ヨハネの腕試し2
ヨハネが元の位置に戻る。一戦済ませたが、何もなかったような澄ました顔をしている。もちろん汗一つかいていない。こういうのはギャラリーから見ると腹が立つんだろう。ヨハネ推しはオレとミンだけで、他はみんな対戦相手に勝って欲しいと思っているんだろうし。そもそも仲間で、ずっと一緒に旅してきたんだから。オレとヨハネとミンはハルキフから離脱して遅れてきたように見えているはずだし。
ヨハネは前と同じく、まるで警戒していないように腕をだらんと下げている。今度はヨハネの動きをちゃんと見ないといけないぞ。
ギレイ様が右手を上げ、
「はじ......」
と言ったとき、ヨハネの姿がグラッとしたと思ったら、ぶれた。残影?のようにコマ送りで動くのが見える。止まった、と思ったとき右手の剣が真正面から相手の喉元に突きつけられていた。相手は剣を引き上げようとしていたが、その間もなかった。
「スゴい!」
ミンが声を上げた。声を上げたということは、見えてたということか? オレが辛うじて見えたのをミンも一緒に見えてたのか?
「止め!」
ギレイ様の声が掛かり、ヨハネが一礼して下がった。快勝、ということだが、ギャラリーは不満持ってそうな顔をしている。やはり、打ち合いあって決めるというのを見たいだろう。そういう気持ちを持っているんだろう。正々堂々試合をしているとは受け取ってもらえていないかも知れない。
次の男が出てきた。顔は知っているけど名前は知らない。もう「知り合いA」で良いような?出てくるのは筋肉モリモリの筋肉だるまのような者はおらず、だいたいがすらっとしている。もちろん適度に筋肉を付けていて、戦闘力も標準以上に持っているんだろう。これなら何人出てきても同じだろうと思ったらギレイ様が、
「ヨハネ、オマエが先手を取れば強いのは分かったから、打ち込まれてどうなるか見せてくれ」
と言ってきた。要は、打ち込まれてみろということだ。その意を汲んだんだろうけど、ヨハネは
「はい」
とだけ答えた。表情一つ変わらない。
さて対戦相手の「知り合いA」が剣を振り上げ、上段の位置に剣を取る。そこで気力を貯めているのが分かる。それが十分貯まったとおぼしき時ギレイ様が、
「はじめ!」
と叫ぶ。それを待っていた「知り合いA」は裂帛の気合いというのか、キエエエェェェーーー!と大声で斬りかかる。そんなに大きなアクションでどうするんだよ?とオレは思ったのだが、他のギャラリーは不思議に思っていないようだが。
当然だが、ヨハネはヒョイと横に避け、「知り合いA」をやり過ごす。別に手に持っている短剣で受けてもどうということはないと思うが、受けるだけ無駄と思ったのだろう。ギレイ様の顔を見ると頰がピクッとしている。やっぱり残念に思っているのでないだろうか?
