これで終わりか?
皇太子の暴走状態、バーサーカー?が強制終了した。ホールの人たちは、オレたちのことをずっと見ていたようで、気が付けば視線を集めていた。誰も何も言わず、いわゆる固唾を飲んで見ていたのだろう。
「皇太子は鎮まったか?」
大公様が聞かれた。ギレイ様、イワンが一緒に恐る恐るといった感じで近寄ってきていた。
「何とか鎮まりました。もう大丈夫です」
オレの返事にイワンが皇太子の顔を覗き込みながら、
「これは......兄の顔はここ最近、見たことのないような穏やかな顔をしています。と言っても私はしばらく兄と会っていないのですが......子どもの頃、兄が本当に小さい時、何も心配することないとき、こんな顔をしていたような気がします。気が小さくて、でも私にはやさしい兄だったんですけど」
これで終わったのか?皇太子を確保したし、第2王子のイワンもここにいる。帝国のトップ2を手元に抱えているのだと思うが?しかしフラグを上げると、必ず回収されるということを知っている。
「皇太子様をお渡し頂こう」
ホッとして注意が散漫になっていた。声がして顔を上げると宰相がいて、その周りに壇上にいた護衛や近衛兵が並び、オレたちを囲んでいる。人垣が二重三重になっている。絶対に逃がさないぞ!という体勢になっている。
「何を言う。兄は今、私と共にいる。あなたに渡すことはできない」
イワンが立ち上がり、宰相に向かって言い放つ。あの女好きなだけのイワンが、こんな立派なことを言ってくれる。ハルキフから苦労して育てて来た甲斐があったというものだ。が、状況は極めて悪い。数の暴力に囲まれている。
「皇太子様は皇帝になって頂くために、私がお育てしたのだ。今はたまたま、我を忘れて多少の無茶をなされたが、すぐに英邁な皇太子様に戻られる。私が補佐をして、偉大な皇帝として歩まれるのだ。そこをどきなさい。どかねば実力でどいてもらう。ただし、命の保証はせんよ」
と宰相が悪役丸出しのセリフを言ってきた。そして周りの者たちが剣を抜く。おいおい、皇太子とその弟がいるのに、それに向かって剣を抜くという行為は良いのか?と思ったら、
「オマエたち、ゴダイ帝国の皇太子様、次期皇帝陛下に向かって剣を向けて良いのか!」
大公様が一喝されると、さすがに兵たちは怯む。顔を見合わせている者もいる。しかし宰相が、
「何を怯んでいる。私がこの国の法だ!命令に従うのだ!!」
と叫ぶと、兵はみんな前に出ようとした。
『Defend』
オレたちの周りに直径3mほどのドーム状のバリアを張り、大公様、ギレイ様、皇太子、イワン、ヨハネ、ミンとオレが入るようにした。超強力なので物理的にも魔力的にも攻撃は何も通らないはずだ。しかし、もちろんだが内側からも何もできない。
「やれ!」
宰相の声に兵たちが剣を振り上げオレたちを斬ろうとするが、通らず弾かれる。剣や槍で突くがそれも通らない。攻撃されれば、一応は地味にオレの魔力が消費されているが、これくらいどってことない。オレの魔力の続く限り、この状態は維持できるが、それでは何も解決せず、最後は魔力が切れてオレたちは殺されて終了となる未来が見えている。
外の兵士たちもいろいろ攻撃してみても、バリアに何もできないと分かった時点で、睨み合い状態に移行した。魔力で攻撃して来ないというのは、もう魔力切れになったということなのだろうか?
大公様始め、みんなが不安な顔でオレを見る。目で催促されたって、いい知恵は浮かんでこないんですよ。その時、周りが騒然とし始めた。オレたちを囲んでいる近衛兵が、周りから攻め込まれ戦いになっている。隙間越しに見えるのは陸軍兵、憲兵隊がいる。陸軍兵と憲兵隊が一緒に戦っているということは、陸相と内相が手を組んだということか?それとも元々共闘しているのか?今までの戦い方を見ているととても共同作戦を取っていたようには見えないが?
接近戦になっているので、魔力でどうのということはできなくなってきている。もし、あの呪文を使うと味方にも犠牲を強いることになるだろう。宰相は明らかに動揺している。外周からの圧力で、バリアにもたれ掛かるようにしている。
「マモル、宰相を中に取り込めないか?」
大公様が小声で言ってきた。
「やってみます」
アイデアが浮かんだのでミンとヨハネに相談した。ミンとヨハネで宰相のところだけ開けたバリアを張り、オレのバリアを解除する。そして宰相を中に取り込み、もう一度バリアを張り直すという案だ。
「できるかなぁ?」
不安そうな顔をミンはするが、他に良い案もないので
「やってみる!」
と言い、
『Defend』
と唱えると、ミンを中心に小さいバリアのドームができた。あっと、やっぱり半分だけとか器用な真似はできないんだ。じゃあ、ミンのバリアでイワンと皇太子を囲い、ヨハネのバリアで大公様とギレイ様を囲う。球じゃなく楕円のような形でもできるようだ。
ミンとヨハネのバリアを作り、その外側にオレが立つ。外は斬ったり斬られたりとなっている。宰相の顔はあっちを向いているが、かなり引きつっている。向こうに陸相の顔が見えるぞ。ついさっきまでは絶望感溢れる顔をしていた時もあったのに、今はニヤついてこっちを見ている。ふん、見ていろよ!見て驚けよ!
