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あれから1年経って

 ゴダイ帝国の皇太子の擁立騒動に関わってから1年経った。


 あれからホントに大変で、村に帰ってみるとサラさんとアノンさんは亡くなっているし、村は半分近くの家が壊れたまま、戦争に引っ張られて行った男たち、村の防衛戦に関わった人たち、男女をを問わず、70人あまりが亡くなっていた。村の3分の1以上が亡くなっていた。後でミワさんが教えてくれたが、太平洋戦争の沖縄戦の住民の人たちの被害のようなものだろうという。


 オレは魂が抜けてしまった。どれだけ時間がかかったのか分からない。色のない風景が、徐々に色がつき始め、食べる物に味が戻ってきて、カタリナ、ミン、ミワさん、村人がオレをいたわってくれているのが分かり始めた。息子を抱いて、この子のためにも、家族のためにも、村のみんなのためにもオレが立ち上がらないといけないと、やっと思うことができた。


 周りの人に感謝を伝え、なんとか笑うことができると、相手も泣き笑いで返してくれる。オレもそれにつられ泣く。泣くことで心の殻が壊れていくことを感じた。やっとカタリナの胸の中で号泣することができた。後でカタリナから聞かされたのだが、ミワさんの日本での知見から、オレをどうやって治癒させていくということを妻たちが話し合い、決めたそうだ。

 この世界に来て、得た物も多いが、失った物の方がはるかに多い。それでも、この世界に元々生まれて生きてきている人に比べれば、オレはまだまだ恵まれていると思う。オレを見つめている村のみんなだって、家族を亡くしている。村の戦いの時だって、領軍に徴兵されて戦いに巻き込まれ、行方不明になった者も多い。オレ以上の辛い思いをしている人がいることをオレは忘れていた。やっとそれに、気が付いた。


 人も村もボロボロだったけど、みんなたくましく復興をしようとしていた。


 カタリナはサラさん、アノンさんがいなくなったことで依存心が消え、村の中心として村の復興を回していた。リファール商会、ロマノウ商会はもちろんクルコフ子爵に助けてもらっている。領軍が帝国軍に対して、まったく戦えなかったことは聞いているが、そういうことはあることだと思ってる。むしろオレの村が帝国軍を撃退できたことは僥倖だと思っている。焼け野原になって、村人が誰も残っていなかったとしても不思議ではなかった。ビール工場やサトウキビ畑、香辛料畑にほとんど影響がなかったのは奇跡的だと思う。

 そしてオレの思いとは関係なく、息子は大きくなっていく。名前は色々迷ったのだが、カタリナがこれが良いということでショーンと名付けた。


 そしてやっと、サラさんとアノンさんの墓に1人で行かせてもらい、ひとしきり泣かせてもらった。村のみんなが涙を見せず復興に尽力しているのに、オレだけいつまでも泣いていられない。涙を見せるのはこれが最後と決意した。



 そして1年が過ぎ、今日はイズ大公様の前に来ている。。大公様にお会いするのはゴダイ帝国から帰ってきて初めてである。


「マモル、わざわざ来てもらい済まなかったな。どうだ、元気にしていたか?村の復興はどうなっている?」

 大公様がオレに対して村の復興について、いきなり尋ねられてきた。


 そうなのだ、イズ大公国のなかで直接ゴダイ帝国と戦ったのはクルコフ子爵の領軍とポツン村の住民だけだった。クルコフ子爵率いる領軍が木っ端微塵に帝国軍に負けたのは兵家の常とは言え、その後始末をポツン村が担い、帝国軍の侵攻を止め、挙げ句の果て破ってしまったのは大公国の体裁として良くなかった。村にプロの兵士がほとんど残っておらず、女子どもが戦いの中心であったし。あと、村の領主のオレを大公様が帝国に引っ張って行ってたから、村の被害が余計に大きくなったと大公様は考えておられるようだ。そのため、オレと村に対する負い目を大公様が感じておられるのは、オレもずっと感じている。こればっかりは結果論なんだし、仕方ないと思うんだけど。


 正規軍たる領軍が破れ、単なる村人兵が帝国に勝ったという衝撃の事実を公にすることは、大公様はもちろん、クルコフ子爵のメンツにも大いなる問題となる。そのため、大公国内にポツン村の戦いは詳しく知らされることはなく、今に至っている。であるから、ポツン村に対して褒賞の類いはなく代わりに村の復興のため、人的金銭的面の大きな大きな支援をいただくコトになった。そのためこうやって聞かれているのだと思う。


「お陰様で復興は進んでおります。ただ、減った人口はなかなか戻りません。こればかりは急に戻るわけでもないので気長にやっていきます。希望を言えば、村に移住する者が欲しいです。それはなかなかできないことは十分承知しておりますけど。それで私を呼ばれたのは何かありましたか?」

