村に避難民が到着する
その後、オレとスティーヴィーで交互に番をしながら小屋の中で寝る。ミワさんと毛布にくるまって寝ると、そういう雰囲気になったりもするのだが、遮断しててもスティーヴィーに感知されてしまいそうなので、それはできる時が来るまでガマンする。だいたいオーガの街を出てから間もないんだし。
「人が来た」
スティーヴィーの声に起こされる。ミワさんも目が覚め、ムクッと起きる。
「小屋を訪ねて来たのか?」
「違う。村に入って来た。集団だ。たぶん国境目指して来たのだと思う」
「ということはミコライからやって来て、ここに着いたということか?」
「どうする?」
「そうだな、ミコライの状況も聞きたいし、もし良さげな人たちなら食料を与えても良いし。とにかくその人たちを見てみよう」
白い服、白いフードに白いマスクを着け、スティーヴィーに誘導されて村の入り口に行く。今度は馬車を仕立ててやって来てた。ミコライだって混乱の最中だろうに、よくぞ馬車が用意できたものだ。それに道中、馬車を奪われずに済んだものだ。
オレたちが近寄って行くと、
「誰だ!」
男が3人、前に出て来て剣を構えてオレたちを威嚇する。怪しい者ではない、と言おうと思ったが、白づくめの衣装なんて怪しいこと、この上もないだろう。それなら、
「オレたちはミコライからカニフに行こうと思っている。向こうの状況を聞かせてくれないか?聞かせてくれるなら、食料を提供しよう。あと、病人がいれば治療する。どうだ、話を聞かせてくれるか?」
オレの言葉に、3人はヒソヒソと話をする。オレ自身を、私というのはもう止めた。貴族相手ならともかく、平民相手で私と言うと舐められることの方が多いと思う。あと、少し強めの口調で言う方が良いように思った。強めに押して話をすることが肝心な気がする。
3人は話をしている。だが、オレの言ったことを信用して、どうぞどうぞと招き入れるようだと、こんなご時世ならすぐに殺されてしまうだろう。生きるか死ぬかって場面に直面しているなら、オレの差し伸べた手をホイホイ受け取るだろうが。
「治療してくれると言うのは本当か?」
「ああ、本当だ。死んでおらず、病気というなら、まずまず治せる」
「えっ!?黒死病でもか?」
「ああ、ここに来るまでも治してきた」
「まさか......信じられない」
3人とも、あり得ないという顔をしている。
「オレたちはヤロスラフ王国から来た。ヤロスラフ王国では黒死病の治療法が確立されている。黒死病は不死の病ではなくなっている」
「まさか!!」
「そんなコトが?」
「ありえん!」
3人が絶句する中、後ろから赤ん坊を抱いた母親が出て来た。
「この子を、診てやってください!」
母親がかなり憔悴して見える。男たちが止めようとするのを振り切って母親がオレたちの元に歩いて来る。
「見せてください」
ミワさんが前に出て、赤ん坊に掛けられた布をめくる。赤ん坊は黒死病の症状が出ている。このくらい症状が出ていると普通は捨てられるんじゃないか?この母親は、それを知ってて、布でくるんで隠して来ていたのか?こんなことやってたら全員が感染してしまうぞ。
そう考えるのは、オレが第三者で、他人だからだ。肉親なら、黒死病だから生きている子を捨てるということができるか?と問われると、自分も赤ん坊と一緒に残ります、と言うかも知れない。自分も黒死病で死ぬことが分かっていても、そうするかも知れない。でも、だからこそ黒死病は広がるんだ。
「『Clean』『Cure』」
もう馴染んでしまったミワさんの呪文を聞く。赤ん坊と母親に光の粉がかかる。
「おお!!」
男たち、その後ろの人たちから驚きの声が上がる。母親は赤ん坊を見て、立っていられずしゃがみ込んで泣き出した。男の1人が来て、母親と赤ん坊を見て、
「治ってる......」
と呟く。この男が赤ん坊の父親か?
「ヤロスラフ王国に行けば黒死病を治してもらえるというのは真実だったのか......」
男がふぬけたように言った。
「他に具合の悪い方はおられませんか?黒死病でなくとも、なんでも治します。多少のキズも治しますからおっしゃってください」
ミワさんの言葉に、ほぼ全員が前に出て来た。
「列を作って順番に。全員診ますから大丈夫ですよ」
これを聞いて、静かに順番に並ぶ。赤ん坊の父親とおぼしき男が、
「ありがとうございます。助かりました。疑ってすみませんでした」
涙混じりで言ってくる。その横の母親がしゃがんだままで治療をしているミワさんを見上げて、
「聖女さま......」
一言漏らした。
「聖女さま?」「聖女さまだと?」「まさか?」
次々と声が上がる。それを受けて母親が、
「だって、黒目黒髪、そして神の御業を成される......」
「えっ!」
フードとマスクから漏れていた髪の毛が見え、目の色も昼間だから分かったようだ。
「私は聖女ではありません。けれど皆さんを治します」
ミワさんが言うけど、今さら聖女でないと言っても説得力がない。髪の毛を隠しておいても仕方ないだろう。
「もうフードを被るのは止めよう」
「「はい」」
3人がフードを取ると、
「うわぁ!」
なんとも言えない声が上がった。この先、ずっとこの場面が見られるんだろう。女の人たちの目がスティーヴィーに釘付けになっている。スティーヴィーは誰を見ているということもないのだが、女の人は、まだ生理も来ていないだろう幼女まで、顔を赤らめてスティーヴィーを見ている。無意識で髪の毛に手を当て、スカートのシワを伸ばしている。怖ろしい、スティーヴィーのイケメン衝撃波!
