ノンの視点(1)
いつもありがとうございます。
今回は、ノンの視点です。たまには、ちょっと気分を変えたいなと思いまして。
アタシはいつ、どこで生まれたのか知らない。もちろん、親の顔も知らない。
ある秋の日の朝、孤児院の前に置かれていたそうだ。孤児院にいる子どもは、ほとんどがアタシと同じだから、特に自分の境遇がどうだとか、親が誰かだとか、気にならなかった。
アタシの名前は孤児院の院長先生がつけてくれたらしい。特に名前に意味はなく、思いつきだったと聞かされてる。
孤児院には12才までいた。いたというより、置いてもらったと言う方が正しいかも知れない。孤児院では、預かっている子どもたちが世間で生きて行く術とするため、読み書きと初歩の計算を教えている。教えているといっても、教えることのできる孤児院の職員の技量次第なのだけど。それでも、世間では文盲や計算のできない大人も多い中で、それだけでもできれはいくらか優位ではある。ただ、そもそも孤児であることのハンデはとんでもなく大きい。
アタシが12才になるまでに、自分の外見が人並みであることは分かっていた。やはり見目麗しい子どもは、12才になるまでに孤児院からいなくなることが多い。運が良ければ商家の養子に、貴族の使用人ということもある。悪くて平民の商家に使用人としてもらわれていく子どももやっぱり、見た目が良いか、頭が良いかのどちらかを備えていれば早く引き取られて行く。
アタシは色が白いわけでなく、髪の毛が金髪でなく、目の色が青や緑ではなく、手足が長くてスタイルが良いわけでない、ごくごく普通の十人並みか、少し劣るくらいの外見を持っていることを分かってた。勉強は教えてもらえば、だいたい1度で理解することができた。しかし、もっと頭の良い子はいたから、格別自分が優れているようには思えなかった。平均の外見の平均の頭の中身の女の子には、世間に出て1人で生きていく術は何もなかった。
ただ、文字を読むことは意外に好きであったので、孤児院にある本や読み物は読んでいた。本なんて高価なものだから、数は少なかったけれど、そのお陰か、世間の荒波というものが自分にどう降りかかってくるか、少しは想像できた。
このまま孤児院から出されたとき、どう生活していけば、良いのだろう?どこかの貴族の家のメイドは最初から諦めているけれど、商家の召使い?それも競争ひどそうで、アタシには無理そう。娼家に住み込み?この外見じゃ、無理でしょ?身体だって12才としては人並みだけど、どうにもならなさそうだし。
途方に暮れているうちに、12才の誕生日(孤児院に拾われた日)が近づいてきた。そんなある日、院長先生に呼ばれた。院長室で言われたことは、隣の国の境の近くにあるという村に行かないか?ということ。
その村は、犯罪者の家族や家来、その子孫が生活する村だという。ナゼ自分が?と思っていたら、この孤児院から何年かに1度ずつ、数人の子どもをその村に送っているそうだ。孤児院を出て、悪の道に進むくらいなら、その村に送って特に悪いこともせず、死んでいってくれた方が良い、ということらしい。そうか、害になるくらいなら、その村に送って無難に生きてくれ、ということらしい。
アタシには、それくらいが適当だろう。どうせ、生きていた所で、何か良いことがあるわけじゃないし、かと言って悪いことをして生きているのもイヤだから。
ある日、院長先生に呼ばれて、明日その村に行く馬車が出るそうだから、準備しておきなさい、と言われた。準備と言っても私物はほとんどない。自分のものはパンツとシャツと服が3着だけ。それをカバンに詰めて支度は終わった。
翌朝、先生に連れられて、集合場所に行った。そこには身なりのちゃんとした親子4人、どこかの使用人だったような夫婦、孤児院の子が3人、それにアタシの全部で10人が集まっていた。しばらく待っていると、どこからかボロボロの馬車が3台来て、そのうちの1台にアタシたちが乗せられ、その村に向かって出発した。その村がどこにあるとか、何日かかるとか、何も説明もないまま、出発した。
アタシは孤児院の3人の顔は知っていたけれど、親しくしていたわけじゃなかった。それでも知っている3人と話をするようになった。3人とも、教えられていることはほとんど違いはないことが分かった。
馬車は日中は小休憩を挟んでひたすら進み、夕方が近くなると、町の中に入り、孤児院のような所で食事を取り、寝る。何か、乱暴なことをされたりするかと心配していたけど、何もされなかった。もしかしたら、騙されて奴隷とかになっちゃうんじゃないかって心配してたけど、この扱いなら大丈夫かなって思い始めた。
馬車に乗ってしばらくは話すこともあったけど、1日もだてば、何も話す事はなくなった。それに、大人たちがとにかく暗くて、何も喋らず、生きているのか死んでいるのか分からないような感じだったから、そんな雰囲気に飲まれてしまったし。
馬車が進んで、泊まる町がだんだんと小さくなってきたのが分かった。それで、だんだんと辺境伯領の辺境に進んでいるのが分かった。街道をすれ違う馬車の数も少なくなってきたし。
4回泊まって、いよいよ目的の村に着いた。
そこは辺境の辺境というのが、ふさわしい場所で、馬車を降りたら、一面の草原が続いていた。アタシは生まれてから領都の中から出たことがなかったから、いつも高い城壁に囲まれて育った。だから地平線というものを初めて見た。見渡す限りの草原を前にしたら、アタシはとても小さかった。
名前を呼ばれて振り返ると、そこには丸太の柵に囲まれた村のようなものがあった。その向こうには、これまた大きな、果ての見えない森が広がっていた。その村らしき物の中から、男の人がでてきて、アタシたちを中に入れた。
そこはとにかく、臭かった。アタシだって孤児院にいたから、身体を洗うのは週に2回だけだし、服だって汚れないと着替えないから、自分が臭うことはよく分かっている。それでも、ここは臭かった。一緒に来たみんなも顔をしかめて、鼻をつまんでいる人もいた。そこで、さっきの人が話出した。
「みんな、よく来たな。最果ての村にようこそ。知っている者もいるかと思うが、ここは辺境伯領の地図に載っていない村だ。だから、誰も住んでいないことになっているし、住んでいる者がいたとして、死のうが生きようが関係ない所だ。だからオレたちは最低限の生活で細々と暮らしている。
あんたらは領都から送られてきて、もう領都に帰ることはできないから、何としてでもこの村で生きて行くしかない。ここでは、みんなで支え合って生活しないと生きて行けない。周りは獣しかいないから柵の外では生きられない。今夜は、みんなの歓迎会を開くが、明日からは男は男、女は女にどうやって暮らしているのか聞いて、村に馴染んでいってくれ。それ以外に、ここで生きて行くことはできないからな」
と言われて、アタシと孤児院の女の子はアタシたちの家だという小屋に連れていかれた。
歓迎会というものがあった。村の全員が集まり、同じ物を食べる。ここの食事は孤児院よりもひどい。パンがなく、ジャガイモのふかしたものだった。そう、アタシがパンを最後に食べたのは、前の町で朝食に食べた硬い黒パンだった。それでも、ここの食事よりはマシだった。
アタシたちには、同じように領都の孤児院出身の女の人が付いて、いろいろと教えてくれた。アタシは、その日から考えるのを止め、村のルールに従うことにした。臭いにはだんだんと馴れていったし。
読んでいただき、ありがとうございます。




