ヨハネの腕試し4
ヨハネが脚をほどくと、相手は完全に失神していた。これは観戦者には衝撃的だったようで、仲間が駆け寄って「大丈夫か?」「どうした?」と声を掛けているが、反応ないようだ。結局ミンが出て行った。ほっておいても復活すると思うけど、ミンに治してもらったという安心感があるだろうし。
それよりオレはヨハネに聞きたいことがある。
「ヨハネ、今の技は、というかさっきから使っていたいろいろな技に名前はあるのか?」
ミンの治療を少し離れて立って見ていた、ヨハネは首を振り
「いえ、ありません」
と答える。これは誰かが生み出したか、伝えたものだろう。
「それなら、それは誰に習ったのだ?誰に教えてもらった?」
「これは昔より福音派の中で綿々と伝えられてきたものです」
「福音派の中で?外から教えられたものではないと?」
「はい。我々、福音派は金属の武器を持つことが許されませんでした。そのため、無手で戦うことが必要であり、仕方なく長老たちが編みだしたものと聞いております」
ブラジルのカポエラや沖縄の空手のようなものか?
「金属の武器がダメと言ったら石器くらいしか思い浮かばないけど?」
「その通りです。ですから少し前まで、ナイフの刃はみんな石で作っていました」
「石で作った!?信じられないけど、ヨハネが言うならホントだろう。それは今もか?」
「いえ、福音派の者がシュタインメッツ様に仕えるようになり、福音派に対する縛りが緩くなりました。金属製の武器も持つことが許されました」
「そうなんだ」
「はい。ですからかつては福音派の居住地を犯そうとする者に対しては、木や石の刃の武器を使い防衛しました。そして無手で相手を拘束し、倒すことが必要となったのです」
「だから戦闘というより格闘術が優れているのか?」
「はい、実は私も剣や槍を使うよりは棒や杖を使う方が得意なのです」
「でも弓矢も使えるでしょ?」
「はい、使えます。石の鏃の付いた矢を使っていましたから。しかし、今の金属製の鏃では狙い通りに矢が飛ぶので本当に助かります」
「大したもんだね。オレはヨハネと戦って勝てる気がしないよ」
「私がマモル様と戦うことは絶対にございませんから」
オレとヨハネの会話をみんなが聞いていた。ヒソヒソと「それなら組み合ったら、もっとダメだろう?」「でも剣も槍もかなわなかったぜ?」「なら、何をやってもダメだろう?」と言ってる。もう腕試しはいいだろう、このままいくと全員と戦うことになりそうだ。それで、
「ギレイ様......」
と言いかけた時、大公様が、
「ヨハネよ。サキライ帝国との戦いで透明な盾というものを使ったと聞いている。それを見せてくれないか?」
と言われた。思いもしなかった所から発言があったので、みんな大公様の方を見るが、直視するのは不敬なので、すぐに視線をさまよわせる。
「透明な盾ですか?私も見たいな。ヨハネ、見せてくれるか?」
ギレイ様も興味を持ったようで重ねて言われた、ヨハネはオレの顔を見るが、これはもうNoという選択肢はないから、頷くだけだ。
それを受けてヨハネは、
「分かりました。しかし、何かで攻撃して頂かないと、お見せできませんが?」
と言うと、ギレイ様はちょっと考えて、
「それは剣でも槍でも良いのか?矢も通らないのか?」
と聞かれた。まぁ、それは当然の質問だろうな。ヨハネは特に何も言わずコクンと頷いたので、物理的にも大丈夫だってことだろうが、どんな力でも防げるってことはないだろうけどね。
『Defend』
と小声でヨハネが唱えた。誰にも見えていないようだけど、オレには見えてる。白い半透明な板がヨハネの頭の上に生まれた。それが徐々に広がっていく。平然とした顔をしているけど、維持しているのは大変なんだろうな、頬に汗が流れている。早く始めてください、お願いします。
