凄惨な式場に
バリアにビームが当たったとおぼしき衝撃があった。それも一瞬で、左にビームが流れ、左側にいた人たちが消え失せる。腹の辺りがごっそり消失した人。腕が肘から下がなくなった人、しゃがんでいたのか頭がなくなった人、ビームの通り過ぎた跡は酷い光景が広がっている。焼き切れたようになくなった断面がそのまま見えている。
「うわっ!」
オレとミン、ヨハネはサキライ帝国との戦いで目にしている。ただし夜だったから、いくらかオブラートに包まれていた。それを真っ昼間から見るのは辛い。ミンは一目見て、目をそむけた。しかし、大公様、ギレイ様、イワンは初見だろ?普通の戦場ではあり得ない光景から目が離せないようだ。そしてビームが放たれたであろう方向を見る。
オレも我に返って、今のがどこから飛んで来たんだろうと発射地点を探す。陸相たちに撃たれたのは宰相の後ろくらいだったろう。今のビームを同じ者が撃ったとすれば、クールタイムがほとんどない。まず普通の魔力持ちでは無理だ。モァでもこんな短くない。いくらなんでもそんな魔力持ちのバケモノがいるはずはないだろう。となると、違う者が撃ってきたのか?これは誤射ってことはないだろう?あの陸相たちを狙ったのではなく、ここに大公様がいたのを知ってて撃ってきたんでないか?もしや大公様でなくイワンか?
そう考えてイワンを見ると、カツラとヒゲの間に見える皮膚が蒼白になっていて、手が震えている。狙われている自覚があるということか。
「大丈夫だ、オマエを守ってみせる。ただし、ミンが優先だけとな」
イワンは引きつった笑顔をみせながら、
「大公様とどちらが優先ですか?」
「大公様」
「ギレイ様とは?」
「ギレイ様」
「ヨハネとは?」
「ヨハネ」
「私の優先順位は最後ですか?」
「そうだね」
「はぁ......」
それは仕方ないだろう。一応守るつもりだけど、置いて逃げれるなら、それで済むならそうしたいと思うよ。ただし大公様が許してくれればね。オレって上司の命令には従うタイプだから。
ビームが通ったことで、犠牲者の周りにいた者が絶叫を上げる。まぁ、当たり前のことなんだが、剣で斬ったり斬られたりするキズとは違って、ゴッソリ消失した衝撃は大きいのだと思う。ケガがなくとも、腰を抜かしたり気絶したりしている人もいるが、その人たちの面倒をみる余裕なんてない。ゲロなんて、そこら中の人が吐いている。ごく僅かだけどケガの治療を始めた人もいる。やっぱりたいていの出席者は、従者の中に治療の呪文が使える者を混ぜていたってことだろう。
大公様とギレイ様は、驚いたようではあるけど、腰を抜かしたりはしていないようだ。大公様が、
「今のは何か知っているか?」
とギレイ様に聞かれるとギレイ様は、
「もしかしたら書物で読んだ「雷神の咆哮」というものでないかと」
と答えておられる。どうしてギレイ様に聞かれるのかと思ったら、ギレイ様ってそういう素養があるということなのか、よく知ってるなぁー!?ギレイ様って、書類整理ばかりしていて、本読んだりする暇なんてまるでないかと思ってたら、そうでもないんだ。人はみかけに寄らないなぁ。
横のミンが「「雷神の咆哮」って言うんだぁ。ギレイ様って何でも知ってるよね、スゴいよね!モァに教えてあげよう。きっと喜ぶよ、カッコイイもん!」とオレに言うけど、それってギレイ様にもしっかり聞こえてて、ギレイ様がちょっと嬉しそうな顔しているぞ。
とにかくホールの真ん中で戦闘が行われている。「雷神の咆哮」は2発で出て来なくなったようだけど、たぶんクールタイム中だと思うから油断しているとやられるだろう。陸相側は戦闘している兵が倒れても、その後ろから兵が補充され、ホールに入ってきている。今さらだけど、式場には「武器の持ち込みはいけません!」という主旨だったんじゃないの?それなのに、どうして武装兵が湧くようにやってくるんだろう?おかしいよね?それに近衛兵だってもちろん武装しているし、非武装なのって招待客だけで、関係なくても死んでいくのって、このクーデターと関係ない人ばかりでしょうが?などと思っていても通るわけもないので、黙って見ている。
「雷神の咆哮」があっても、やはり近衛兵側の兵が押されていて壇上の宰相が危なくなってきたんじゃないか?と思うけど、あの人、顔色変えず揺るぎない。偉い人は違うねぇー?と思ってたら、陸相側から宰相目がけて剣を投げる者がいた。その剣は宰相を狙ってまっすぐ飛んだけど、宰相に届く1mほど前で、空中で停止し落ちた。なるほど、宰相の周りにバリアが張られていたから、あんなに平然としていられたのか。宰相の後ろに並んでいる誰かが張っているんだろう。後ろに立っている人間というのは、物理的魔力的なボディーガードと言うことなんだろうな。そんな時、宰相が後ろの者に何か言った。
陸相側が優勢か?もう一押しか?と見ている者が思い始めたとき、陸相の頭の上に紅い点が生まれた。誰もが目を奪われる明るい点が誕生し、膨らむ。一瞬で50㎝ほどにもなったのか、それが陸相の上に落下した。陸相の頭の上にはドーム状のバリアが張られていて、玉の直撃を防ぐ。しかし玉はバリアに触れた途端、破裂し周りに飛沫が飛び散る。その飛沫を浴びた全身に、半身でも浴びた者はそのまま倒れ動かなくなる。溶かされたように、消えていく。小さい飛沫でも服に付いた者は、服に穴が開き、そのまま身体に入り込む。
「うわぁぁぁーーー!」
「ぎゃーーーー!!」
兵士たちの悲鳴がホールに響き渡る。陸相を中心に飛沫を浴びた兵士たちが転げ回る。無事だったのは陸相と王子を中心に2mほどのドームの中にいた者だけ。その周りには地獄絵図のように、兵たちが阿鼻叫喚を極めている。スゴいな、熱は感じていないから、炎とかではないんだろう、一体何だ?無事だった陸相の顔だって蒼白だし、王子だってパニックを起こす寸前のようだ。腰を抜かして失禁しているんじゃないか?ホールに入ってきた陸軍の兵士たちも、あまりの悲惨さに足を止めて入ってくるのを躊躇している。
「酷いな、マモル、アレは見たことがあるか?」
大公様が聞いてこられるが、
「ありません。それにあれが何か分かりません。この世界では見たことがありませんが、前の世界では強酸というものだと、ああなる可能性があります。でもいくら強酸だといってもここまでの威力はないように思いますが」
「強酸とは?」
「すみません、たぶん説明しても理解していただけないような気がしますので、省かせてください」
オレと大公様の会話にギレイ様が入ってきて
「悪神の血涙?」
ギレイ様がポツンと言われる。
「はっ?」
ギレイ様以外の者が聞き返すと、
「確か昔読んだ中に、そういう記述があったような気がする」
「なるほど、ギレイ様って何でもご存じなんですねぇー!!すごいですーーー!」
ミンの賞賛にギレイ様の頰が少し紅潮している。けど、ギレイ様、どうしてそんなことを知っているんですか?もしかしたら、ネストルやヒューイ様と同じ研究会に入っておられたのですか?もしかして、あの書類の山に埋もれて仕事しているように見えたのは、そっちの研究のためだった、ということはありませんよね?
オレの周り、ごく一部だけ平常運転、しかし目の前には地獄絵図が広がっている。




