呼んでもいない客が来る
それでも朝まで眠らせてもらった。ベッドは1部屋に2人分あり、それが2部屋あったので助かった。ちゃんといつ何時、ロマノウ商会の関係者が泊まりに来ても大丈夫なように寝具だけは準備されていた。オレとミワさんが一緒に寝ると、静寂を破るようなコトをしてしまいそう(きっとすると思う、だってオーガから溜まっているんだもん)のでミワさんはスティーヴィーと眠っている。ミワさん曰く、スティーヴィーと一緒に眠るのは別の意味でドキドキして眠れないそうな。
目が覚めても、特にすることはないし、ミワさんたちは眠っている気配がする。下では家主たちがすでに起きていて、朝の用意をしているようだ。
「おはようございます」
「「「おはようございます」」」
わざと音を立て階段を降りていくと、3人は笑顔を見せてオレを迎えてくれた。
「朝の用意をしています」
家主の奥さんが皿を並べてくれている。
「新鮮なモノはなくて、長期保存できるようなモノばかりなのですが」
と言って黒パンと干し肉とスープが用意されていた。
「いえ、ありがたいです」
「残りの方はまだ眠っていらっしゃるのですか?」
奥さんが聞いてくると、
「おはようございます」
音を立てずにスティーヴィーが階段を降りてきた。
「「お、おはようございます」」
奥さんと娘さんは動揺している。明るいところで見るスティーヴィーに顔を赤くしている。娘さんがスティーヴィーの胸の辺りを見ているのは、オッパイがないかどうか確認しているんだろうな。これなら男だと思ったようで、嬉しそうだ。この一連の作業はオーガの街でも散々見てきたよ、まったく。
「皆さん、お風呂は入られてますか?湯船があるなら入りたいのですが?」
オレが言うと家主は難しい顔をして、
「湯船はありますが、風呂を沸かすことができないのです。火を使うことは極力控えたくて、煙が上がっているのを外から見えると、危ないので。それに燃料も節約したいですし。大変申し訳ないのですが、ガマンしていただきたいのです」
申し訳ないと顔に書いてあるように言う。
「それは大丈夫です。私の方でお湯は用意します。なんでしたら、皆さんの分を1回湧かしてから、我々の分を湧かしますよ。ただし、薪は使わず呪文を使って湧かすのですが」
呪文と聞いて、ギクッとしたようだったが風呂に入れるという欲望の方が大きかったようで、家主がウンと言う前に奥さまが
「よろしくお願いいたします!」
と頭を下げてきた。
風呂場というのは3人家族には大きいモノで、やはり客が泊まることを前提としているようだ。
「まず水を汲んでこないと」
家主が動こうとするのを手で制して、
「水も呪文でためます」
と言いながら、指先から水を出す。長い間使っていなかったからか、風呂場は結構汚れていたので、そこもまとめて洗う。
「なんと便利な......」
家主が驚いている。
「あの、ヤロスラフ王国の方は皆さん、このように風呂を沸かされるのでしょうか?」
奥さまが聞いてくるから、
「そんなことはありませんよ。こんなことするのはごく少数ですから」
「そうですか」
奥さまは安心したようだ。浴槽に溜まる水に手を入れて、
「あの、どうやって水を湯に変えられるのでしょうか?」
と聞いてくる。そりゃ、当然ですわね。
「えっと、何か石を持って来てもらって、その石を暖めて浴槽に入れるとちょうど良いくらいの温度になるのですよ」
オレが説明する横でスティーヴィーが、
「私が暖めようか?」
と言い出した。
「どうやって?」
「簡単なことだ。火の代わりに私が炎を出して湯にするだけだ。どこか薪をくべるところがあるだろう。教えてくれないか?」
サラッと言うスティーヴィーにオレも含めて呆れてしまった。何でもできるってスゴい。娘が嬉しそうに、
「こちらです」
とスティーヴィーを案内する。いつかスティーヴィーが女だと分かるとき、それを思うと今から同情するオレ。
ちょうど良い具合にお湯が沸き、まずは家主一家に入ってもらう。と言っても3人一緒に入るわけにいかず、家主から入り、母娘が入った。21世紀の日本みたいにお父さんは汚いから最後ってわけではないらしい。
母娘は風呂の中で洗濯まで済ませていたらしく、長い時間かかって上がってきた。
「ずっと井戸水で身体を拭いていたのですが、久しぶりに気持ち良くなりました。本当にありがとうございました」