 ゴダイ帝国に2度一緒に行き、特に2回目は生死の境を行き来したと言ってもいいようなところだったので、オレと大公様の間に余計な社交辞令も必要としない。


「そうなのだ。用があって呼んだのだ。詳しくは説明させよう」

 大公様が横を見ると、視線の先の男が前に出て話し始めた。


「タチバナ男爵様、実はオーガ郊外の旧タチバナ村に、実は今もタチバナ村と呼ばれていて、住民がいるのですが、そこに凶賊が現れたのです」

 側近が事務口調で話し出した。


「凶賊?」

「はい。凶賊です。その者は『世紀末覇者』と自称しているようです」

「はい?『世紀末覇者』ですか?あの、ちなみに今年って何年でしたか?」

「今年はキーエフ歴634年です。世紀末ではありません」


 世紀末って、そもそもいつを指すのだろうか?世紀末でないと断言されたってことは違うんだろう。世紀末でないのに世紀末覇者と自称する。それは......どう考えても転移者でないの?

「その者は自分のコトをなんと言っているでしょうか?」

「確か、ケイジ・クロダとか言ったとか、良く聞き取れないそうです」

 あーーラ○ウではない、と。なんとなく分かってきた。


「その者の外見はどうだか分かりますか?」

「痩せて背が高く、平べったい顔をしているそうです。髪の毛は根元が黒で先が金色だそうですが、眉は黒だと聞いています」

 あれ?オレの知ってる世紀末覇者とはやっぱり違う。転移するときお願いしなかったのだろうか?それともお願いしたけれど、かなえてもらえなかったのだろうか?せめて外見くらいは合わせてきて欲しかったなぁ。


「その者は巨大な馬に乗っていませんでしたか?」

「いいえ、歩いていたと聞いております」

 うーーん、黒王号も間に合わなかったか。残念なことばかりだ。だったらやっぱりラ○ウと名乗る訳にはいかないだろう。



「と言うことは」

 大公様に向き直り、

「私にその世紀末覇者と話をして捕まえてこい、とおっしゃるのでしょうか?」

 と聞くと大公様は厳しい顔をして、

「そうではない。その者を殺せ」

 なんと!いきなりそれが出るか!


「殺してこいと言われる」

「そうだ。その者はすでに10人以上の民を殺している。もう許すことのできる範疇を越えてしまっている。捕まえたところで、結局死刑しかない。オーガの街からその者を捕らえに行った兵も殺されている。許す訳にはいかない。その者を殺すことのできるのはマモルしかいないであろう」

 と断言された。


 たぶん、同じ日本から転移してきたであろう者を、オレが殺さないといけないのか。変にそいつを生かそうと画策したところで、上手くいかないだろう。それは自分で自分の首を絞めることになるだろう。


 ミワさんと暮らして分かったが、同じ日本からやってきた人が身近にいるというのは全然違う。日本とはまったく異なる価値観、常識、環境の世界の中で1人で生きて行くことの難しさ、つらさ。それが多少年代が違っていても、その違いを共感できる人が側にいるというのは気持ちの上で大きい助けになる。帝国にいる斉藤さんと堀田さん、ブラウンさん夫妻、ロビン夫婦、2人一緒にこっちに来たというとき夫婦、友人というのは大きい。信忠様、グラフさん、シュタインメッツ様が1人で移ってきて上に上がったというのはどえらい恩恵だったと最近思うようになった。この位が上に昇った人だけ見ると、転移してもやれるじゃないかと思うけど、たぶん転移したけど知られずに消えていった人は多いのだろうと思う。オレやミワさんなんて、ほんの一握りなんだと思う。


 とにかくそのケイジ・クロダを討伐しないといけない。気が進まないけど、仕方ない。盗みくらいだと弁償してなんとかうやむやにするということもできるけど、人を殺しているのはダメだろう。大公様の所に10人以上という報告が上がってきているということは、実際の被害はもっと大きいと推定されるじゃないか?ハインリッヒの法則だったっけ?1件の重大事故の陰にはその30倍だったけ?軽微な事故があるんだっていうんだもん。10人殺したっていうなら、300人ほどにケガを負わせたり、それこそレイプとか恐喝とか色々やっているんだと思うよ。同じ日本から転移してきた者だと思うとホントに気が重い。


 とにかく1度村に帰って、準備をして出発しないといけない。誰を連れて行けば良いだろうか。

このマモルの生きて入る世界には、いろいろな人種、年代、年齢の人が転移してきているという設定です。そしてそのほとんどの人が、埋もれて死んで行く、ということです。日本人だけ転移することはない、日本人が転移してくるなら、他からだって転移してくるだろう、という考えで書いております。よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 再連載開始、ありがとうございます。 2作同時連載、大変かと思いますが、楽しみにしております。
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