「知り合いA」はヨハネに避けられて、誰もいないところに剣を振り下ろしたが、そこで転びもせず向き直り、もう1度剣を振り上げ、ウォォォーー!!を叫びとも気合いとも分からないような音を出しながら、ヨハネに斬りかかった。ヨハネはもう1度避けるかと思ったが、両手で「知り合いA」の手首を掴んで、身体をひねって「知り合いA」を担ぐようにして一本背負いもどきに投げた。
ドン!!と「知り合いA」が床に落ちた音が響く。「知り合いA」は受け身を取ることなく(受け身を知らないと思うし)そのまま床に背中から落ち、バウンドした。
ギャ!という悲鳴が出た。さっきの気合いの一声と同じくらいの大きさ。床は石畳だから、もしかしたら骨が折れたかも知れない。
「ミン、行け!」
「うん!」
ミンはヒョコッ、ヒョコッと歩いて行く。うーーん、ちょっと不自然な歩き方、ではある。
「知り合いA」は起き上がれず、ヨハネが具合を聞いているようだが、心配するな、というようなことを言ってるらしい。でも起き上がれない。ミンが側に行って、患部?に手を当て呪文を唱えると「知り合いA」の身体がキラキラと光に包まれる。ギャラリーから「おぉーー!」という声が上がった。
「知り合いA」は何が起きたか?というような顔をして首を振りながら立ち上がる。ミンには満面の笑顔で感謝の言葉を伝えているようだ。ヨハネに負けて遺恨が残るなんてことはなさそうで良かった。ただそれを見ているギレイ様は結構渋い顔をされている。あれはきっと、出てくるのがどいつもこいつも、ヨハネに触ることさえできないからだろう。そのためか、
「次!」
という言葉に少しだけ怒気が混じっていたように感じる。その声を聞いてミンがひょたひょたと帰ってくる。ヨシヨシと頭を撫でると、今日は怒りもせずそのままオレの肩に頭を載せて来た。
次に出てきた「知り合いB」は短い剣を持っている。彼は確か、大公様の馬車の護衛で馬に乗っていなかったかなぁ。そんな役目柄、もちろんシュッとしてイケメンである。何と言っても常に目立つ位置で大公様の馬車を護衛するのだから、武技以上に見た目が必要である。
馬に乗っているから槍とか弓矢が得意とかいうことはないんだろうか?剣も槍も弓矢も使える万能型なんだろう。オレはというと、槍や弓矢はからっきしなんだけど。今回もやっぱり、ヨハネが受け返す、後の先というヤツだろうか?
「はじ......」
ギレイ様の声が終わらないうちに「知り合いB」はヨハネの元に速攻で飛び込んだ。剣は脇に矯めたまま突き出してきた。目にも止まらぬ、というのが初めて出てきた。こういうのが出て来ないとダメだろう。
ヨハネと「知り合いB」がガツンとぶつかって、動きがなくなった。「知り合いB」の突き出された剣をヨハネが剣で受けつばぜり合い体勢になったようだ。「知り合いB」の剣をヨハネの剣が押さえているようで、ヨハネの顔は相も変わらず無表情のままなのに、「知り合いB」は顔が真っ赤になってきている。額の血管が浮き出てきている。血管が切れるんじゃないか?切れてもミンがいるから問題ないかも知れないが、後遺症は残るかも知れんぞ。
「知り合いB」はヨハネの剣を跳ね上げようとしているが上手くいかないようで、バックステップしたらそのままヨハネにくっついて来られ、さらに後ろに下がろうとしたとき、ヨハネに足を踏まれてバランスを崩して、後ろに倒れた。
頭を床にぶつけ、ゴツンという音がした。ただ転んだだけなら、くるっと転がれたんだろうけど、勢いのついているところにヨハネに足先を踏まれて、こらえようとしたとき、踏まれた足が離されて転んだ。もしかしたら見えない所でヨハネが押したかも知れない。
「大丈夫か!?」
ギレイ様から声が掛かる。ヨハネも、自分の思っていた以上の転び方だったからだろうが、心配そうに駆け寄った。ミンはオレが言う前に飛び出していった。
「触らないで!」
「知り合いB」に駆け寄り、触ろうとした仲間を制し、ミンが側に寄って額に手を当てる。呪文を唱えると、「知り合いB」の頭がキラキラと光り、「知り合いB」がゆっくりと目を開けた。「知り合いB」が何か言おうとするのをミンが手で制し、「知り合いB」の頭をゆっくりと持ち上げ正座した自分の膝の上に載せる。そしてもう1度呪文を唱える。キラキラキラと幾分長く光が煌めいた。
ミンが
「ゆっくり起き上がってください」
と言うと「知り合いB」はゆっくりと起き上がる。「知り合いB」を心配して集まった者たちから歓声が上がる。
「何ともないか?」
とギレイ様が聞くと、
「大丈夫です。何ともありません」
と答えている。ミンにキラキラ笑顔で礼を言っているようだが、ミンはすでにオレの女なんだぞ。その笑顔は無料だと思うが、宿舎のメイドさんたちにでも分けてくれ。
そう思っていても、ミンは少し頰を染めて戻って来たが。