匂い立つというのは、この娘さんのようなことを言うんだろうと思いながら、風呂上がりの娘を見て思った。
そして2度目の風呂を沸かして、まずスティーヴィーとミワさんが入ろうとすると、
「あの、どうしてお二人が一緒に入られるのでしょう?」
予想された通りの質問が娘から飛んだ。もう、この手の質問に慣れっこになっているスティーヴィーは顔色を変えることもなく、
「女同士で風呂に入ることは、何も悪いコトはないだろう」
とおかしなコトを言われるモノだ、という表情を作りながら告げた。
母と娘は一瞬、えっ!?という顔になり、その後、気の毒なくらいガッカリとした表情をしたけど、それはしょうがないって。スティーヴィーを女だと思っていれば、それはそれでいい女なんだって。身体の凹凸が乏しいだけで、頭は小さいし典型的なモデル体型なんだからさ。
さて、スティーヴィーとミワさんが風呂を上がってきて、ミワさんの匂い立つような色気がそそってくる。したいけど、オーガに戻るまではおあずけなんだろうなぁ、と思っているとき、表が騒がしくなりだした。耳をそばだてると、
「おい、ここはまだ捜索していないんじゃないか?」
「えっ、そうだっけ?」
「おーーーそうだ!ほら、なんも印がないもんな」
「だろう!前に捜そうとしたとき、邪魔が入って、止めたんだったよ」
などと言っている。家主を見ると、眉をひそめて、
「こういうのがたまに来るんです。しばらく暴れてドアが開かないと分かれば諦めて他に行きますから、ガマンして頂けますか?」
と言ってくる。
そんな上手く行くのかなぁ?と思いつつも家主の言う通り、なりを潜めていると、ドアをドン!ドン!と叩く音が家の中に響く。
「おーーーい!開けろーーー!誰かいるんなら出て来ーーーい!」
「バカヤロ、あははは。いても出てくるわけがねえだろう。そんなもん、手で叩いてもだめだぜえ」
「そうよ、これでぶち壊そうぜ」
どうも諦めてくれないらしい。より過激な方法でドアを破ろうとするつもりのようだ。家主は青い顔をしている。
「もうダメだろう。私が始末してくる」
「えっ、危ないです。じっとこのままで、ヤツらがいなくなるのを待ちましょう」
すがるように言ってくる家主。心配そうに母娘がオレを見ている。
「任せておきなさい。迷惑は掛けないから」
そう言って、隣の家の屋根目がけて跳び上がる。隣のその隣の家の屋根に上がって、道路に降りると、家の前で5人の男が丸太を持って、ドアにぶつけようとしている。あれを1回ぶつけたところでドアは壊れないだろうが、10回20回とぶつけられると危ういだろうな。
「おい。何をしているんだ?」
男たちの後ろから声を掛けると、男たちはギクッとして振り向いた。
「な、なんだぁ、オマエはぁ?」
「そうだよ、痛い目に合いたくなかったら邪魔すんじゃねえぞ!」
「ほら、この剣の錆にしてやろうかぁ?」
そう言って剣を抜く男がいる。
「なんでえ、小綺麗な格好をしているじゃねえか。金を持ってんなら置いてけよ。食いもんならなおさら良いぞ」
「ほらほら、出せよ、オマエ、はははーーん」
見るからに弱者をいたぶり慣れている。この調子で、どれだけ弱者を痛めてきたのか?殺してきたのも1人や2人じゃないだろう。こんなヤツらは生かしておく必要なんてないだろう。ミワさんがいないから、サクッとやってしまおう。
間合いってものを無視して、剣を振って近づいてきたヤツの腕を魔力袋から抜いたままの剣で切り飛ばす。血が腕と共に飛ぶ。
「ぎゃあぁぁぁーーー!」
男の絶叫があがった......しまった、大声が響けば余計なヤツを集めてしまうだろう。絶叫を上げて腕を押さえる男の首を斬る。
「えっ?」
「あっ?」
残りのヤツらはマモルの早業に驚いて、動けないでいる。固まっているヤツの首を順に斬って行く。ヒューというような笛を吹くような音を立てて男たちが倒れて行く。噴水のように血を噴いているが、それはもう仕方ない。死んだ男を順に魔力袋に納めていく。全部しまったところで、耳を澄ますと、やはり人の動きがなく、音がしない街の中で人の絶叫が聞こえたことが、また悪いヤツらを集める引き金となったことが、分かる。集団の足音が聞こえて来る。地面の血の跡までは消しきれていない。もう乗りかかった船と同じで、ここにやって来るヤツでまともなヤツなんていないだろう。全部殺す他ない。




