迎え撃とう!と思ったとき、
御者の首を刎ねたときも、矢は飛んできている。
「これは向こうからは、私たちが見えてるということよね?」
モァが言えばユィがうなずき、
「矢は一方向からしか飛んで来てませんし、そちらに向かって移動すれば良いのでは?」
と言う。その通りだが、時折、ガツン!とくるような強い当たりの矢が飛んでくるということは、何人かいて、そのうち1人の矢が強力ということだろう。今まで矢を防いでいるが、万能というわけではない。バリアを通す威力の矢というのはあるはずだ。オレのバリアの上を行く能力を持つ者がいても不思議ではない。馬車の幌は矢で破けてしまい、オープンカー状態になっている。幌のあるうちから、狙い撃たれているので幌があろうとなかろうとあまり変わりはないだろうが。御者は死に、馬も流れ矢で倒れている。死んではいないが今は手の施しようがない。馬もトドメを刺してやりたいが、今は無理だ。
ユィの言うように、矢が飛んで来ている方向に向かって進むことにする。オレたちが回り込まれても良いように、バリアの有効範囲を小さくして周り中を囲む。オレの探知が効かないというのは、余程遠くから射ているのか、それとも存在を隠せているのか?もし、自分の存在を隠しきれる能力を持っているとしたら危険だ。近くまで寄ってきて、突然現れて襲われると間に合わない。
馬車を降り、ソロソロと進み出したとき、矢が止まった。ずっと矢が来ている時の方が安全だった。方向が分かっているので、そちらを重点的に厚くしていれば良かった。しかし矢が止まると、敵の移動先が合っているのかどうか分からない。
バリアを張っているから、普通に歩くかと言えば、そんな危ないことはしない。匍匐前進とは言わないが、できるだけ姿勢を低くして進む。街道から外れて草原の中に入る。草原と言っても、人の背よりは少し低い草に覆われている。時折高木が固まって生えている。木の上から狙っているのかと最初は思ったが、あんな目立ちすぎる所から狙う訳がない。草原の中で、草の抵抗をものともしない強い弓を引ける力を持っているんだろう?
「草原を焼き払えばどうでしょう?」
珍しくスーフィリアが言ってきた。
「草原全体に火が広がるとまずいだろう?」
「そこはユィ様が消されれば良いでしょう。それにこの草原は雨が降って間もないように思います。葉に露が付いていますから」
確かに葉は乾燥していないわな。
「スーが、ガーーーッ!と火を出して、燃えた草をユィが、ジャーーー!と消して行くのか?」
擬音だけで説明したけどスーフィリアは分かったようで、
「そうです。焼き払っていけば、敵の隠れる所もなくなりますから」
自分の案が採用されそうで、嬉しそうなスーフィリア。
「確かにそうだけどなぁ。敵も絶えず動いていると思うから、当たらないと思うけど」
「それでも敵を牽制するだけでも良いのではないでしょうか?逃げ場所がなくなりますよ」
久しぶりにちゃんとした会話をスーフィリアとする。逃げ場所が云々と言っても、見渡す限りの大草原、どこでも逃げられると思うけどなぁ?
「他に何か良いことも思い付かないから、1つやってみるか?」
「はい!!」
自分の意見が採用されてスーフィリアはニコニコでご機嫌が良くなった。さっそく詠唱を始める。詠唱は必要ないんだが、何事も形が大事というモァの方針に従って。
「しんあいなるほのおのだいようせい、イフリートよ、そのちからをわたしにかしあたえたまえ。いま、そのちからをしめさん......」
イフリートが何か、説明したこともないけど、教えた言葉をその通りに唱える。ただカッコイイから、という理由だけである。詠唱しているとき、その頭を撫でたくなる衝動を抑えるのが辛い。
スーフィリアの上に伸ばした手の上に炎の玉が生まれる。それが少しずつ大きくなってくる。5㎝、10㎝、15㎝と成長したとき、ビュッ!という音とともに矢が飛んで来て、炎の玉を貫通した。
「「「「あっ!?」」」」
スーフィリアを除く全員が、悲鳴にも似た声を上げた。ただ、声が上がったのは矢が通過した後。炎の玉は一瞬、矢につられて歪んだものの、矢が抜けた後は何事もなかったように球を保っている。
「どうして?」
「不思議」
「おかしい」
常識からすると、矢が当たって風船のようにパーーーン!!と割れるはず。しかし炎の玉の製作者が常識から少し外れた所にいるスーフィリアのためか、それとも矢が当たっても矢の穴が自動修復するように設計してあるのか分からないけど、とにかく割れず、一瞬揺らいで見せたけど、また膨張し始める。きっと製作者の集中力が並外れてスゴイというだけなんだろう、きっと。
さらに矢が飛んで来る。炎の玉に命中して抜ける。もしかしたら、矢が炎の玉に留まったなら炎の玉は割れるか、収縮するのかもしれない。でも矢の勢いが強すぎて、一瞬で突き抜けてしまっている。矢が炎の玉に刺さった所が辛うじて目で分かるくらいのモノなのだ。
「えーーーーーーい!!」
スーフィリアが30㎝を越える大きさになった玉を、力いっぱい矢の飛んで来る方向に向かって放り投げる。ううううーーーんんん!残念なことに遠くに投げられず、せいぜい20mほど先の所に着地した。
炎の玉が着地すると地響きがして地面が揺れる。
「わっ!」
「きゃっ!?」
炎の玉に質量はそれほどないように思うが、なぜか揺れる。そして炎が飛び散る!ミルククラウンのように広がって、草を焼く。水を蒸発させ、水蒸気が広がり視界が真っ白になる。火事が広がらないように、オレたちはその中に飛び込んで行く。それで敵を倒せればなお良い。
炎に包まれ、と思ったがそんなことはなかった。草は焼けて足下は黒焦げになっているけど延焼はなく、炎の玉が落ちて広がったままの形で消えていた。これはもしやスーフィリアがそのままイメージした通りになったということか?あり得ないような気もするが、ないこともない気もする。だってスーフィリアなんだもん。
それならそれで都合イイ。
「スーフィリア、今度はアッチだ!」
「はいっ!」
オレの指示に応えるスーフィリア。
ただ、どんなに燃やしたところで地平線まで広がる草原。敵を追い込めるわけでなく、このままでは向こうの矢が尽きるのか、それともまた逃げられてしまうのか、どちらかになってしまうんだろうか、とマイナス思考に陥っていた。このまま焼き払っても、敵は近寄れなくなった、ということだけになっただけ。そのとき、突然空が暗くなった。
昼間の真ん中なのに、夜のように暗くなった。空を見ると雲1つないのだが、太陽が陰って暗くなっている。
「「怖い!!」」
モァとユィが抱き合っている。スーフィリアは太陽を睨んでいて、
「神様がお怒りになっておられる」
と一言。ミワさんは、
「日食?」
と身も蓋もないことを言っている。そう、たぶん日食だろう。地球と月と太陽の大きさと軌道の位置関係と違って、この世界では月が少し太陽より小さいから、皆既日食とはなっていない。が、この世界に生きる人間、モァ、ユィ、スーフィリアにとっては何か天変地異の前触れと取るのかも知れない。
「あれ!?」
モァが何かを見つけて指差す。そこには月に隠れた太陽から光が漏れ、なぜか我々の所にだけ、光の柱が降りて来ていた。天使の階段ってヤツでしょうか?太陽から均等に360°光が広がるはずなのに、我々の所にだけ、光の柱が伸びてきている。普通は地上に近づくにつれ光が薄くなるのに、我々の所に至るまで光の明るさは変わらない。これって、前に見た気がする。これは確か......。




