんは自分が聖女と自称していないから良いんじゃないの?聖女と言ってるのはオレだし、どこぞの宗教みたいにキリストの生まれ変わりなんて、大それたことは言ってない。それに生まれかわりって自称しているヤツって、大抵何もできないけど、ミワさんは病気を治しているし。超能力使えます、って自称する教祖様もいらっしゃると思うけど、役に立たない超能力を持っていても、それがどうしたの?と思うんだなぁ。
しばらくして、門の向こう側がまたうるさくなってきた。怒鳴り声が聞こえて来る。何か争っているようにも思える。さっきの神官長とかいうヤツの怒鳴り声も聞こえて来る。
言い争いが続いているようだが、櫓から声がかかった。
「待たせて済まなかった。今から門を開ける。門から1台の馬車が出る。その中の病人を治してくれ。その病人が治せれば、我々はオマエの言う女を聖女と認めよう。良いだろうか?こちら側には入らないでくれ。落ち着いて行動してくれることを願う」
その声は落ち着いており、大声ではないがよく伝わる声だった。
ギィィーーーと音を立てて門が開く。さっきの神官長がギャンギャン騒ぐ。門の開いた先に馬車が見える。それは荷車とか幌馬車なんてモノではなく、貴族様、それもかなりのお偉いさんの乗るような馬車だ。門が全部開ききらないうちに、馬車は動きこっちに向かって来る。御者や護衛とおぼしき騎士たちは緊張した顔をしている。こちら側に来て、辺りをキョロキョロと見渡していて、人がいないと思って明らかにホッとしている。
馬車がオレたちの前に止まり、馬車の扉が開けられると、中から明らかに高級と見える服を纏った男が降りて来た。この男は名乗らないが、もしや領主ではないのか?と思う。しかし、その男は名乗らないので、オレたちも名乗らない。
「聖女と呼ばれている方はどなただろうか?」
男が聞いてくる。オレたちの中で、明らかに女に見えるのはミワさんだけなんだが、一応確認したということか。女に入っていないスティーヴィーさんは平然としている。
「私は聖女と自分のことを言った覚えは1度もありませんが、周りからはそう呼ばれています」
謙虚なことを言うミワさん。男が、
「済まないが、馬車の中に私の妻がいる。診てやってもらえないだろうか?」
と言う。ミワさんは躊躇なく、
「分かりました。診ます!」
男の目を見て言う。馬車は6人乗りくらいだろう?きっと病人が乗っているだろうが、さっきの神官長の手先が乗っていたら、殺されるのかも知れないんだぞ。それでも病人というキーワードに引っ張られて行動するミワさん。
「私が先に馬車の中に入って、危険がないか確認してもよろしいでしょうか?」
オレの問いに、少しのためらいがあって男は、
「良いだろう。しかし、何を見ても広言されると困る。秘密にしておいてくれ」
と言った。
「分かりました。『Clean』」
馬車全体を清浄する。目を丸くする男。そして『Light』と灯りを点けて、馬車の中に頭を入れ、中を見る。そこには3人掛けのシートに横たわっている病人と向かいの席に中年の女が座っていた。服装から見ると、この中年の女は病人の看病をしているメイドか何かだろう。一応は問題なさそうだ。病人は顔を隠されているが、かなりひどそうな息をしている。臭いからして黒死病と言うことなんだろう。
そのまま馬車の中に乗り込もうとすると、中年の女が、
「奥さまの馬車に、見ず知らずの男が入るなんぞ......」
などと言って来るから、
「スティーヴィー、変わって」
と言って代わらせる。スティーヴィーも男に見えると思うが、クレームは付かず、中に入る。そしてミワさんが中に入る。その後、男も中に入った。
オレは扉越しに見ている。ミワさんが『Cure』を言うと、ミワさんの手からキラキラとした光の粒が病人に降りかかる。オレたちには見慣れた風景だが、男と中年の女は驚いている。ミワさんが病人にかかっている毛布をめくる。オレからは見えてないが、ミワさんと中年の女からは病人の顔が見えている。中年の女は、
「まさか!?」
と言っているが、ミワさん的には今ひとつだったみたいで、
「もう一度やります」
と宣言して『Cure』と唱えた。ミワさんは毛布の中から病人の手を取りだして、
「もう大丈夫ですよぉ、しっかり栄養とって元気になってくださいねぇ」
手をスリスリしながら言うと、中年の女は、
「奇跡だわ......」
一言だけで絶句した。それを聞いた男が、毛布を払う。毛布の下には男と同じくらいの年に見える女がいて、安らかな呼吸をして眠っていた。
「奇跡......信じられん」
これまた絶句する。そして女の手を握り、うっ、うっ、うっ、と嗚咽を漏らす。気が付けば、馬車の向こう側の扉が開けられ、騎士が中を覗いている。
「姉上......」
そいつまで絶句した。関係者全員が言葉を失った。オレたち3人は場の空気を読み、沈黙する。




