ブラウンさんを訪ねる
宿に戻るとブラウンさんから言付けが来ていた。良ければ明日来て欲しい、と。返事をした方が良いけれど、遅くなっているし、オレの使いをした人が危ない目にあっても困るので明日直接行くことにする。夜、1人で出歩いて安全なのはオレの村の中くらいだと思う。女だけで出歩いて無事で帰ってくるというのは、奇跡かその女の人が類いまれな能力か幸運を持っているか、だ。
翌朝、ブラウンさんの診療所?いや、病院を訪問した。ここも以前は貴族の館だったところを改築して住まわれ、診療している。
「ようこそ、来てくれた。いや、来て頂きありがとうございます。タチバナ男爵」
久しぶりに会うブラウンさんは大きく(物理的に)、エネルギーが身体中から発散されている気がする。ミワさんは初めてブラウン夫妻に会うから見上げて、ちょっとフリーズしている。これはこの世界でなくても、元の日本で会っても同じだろう。堀田さんや斉藤さんにもブラウンさんに会って欲しいなぁ。
真っ黒な皮膚に白衣が似合ってるぞ。聴診器を作らせたようで、胸ポケットから覗かせている。穏やかな目をされているけど、知性があふれている感がすごい。このままでもカッコイイと感じるけど、この人がパリッとしたスーツを着てメガネを掛け、さっそうとビル街を歩くのは本当に絵になるんだろうと思う。オレがブラウンさんに見とれていると、
「いらっしゃい、お久しぶり。あら失礼しました、男爵様」
奥様が笑いながら出て来られた。この方も背が高いけど、あまり骨が太くなく、すらっとしている。この世界では2人とも巨人と言っていいくらいの長身なんだけど、オレから見てお似合いで羨ましい。オレはチンマリとしているように思うんだな。もちろんブラウン夫妻に比べての話で、この国の人の平均からすると背が高いのだが。ブラウン夫妻の間にミワさんを入れると身長差が40㎝近くあるので、大人と子どもっていうだけでは済まない感じがする。
ミワさんを紹介して、ひとしきりお互いの近況を話をした後(オレのことは言わなくとも知っておられた。オレはそれなりに有名人のようだ)、ブラウンさんが話し始める。
「タチバナ男爵、いや悪いがマモルと呼ばせてもらって良いかな?実は来てもらったのは、相談したいことがあったんだ。さっそくだが、マモルは天然痘という病気を知っているかい?」
ほう、天然痘とな。知ってはいるけど、名前を聞いたコトがあるだけ。あまり強い印象がない。
「ウーーン、名前だけは聞いたことがあります。ミワさん、聞いたことある?」
ミワさんに話を振ると、ミワさんはコクンと首を振り、
「はい、知ってます。実は私、大学は看護学部だったんです。それで天然痘は痘瘡とか疱瘡とか呼ばれていたのですが、WHOが1980年に絶滅を宣言してます」
博識なミワさんの言葉を聞いたブラウン夫妻は、
「えっ!それは本当か!WHOが根絶を宣言したのか!?」
とすごく驚いている。うーーん、オレはそこまでは知らなくて、そういうこともあったかな?くらいの認識なんだけど。ミワさんは続けて、
「唯一の根絶された感染症だと教えられました。種痘して身体の中に免疫を作り天然痘ウィルスの感染を防ぐことで、根絶できたそうです」
ミワさんはブラウンさんたちに話すというより、オレに説明している。すみません、オレだけ知識レベルが低いです。
「驚きだ。我々が移ってきた1960年代では根絶なんて夢のような話だったのだが、たった20年で根絶できるなんて、本当にスゴいことだ」
ブラウンさんが感慨深く、語っているぞ。よく分からないけど、医療の発展の良い例なんだ、と思う。もっと勉強してくれば良かったなぁ。この世界に来て、自分の知識不足に後悔することが多い。もっと学生時代に勉強しておけば良かった。
「それで、天然痘が何か?」
オレが聞いたタイミングでミワさんが、
「もしかして、種痘をやってみようと思っていらっしゃるのでしょうか?」
と聞いた。ブラウンさんは頷いて、
「そうなんだ。前に黒死病が流行ったとき、運良く対策できて流行を押さえ込めたね。あれは単に幸運だったと思っているんだ」
と言う。
「あれは運が良かったのですか?ブラウンさん、グラフさんの対応の早さのおかげだと思っていましたけど?」
オレの感想は普通の感想だと思うが。あの時、ブラウンさんとグラフさんがいないと大流行して、国が亡くなるくらいになっていたかも知れないと思うけど。
「そうじゃないんだ、マモル。あれは流行始めてから対応したんだけど、予め流行するだろうと思っていたので準備していた。一応は、あの経験を帝国に伝えている。でもあくまで対症療法なんだよ。これから環境整備がどれだけできるかにかかっていると思ってる。せめて私が死ぬまでにギーブで実現できれば良いのだけど。大公様はまずギーブから始める考えだ。1度滅びる寸前まで行ったギーブだからやりやすいんだよ。
それはまた、詳しく話をしよう。ミワさんは詳しいようだし、いろいろ彼女から聞いてくれれば良いよ。それで、マモル、腕を見せてくれないか?ワクチン接種の痕があるかどうか知りたいんだ?」
「はぁ?」
なんのことか分からないオレに対してミワさんは、
「マモルさんも私もワクチン接種されていません。日本では1970年代半ばに接種が中止されています。ですから私もマモルさんも接種を受けていません」
と答えた。それを聞いたブラウンさん夫妻は顔を見合わせて、
「なんてことだ!」
「スゴい!」
とまたまた驚いている。そして、
「良かった!」
「治験者が見つかったわ!!」
と喜んでおられる。何を喜んでいるんだろう?と思ってミワさんの顔を見ると、
「ブラウンさんたちは、私たちにワクチン接種して、ワクチンの有効性を示そうとされているのですよ」
真剣な顔で言ってくる。ブラウンさんたちも嬉しそうに、
「ミワさんが分かってくれて嬉しいよ。そうなんだ、ワクチンに対して心理的なハードルが低くて天然痘のワクチン接種受けていない人を捜していたんだよ!大公様にお話したら、分かって頂いたけどご自分や家族に接種するのは二の足踏まれて、それで考えてみてマモルなら協力してくれると思い至ったんだ!マモルは接種しているだろうから、マモルの家族に協力をお願いしようと思っていたんだが、マモル本人が未接種ならこれ以上のことはないよ!」
しまいにはオレの手を握ってブンブン振ってくる。
えーーー、そう言われるとなんかイヤになってくるんだけど。そんな訳の分からないものをさぁ、オレで試験してみようとおもうわけ?