スティーヴィーのコトは置いといて、
「オレたちは聖者でも聖女でもない。さっき言ったようにヤロスラフ王国から来た者だ。ヤロスラフ王国では見たように病気を治療している。明日朝から街道を進むと国境がある。そこまで行けば助かる。だからガンバレ!必ず受け入れてもらえる」
オレの言葉に、目標ができたせいか、全員の表情が明るくなる。そしてお守りを差し出した。
「これを持って行け。これは獣除けの道具だ。これが光っている間は獣は近寄って来ない。だが、だんだんと光が弱くなると獣は近づいてくる。消えると獣が襲ってくる。だから急いで行くんだ」
「そのお守りの光が消えたらどうするんだ?」
「誰でも良いというわけではないが、お守りを握り神への感謝の祈りを捧げるんだ。そうすると光が戻ることがある」
そういうとお守りを男に渡した。順に祈ってみるが誰の祈りにも反応しない。最後に10才にもならない少女がお守りを握り祈ったとき、お守りが光を増した。
「おおお!!」
その場にいたもの全員が驚いた。オレももちろん驚いた。こんな所に魔力を持つ者がいたとは。この子はルーシ王国では生きづらかろう。この少女の仲間の中に、この光の意味を知る者はいないようだ。
「もしあんたらが、ヤロスラフ王国で定住する気があるなら、ポツン村という村がある。そこは入植者を求めている。国境から少し遠いが、オーガの街の役人に言えば、きっと段取りをしてくれるだろう。この国よりはポツン村の方が住みやすいと思う」
そう言って、袋から紙とペンを出してオレ宛の紹介状を書いた。
「これを役人に見せればいい。なんとかしてくれると思う」
「わかった。何から何まで世話になる。ありがとう!」
男が礼を言うと、他の者もみんな頭を下げてきた。
「あんたらはちゃんと食べているのか?」
母親だけが憔悴しているのでなく、他の者もかなり痩せて憔悴している。これはろくに食べてないのに、強行軍でやってきたせいか?
「実は昨日から食べていない。ミコライの町で食料が尽きて、思い余って逃げてきたんだ。その、申し訳ないが、何か私らに恵んでもらえないだろうか?大人の分はなくていい。せめて子どもと乳を飲ませる母親に何か食べさせたいんだ」
男が訴えてくる。ミワさんの治療が終わって、みんなキレイになった。その代わり、痩せているのがよく分かる。栄養失調になっているな。何か食べないと、明日は検問所まで行けないだろう。
狼の干し肉を出して渡す。
「これを少しづつしゃぶってくれ。一気に食べてしまうと腹が受け付けなくて吐いてしまうかも知れない。ゆっくりと食べるんだ」
「ああ、分かった。助かる、済まない」
男がおずおずと手を出し干し肉を手にするが、
「こんなにしてもらって悪いが、私らには何も返すモノがない......」
男は馬を見ている。治療と肉の代わりに馬を差し出すべきかどうか考えているのだろう。
「馬を所望されても、あれは明日の移動のために欠かせないモノだ。食料が切羽詰まっても、馬だけは手を出さないようにしてきた。それに......」
仲間の女たちの方を見る。オレが女を要求したとしても拒否したいが、ここまでしてもらって断りきれるものではないと考えたのだろう。オレはミワさんとスティーヴィーを連れているが、それでも女を要求してくるかも知れないと思ったのだろう。あっとスティーヴィーは男の方に入っているから、ミワさんさえ何も言わなければってことか。
「何も要らない。その代わり、ミコライから先の情報をできるだけ聞かせてくれ」
「本当にそれでいいのか?誰でも知っていることだぞ?」
「ああ、それで構わない。それと鍋を出しておいてくれ。今から狩りに行ってくる。その間に、2人に情報を聞かせてやってくれ」
そう言って村を飛び出した。街道に出ると、はるか向こうに一団の人影が見える。助けに行こうか?とも考えたが、今は獲物を狩ってくるべきだろう。あの一団にも食べさせないといけない。あそこまで来たなら、この村までたどり着けるはずだ。