やっと準備が整ったようで(剣にするか、槍にするか、弓矢にするかって揉めていたから時間がかかってしまってた)、結局槍を持ったさっきとは別の「旗持ち」が2人出てきた。ヨハネは半透明の板を前に移動させた。
出てきた途端、
「「ええーーーい!」」
声は2人一緒に出たけど、なぜか槍の穂先はバラバラで突き出された。片方の穂先がグーーンとヨハネの所に伸び、あと少しでヨハネに届こうか?という所で止まった。もう1本の方はそれほどヨハネに近づかず止まっている。そして、白い半透明な板はパン!!と音はしなかったけど、砕け散った。たぶん、誰にも見えていないだろう。
槍があと少しでヨハネに届くという所で止められたことで、周りからは「惜しいなぁ!」「あと少しだったのにー」とか残念そうな声が聞こえている。ミンだけが
「危なかったね?」
とヨハネを心配している。うんうん、ミンは良い子だ。頭を撫でてしまう。やっぱり撫でられて嬉しいのか、オレを見上げてニコッとしている。
ともかく、ヨハネは『Defend』が解けた途端、膝をつき肩で息をしている。やっぱりあんだけ戦って休む暇なく呪文を唱えて云々なんて負担が大きすぎるんだよ。
そんなヨハネを見て、次は自分がやってみたい!って立候補しているヤツもいるし。ギレイ様は無言のままなんだよ?それなのにヨハネの弱ってるのを見て、それにつけこもうなんて、大公様の従者としては失格なんじゃないかと思う、言えないけど。
ヨハネが弱っているということを知ってか、大公様が
「マモルも同じものが使えるのか?サキライ帝国軍との戦いで同じように使ったと聞いているが?」
と聞いてこられたので、
「はい、使えます」
と答える。ここは肯定しておいて、ヨハネと交替する方がヨハネのためだろうし。
「それならマモルのモノも試してみようか?」
とおっしゃるので、ここは
「どうぞ」
と答えるしかない。中庭に出て行き、ヨハネの肩をポンと叩いて、手を取り立たせる。近くで見るとヨハネはかなり汗をかいていた。もう限界だったんだろうな。それを大公様が気づいて、助け船を出してくださったのかも知れない。
ただ大公様とギレイ様が何かゴニョゴニョと話をしておられる。たぶんオレに何をぶつけるか?という相談なんだろう。
ギレイ様がこっちを向いて、
「マモル、何でも良いか?」
と聞かれるので
「はい、何でも」
と即答した。この宿舎にあるようなモノなら、一応何でも大丈夫だろう。まさか馬に蹴らせるなんてことはないだろうし。馬が蹴ろうとして、脚と一緒に脱糞したなんて悲惨な状況は体験したくないから。もちろん、糞は防いでもどこに飛び散るか分からないんだから。
しばらく待っていると、見覚えのない筋肉隆々の男が2人やってきた。2人で大石を抱えてきた。2人ともかなり重たいのか汗をかいている。この2人は従者の中にいなかったよな?
「コレを今から投げさせるので、受け止めてくれ」
ギレイ様がシラッと言われる。
「ハイ」
と答えたものの、どうすりゃいいんだ?という気持ちになる。受け止めるって、バリヤの上に載せて持ちこたえればいいのか、それとも載せて弾けばいいのか、どういうことを期待されているのだろう?
期待値が分からないけど、とにかくオレ自身にダメージが残らないということが分かればいいんだろうと思い、『Defend』と小声で唱えて準備し、
「いつでもどうぞ」
と言うと、大石を持った2人がゆっくりと近寄ってくる。2人でやっと持って来ているのを、オレにぶつけるってどういう考えなのかって思うよ。もしオレが耐えきれなくて潰れてしまったらどうするの?それだけオレは信頼されているっとことなんだろうか?ミンがいるから大丈夫だって?でも治療する前に石をどけなくちゃいけないのよ?
バリヤは少し前に傾けて表面の摩擦抵抗値を極力下げてみた。下げてみたと言っても、気持ちの上の話で、確かめようがないんだけど。




