ノンの視点(2)
村に来て何年か経っていた。もう、日を数えることはなく、季節の変わっていることも考えたりしなくなった。この村の人はみんなそうだから。
この村に来て、どれだけか経って、一緒に孤児院から来た男の子と暮らすようになった。そしてしばらくして、女の子が生まれた。この村では赤ん坊がちゃんと生まれること自体難しい。そして、大きくなることはもっと難しい。人はどんどん死んでいき、死ぬことに感覚が麻痺してしまうくらい、人は死んでる。
アタシと暮らしていた男も、子どもが歩き出してしばらくした頃、猟に行ったときにしたケガが原因で死んだ。でも、この村では一緒に暮らしている男が死んでも、暮らしは困らない。村のみんなと一緒に働いている限り、同じ物を食べ、生活ができる。最低限の生活だけど、食べる物がなくて餓死するということはない。もし、餓死するときは村全員だ。
たまに山賊が村を襲うこともあった。そのときは村の全員が、男も女も関係なく戦う。
こんな辺境にやってくる山賊なんて、そんな大勢で来るわけないから、せいぜい10人くらいだけど、村全員で戦う。負ければ、男はみんな殺され、女もみんな犯されて殺される。だから必死になって戦う。アタシがこの村に来て、2度ほど山賊が来たことがあったけど、柵の中に山賊を入れずに戦いは終わった。もちろん、無傷で済むわけじゃない。村のものは10人、15人と死んだけど。
アタシたちがこの村に来たように、たまに領都から馬車が来て、人と荷物を置いていく。それもまた同じように、貴族の家族や奉公人、そして孤児院の子どもたちを。でも貴族の家族や奉公人はたいてい、この村に来たことで心を病んでいて、しばらくすると死んでしまう。中には、何か変なことを言いながら、森や草原の中に入って行くこともある。でも、村の人は何もしない。止めたって、行く人は行くから。子どもは村に馴染むこともあるけど、大人はたいてい死んだり、いなくなってしまう。
領都にいる親戚から、その送られてきた人たちに荷物が送られてくることがある。食べ物だったり、着る物だったり、日用品だったり。送られた人が死んでいることもあるけど、みんなでありがたく使う。どんなものも足りないから、なんでも足りないから。
ある日、預言するという婆さまが突然変なことを言い出した。『降り人』が草原の真ん中に現れるという、だから迎えに行け、って。
『降り人』って何?とみんなは婆さまに聞いた。『降り人』は違う世界から来る人だと言う。違う世界、っていうけど、この世界の他に世界があるの?と思ったけど、とにかく行ってこいと言われて、村で強い人が10人で迎えに行った。だって、草原には牛や熊や狼や野犬などなど、危ない獣がたくさんいると言うから。
夕暮れ前に、その『降り人』という人がやってきた。「マモル」という、珍しい名前だけども、すごく背が高い。村の男より頭一つ高くて、どこにいてもマモルの居場所が分かった。村ではさっそくマモルの子どもを残したいから、アタシより少し若いアンがマモルの世話をすることになった。アタシはミンがいるから無理だよね。男を知らない子もいるし、アタシみたいに子どものいる女はお呼びじゃないでしょ?
マモルはとにかく、柵の外に出ると獲物を持って帰ってきた。何これ、というくらい、羊、ウサギ、イノシシ、と毎日肉が食べれるなんて、孤児院にいたときでも、こんなに食べたことがないくらい、食べさせてくれた。降り人じゃなく、奇跡の人、という人もいた。
マモルが来て、しばらくアンを抱かなかったけれど、一度アンを抱くとこれがすごかった。マモルの近くの住民が、アンの声がうるさくて眠れないというほどだった。それを聞いても、誰も信じられなかった、アンが抱かれて声を出すということが。アンというより、抱かれて声が出るってどうして?それも周りに聞こえるくらいって、どういうこと?アンは普段、ほとんど喋らないよ、1日何も言わない日もあるんじゃない?それが抱かれて声を出すなんて、どうしてなの?
