黒死病の子どもを治療する
全員が出て来たか?いや違う、中に1人いる。
「オマエたち、腹が減ってるなら飯を食え!」
上から目線でモノを言うというのは好きじゃないが、こういう時は押しつけるように言うのが最適と知っている。権威にモノを言わせるってのは、大多数の人間に対しては極めて有効だ。なぜかこういう時に気の利くスティーヴィーは微風を作って、スープの匂いをその家族に目がけて流している。
「本当によろしいのでしょうか?」
後ろの男が聞いてくるから、
「別に毒が入っていないのは、私たちが食べているのを見ていて分かっただろう。私たちは別にオマエたちに危害を加えるつもりはない。これはタチバナ家の家名にかけて誓おう」
何の役にも立たない家名だが、こう言えば多くの者が信用すると聞いている。
ゾロゾロとこちらにやってくる者たち。ただ、赤ん坊を抱いた母親とは別の女が、
「実は小屋の中にも病気の子供がおります!どうか診てやっていただけませんか!?」
頭を地面に擦り付けるようにして頼んできた。その横に男も平服して、
「どうかお願いします!診てやってくださいまし!!」
全身全霊で頼むってのはこういうことを言うんだろう。ミワさんの足元で別の夫婦らしき2人が土下座している。
「この子はもう大丈夫です。そしたら、その人を診せてください」
ミワさん、聖女としか言えないような笑顔で話しかけている。なぜか、聖女ってのは天然の不思議ちゃんのミワさんでもなれるんだ、いや、天然不思議ちゃんだからなれるんだ、と思うオレ。もちろん口にすることはないが。
「スティーヴィー、ここは頼むわ」
「分かった」
鍋のところはスティーヴィーに任せて、ミワさんと小屋の中に入る。小屋の中は、埃臭く、かび臭く、汗臭く、そして黒死病の臭いがした。
『Light』
指先を光らせただけで、オレたちを誘導してきた夫婦が驚く。少し引いているが、ここまで来て何を今さらだと思うが、聖女と魔法使いは違う評価なんだろうか?
小屋の奥に入ると藁の上に男の子が寝かされていた。湿った藁の臭いが鼻を突く。灯りに照らされた子どもの肌は所々赤黒く変色していた。ここまで進行していると、死ぬまでの時間はそう長くないはずだ。そして、この症状の子どもがいるということは、家族に感染していないはずがない。
「黒死病」
思わず言ってしまった。夫婦がビクンとする。分かっているが改めて言われたことがショックなのだろう。黒死病という宣告は死と同義であり、一緒に生活していた者はみんな死んでしまうということに繋がる。妻の方は泣き出してしまった。
『Clean』
これから魔力を使うであろうミワさんの代わりにオレが清浄を掛ける。やっぱりオレは光ったりしないな。少なくとも臭気だけはなくなったと思う。藁の湿気を取りたいが、そこまではできない。
ミワさんはその子どもの額に躊躇なく手を当てる。夫婦が息を飲むのが分かる。じっとミワさんの手を見つめている。黒死病と思えば、我が子と言えども、親はおいそれとは触ることもためらわれていただろう。
『Cure』
ミワさんが治療を始めると、ミワさんの手が輝き出す。ミワさんは一心に子どもを見つめている。額から汗がこぼれ落ちている。ふと後ろを見れば、外で食事をしていたはずの者たちがみんな、ミワさんの治療を見つめている。
どれだけの時間が経ったのか分からないくらい時間が経ち、ミワさんがグラッときて後ろに倒れてきたので、それを受け止めた。頭がガクンと後ろに反れ、意識がなくなっている。
子どもの横にいる夫婦が不安そうに見ている。
「たぶん、治っていると思う。それか、治りつつあるだろう。息を確かめてみろ。だいぶ穏やかになったはずだ」
説明すると、おそるおそる父親が子どもの口に手をかざす。子どもの皮膚の赤黒い痕もほぼ消えている。もう感染することもない。栄養さえ取れれば回復するだろう。
「ホントだ!」
父親の声に続いて母親が確認して、子どもをギュッと抱きしめた。後ろの者たちも駆け寄ってきて、次々に子どもの容体を確認して、驚くやら喜ぶやらしている。ここにいる者たちはみんな、この子の病気を知っていたのだろう。そして自分も感染・発病するだろうと思っていたのだろう。それが思いもよらず治療してもらい快方に向かっている。自分たちも死を免れたと感じている。
「お取り込みの所悪いが、彼女をしばらくで良いから休ませてやりたいのだが?」
黒死病を回復した子どもを囲んで泣いている者たちに向かって言うと、夫婦の夫の方が立ち上がり、奥の部屋の戸を開け、
「ここでお休みください。邪魔は致しませんのでごゆっくりどうぞ」
と言ってくれた。その部屋も、というか物置だったと思うが、寝るためにだろう、乾燥した藁が敷かれている。そのことだけでもオレたちを大切な客人として扱ってくれているということだ。
『Clean』
部屋をキレイにしてミワさんを寝かす。邪魔をしない、ゆっくりしてくれ、と言う2つのキーワードに従ってオレも眠らせてもらおう。護衛はスティーヴィーがいれば十分だ。
どれだけ眠ったのか分からないが、壁の間から光が漏れている。光はナナメから差し込んでいるので、昼というわけではないようだ。横を見るとミワさんが寝ている。ふにゃあといった顔で唇を少し開け、よだれをこぼしている。いったい何の夢を見るとこういう顔になるんだろうな。これが聖女なんだもんなぁ。
しかしそんな幸せな気持ちとは引き換えに、オレの息子が起立している。これは自然現象なんだし仕方ないだろうと思う。だって、オーガからずっと抜いてないし抜かれていない。そもそもミワさんと2人きりになるという状況がなかったから無理もなかった。スティーヴィーが側にいるというのは、エッチなことをしないという抑止力としてはとても大きい。
でも、これからのコトを考えると、もしかしたら夢精という事態も考えられる。どうしよう?ここでミワさんを見ながら出してしまおうか?妻の寝顔を見ながら出す夫というのはどういうモノなんだろう。そう思いつつ、ミワさんのほっぺに手を置いたら、ミワさんが目を開けた。そしてオレの息子を見て、
「分かっています」
と言い、息子に手を当てる。
「私、声が大きいからエッチはダメですから、口でしますね」
良くできた妻でした。