パン!!
バリアを解除し、突然のことに慌てふためく宰相の手を取って引っ張り込み、すぐさま
『Defend』
と唱えた。が、宰相だけでなく3人の護衛もバリアの中に入ってしまった!世の中、なかなか思い通りにいかない。護衛の1人が剣を振り上げ、オレに斬りかかろうとするから宰相を前に出して、ブロックする。
「や、止めよ!」
宰相の声にそいつは慌ててストップするが、こんなの放置しておくと後々問題起こしそうなので、宰相ごと、そいつにぶつかって、宰相の脇から手を出し、そいつに触って
『Paralyze』
と唱えた。そいつはクタッと倒れたが、ナゼか宰相もクタクタっとオレの足下に倒れ込んだ。あぁっと、宰相の手首も握ったままだった。2人一緒に掛けてしまった。
奥に立っている護衛の2人はこれを見たせいか、手を広げて首をイヤイヤと振っている。
「宰相様は気絶されただけですよね?亡くなったりされてませんよね?それなら何もしません。降伏です」
護衛の1人が言うとその後ろの者が、
「もしそうなら、ここにいる方が宰相様は安全です。言われる通りにします」
と言う。大丈夫なのかぁ?信じていいのかなぁ?と思ってイワンを見ると、コクンと頷いているし、大公様ギレイ様も大丈夫だろう、ってな感じで手をヒラヒラさせているので、そのままにしておくことにした。
「宰相様は亡くなられたわけではありませんよね?」
と護衛がもう1度聞いてくるから、
「大丈夫です。気を失っておられるだけですから。目覚めの呪文(実は『Cure』だが)を唱えると気が付かれます。ただ、私が呪文を唱えないと(と強調する!)、宰相様は目覚められませんから。宰相様の生殺与奪の権利は私が握っていることをお忘れなく」
言いながらニヤリと笑ったつもりだったが、伝わったかどうか。横目で見たギレイ様が苦笑いしていたので微妙だろう。
それでも、
「もちろんです。我々はもう何も抵抗しませんから。外を見てください、みんなやられました」
護衛が言うように、バリアの外の戦いは終わりつつある。終わりというのは、近衛兵がほぼ殺されている。最初の方の戦いで、護衛か近衛兵に陸軍兵が散々に殺されたので、その恨みがあったのか?そこまでやらなくてもと思うくらい凄惨な現場になっている。政治でも宗教でも、外との戦いより内紛の方が凄惨な争いになるというのを目撃したような気がした。
ミンがその光景を見て、気分が悪くなったようで、床に倒れ込み手を突いた。同時にバリアを解除してしまった。皇太子とイワンが護衛の前に露出する。護衛の1人がバリアの解除に気づき、行動を起こそうとした。イワンに何かしようと動作を起こした。だから、
『Die』
オレは手を伸ばして、その者の腕を掴み呪文を唱える。そいつは文字通り崩れ落ち、顔から床にぶつかって倒れた。万人監視でやってしまった......。
「死んだのか?」
大公様が聞いてくるので、
「はい。イワンか皇太子に何かしようとしましたから。たぶん、イワンに何かしようとしたのだと思います」
と答える。
「噂に聞いていたが、スゴいな。余に使うことはないようにしてくれ」
ちょっとひきつった顔で大公様が言われるとギレイ様が、
「マモルに無理を言わない限り、何も起きませんよ。あと、マモルが触れないと効かないそうですよ。なぁ、マモル?」
と笑ってる。オレが『Die』を使えるっていうのは、噂になっていたのか、と思い地味に衝撃を受けているオレ。隠しているつもりだったけど、隠しきれない何かがオレから滲み出していたんだろうか?それに使える条件を知っているというのはナゼなんだろう?やっぱり研究会情報なんだろうか?
「マモル様、身体はなんともないのですか?」
ヨハネも聞いてきた。ヨハネも目の前で『Die』を見て動揺しているのか?とにかく魔力切れの心配をしてくれているようだ。
「大丈夫だよ、何ともない」
と答えるのだが、横にいるイワンのオレを見る目つきが尋常じゃなくて、手がブルブルと震えている。オレが呪文使うのって散々見てきているだろうに、何を今さらって気がするけど?
「あなたは何者ですか?」
イワンがおびえたような目で聞いてくる。イワンよ、今までのオレに対する態度と180°違わないかい?キミは何を動揺するんだ。もっと、ドーンとしてなさいと思うけど。とにかく質問に対しては普段から思っている通り、
「オレは、普通のごくごく地味な『降り人』だから」
そう答えたら、
「「違う」」
大公様、ギレイ様、イワンが口を揃えて言われた。ヨハネはヤレヤレという顔をしている。ミンよ、呆れたような顔でオレを見るのは止めてくれ。
読者の方には、窮地に追い込まれてマモルが剣や呪文を使って、敵をバッタバッタと倒して行く光景を思い描かれていた方もいらっしゃると思いますが、ここまでマモルが殺したのは、この章で書いた護衛の1人だけです。
元々マモルの性格上、自ら人を攻撃すると言うことは極力せず、防衛のため仕方なくというスタンスが基本です。ですので、快楽殺人者と化して人を斬りまくるということはありません。
期待を裏切ってしまった方もいらっしゃるかも知れませんが、ご了承願います。