この村に住んでいると、隣の人がしているのが自然と分かる。隣の小屋の音や声なんて筒抜けなんだし。だから、男と女がしていても、いつ始まって、いつ終わったかも、今何しているか、分かってしまう。
それなのに、アンの声は延々と続くんだって。あのアンが、ろくに口もきかない無口なアンが、鼻にかかったような男に甘えたような声を出し、最後はわけの分からない声を上げて終わるんだって。そして、それからまた2回目が始まるという。
アタシの常識では、そしてこの村に住む女の常識では、アレは始まってすぐに終わってしまう。女が声を上げるなんて、周りに普通に聞こえるような、甘い声を上げるなんてことはない。それが、続けて2回も3回もあるなんてことは聞いたことがないし、経験したこともない。ま、アタシの経験なんて大したことはないけど。
アンが前に住んでいた男とは、マモルみたいなことはなかったから、あれはマモルのせいなの?何がアンを変えたのかな?オバチャンたちはみんな、興味津々でアンに尋ねるのだが、肝心のアンが今イチ、ぼーーとした答えで、よく分からない。本当に、自分が何をされているのか、分からないらしい。
アタシとしては、久しぶりに興味あるものと巡りあった気がする。この村に来て初めてかも知れない。アンが女の日になったときの代わりは誰?と聞かれたとき、アタシは手を挙げていた。
マモルと暮らしても、マモルはすぐにアタシを抱かなかったけど、山賊が来て戦った後、抱かれた。ただ、抱かれる前にマモルが何かをしたとき、身体に衝撃が走った。マモルが何か呟きながら、アタシを抱いた手から、アタシの身体の中に何かを流し込んだ感じがした。
マモルに聞いても、最初はごまかすようなことを言ってたけど、問い詰めると魔力だと言った。魔力って何?ミンの預言する能力と同じ物なの?マモルに聞いても、よく分からないのか、明日婆さまに相談してみろと言われた。
マモルが魔力をアタシの身体に流し出すと、身体を巡る細い管のようなものが広がり、何か流れ出して身体を巡るような気がする。途中、管の細くなっていて、つかえているような所があるけれど、マモルが強弱をつけて魔力を流すと、ドンドン流れが良くなってきて、つかえているのが取れていくような気がする。後で、マモルがまるで抱かれているときのような声を上げていたと言っていたけど、とにかく気持ち良くて、意識が飛んでしまっていた。一度マモルに魔力を流してもらうと、自分で魔力を身体中循環させて流すことができるようになった。身体のすべての感覚が研ぎ澄まされて、周りに漂っている何かを身体に吸い込む感じがする。
そんなときに、マモルの魔力を持った手で、口で、舌で身体を触られると異常に感じてしまって、意識が飛んでマモルに終わったと言われるまで記憶がなかった。アンもこうだったのかな、これなら説明が付かないよね。
婆さまにマモルに魔力をもらったことを話した。婆さまは驚いて、目を剝いたよ。婆さまにも黒目があったことにアタシは驚いたけどね。
婆さまの言うには、魔力を持つことは、この国では死罪に値することだから、人には決して話をしてはいけないと言われた。だけど、魔力を使えるようになった方が良いということで、毎日婆さまのところで少しずつ、魔力を高める訓練をすることにした、ミンと一緒に。
しばらくして婆さまが一つ魔法を教えてくれた『Cure』。これは腹を壊して、死にそうになったときに使えば良いそうだ。ケガをして、血をたくさん流したときには効果がないそうだ。呉々も人の見ているところでは使わないことを、繰り返し注意される。昔、魔法を使っている所を人に見られ、殺された人がたくさんいたと言う。人助けをしても、魔法を使えることは、上の人から見て大罪なんだそうだから、気をつけるように、と。
もっと呪文が教えてもらえるのかと思ったら、婆さまは他の魔法は忘れてしまって知らないんだって。やれやれ。




