国境を越える
草原の中に真っ直ぐ続く道を走る。
走る、走る、走る、30分も走ると向こうに人影が見えた。よし!村のみんなだ!でも、やっぱり狼の群れが近くを回っている。せいぜい10mほどの距離しかない、魔力が尽きかけているのか?
狼の群れの中に飛び込んで、3頭斬り捨てる。返す刀(剣だが)で、もう3頭斬る。まだいるか、ダッシュで飛び込み、残りの子どものような狼を数頭斬り、辺りを見渡すと、村のみんながこっちを見ていた。ホッとしたような顔、泣きそうな顔、色々見えるけど。あれ、少ないよね?あの村なら100人くらいいたと思うけど、これは全部で30人くらいじゃないの?
「マモル、助かった!」
おっと、バゥが声を掛けてきた。あれ、ジンは?ジンがいないぞ?
「バゥ、なんか少なくないか?これで全部か?」
「そうだ、来たのはこれで全部だ。半分以上は村に残ったんだよ」
「え、残ったのか?」
「そうだ、残ったんだ。まあ、歩きながら話そうや。早く合流したい」
「そうだな、あとお守りは誰が持っているんだ?もう魔力が尽きかけていたんだろう?オレが持つよ」
「おう、すまんな。ノン、マモルに渡してくれ」
集団の真ん中の方から、ノンが出て来てお守りをオレにくれた。あぁ、やっぱりノンとミンが持っていたのか、よく今まで魔力が持ったものだ。お守りに魔力を流すと、周りの空気が変わったように感じる。静謐さというのか清浄さが加わったというのか。
歩きながらバゥが説明してくれた。
あの村を捨てて、隣の国に移ろうとジンが話をしても、残ると言う者が半分以上いたそうだ。ジンから、残っていても命の保証がないこと、今よりさらに悪い未来しか見えないことを説明しても分かってくれず、どうせ死ぬなら生まれたときから生活している村で死にたい、と多くの村人が言ったそうだ。移住しても良いと言ったのは、ノンのように孤児院出身で領都から移って来た者、主人や家族が犯罪を犯し、この村に流されてきた者だそうだ。たぶん、国から辺境伯領から一度ひどい目に遭っている者は、このまま村にいるよりは、新しい場所で一からやり直したいと考えたらしい。
説得する時間もろくになかったから、残る者と移住する者が分かれたので、残る者をまとめるためジンが残り、移住する者はバゥが率いて来たのだそうだ。婆さまは年だから村に残ることを選んだそうだし、アンは生まれ育った村で、他に行って何かできることが考えられないということで残ることを選んだそうだ。
あの村と違う世界を知っている者は移住することを選び、あの村しか知らない者は残る。確かに、あの村しか知らないのに、まったく違う所で生きて行けと言われても、どうやって生計を立てていいか、なんて想像もつかないし、理解することもできないだろう。アンが残った、というのも自分で決めたことなんだ、オレとしては残念だけど仕方ないとしか言いようがない。連れて来れなかったバゥを責めることもできないし、残ったアンを責めることもできない。
まったく文明から遮断された人間が、いきなり日本に来たって、生活できないのと同じだろう。こんな所に日本人が、ということで世界の驚くような辺境に暮らしている日本人を訪ねるテレビ番組があるけれど、その辺境に住む日本人は自分で納得して準備して移住しているけど、今回みたいにある日突然、どこどこに行って暮らすよ、と言われてもハイそうですか、と言って行けるわけがない。
もし、異世界ノベルの主人公なら、と久しぶりに思った。
主人公なら、チートなヒーローなら、必ずアンを迎えに行くんだろうな。迎えに行って、行きたくないと言う村人の気持ちを翻らせて、超常な能力使って楽しく生活できるようにするんだろう。10人でも百人でも千人でも、何か適当に住まいを創造して、職を見つけて、おかしく楽しく生活できるようにするんだろうな。でも、オレにはそんな能力ないし、今ここでアンを迎えに行くと、この30人くらいの人たちはみんな死ぬことになるだろう。
オレのわずかばかりの感傷に引きずられて、この人たちを犠牲にしちゃいけない。残った人たちも必ず、みんな殺されるということが決まったわけでもないし、自分で選んだ道だから、オレがどうこう言って責任持てるわけでもない。
今はとにかく、この人たちを宿場まで安全に移そう。
バゥは申し訳なさそうに話をしていたが、オレが納得した顔をして、やっと明るい表情を浮かべた。やはり、村を出たときはノンもミンも魔力がたっぷりあったけど、配分が分からないので1時間もすると魔力が不足してきてノンからミンに替わり、ノンが休み、ミンが疲れてきてノンに替わりして、そのサイクルがだんだんと短くなってきて、いよいよダメか?と思っていたところにオレが来たそうである。危なかった。魔力電池みたいなものがあればいいなぁ、と考えると、そうだ魔石がそれか!と思ったけど、どっちも聞いたこともみたこともない。そんな知らないものに期待したって、ダメだよね今は。
オレも魔力の加減というものが分かる訳もないので、とにかく余り魔力を入れすぎないようにして歩く。目安はオレを狙っている狼どもでヤツらが30mくらいの距離を保つようになるよう保つ。1時間も歩いていると、煙が見えてきた。余り風がないのであろうが、割とまっすぐ上の方に上がっている。煙を見て、みんな元気が出てきて足取りが早くなった。
そうすると、みるみるうちに向こうの人が、大きく見えるようになってくる。やっと馬車や人が判別できるようになり、向こうが手を振っているのが分かるようになってきた。こっちから子どもが走り出そうとするが、さすがにそれは危ないので親が押さえつける。オレが合流してから1時間半ほどで、やっと迎えの馬車に合流できた。
村から引いてきた荷車に載せていた麻袋を馬車に移す。麻袋には胡椒とチョウジの実が入っているはず。移住した先で、これらの実を植え、生育させていくつもりだ。少しでも生活の糧になれば良いと思う。あとは、子どもを乗せる。君たち、本当によく歩いてきたね。
そこから3時間弱で宿場に着く。途中、またもや野牛が近づいてきたけれど、さすがに今日は狩りをするわけには行かないので、無視する。ただ、みんな牛肉を食べたそうな顔をしていたけど。
宿場に着いて、村のみんなを中に入れる前に、1人ずつ『Clean』をかける。もう、ここにいる者はオレが魔力を持っているのが分かっているし、この位の魔法を使ってもいいだろうと思ったから。でも、人によっては何をされているのか、まったく分からないといった感じだったりするが、さすがのノンとミンは分かっていた。魔法をかけられるという感触に身体が反応していた。
お迎えの中で一番偉そうな人が出て来て
「村の者たち(あ、あの村は名前がないから、これしか呼びようがないのか)、よく来てくれた。オマエたちの命の保証は、この私、ヤロスラフ王国男爵のメングリ・ギレイが保証するから安心してくれていい。今日は休んで、明朝移動する。今夜はささやかだが夕食を用意した。旅先なので、腹一杯という訳にはいかないが、食べてくれ」
あの人、男爵だって。オレに準騎士爵くれたから、上司ってことだろうか?もう、タメ口きくわけにはいかないよな、以後気を付けます。
夕食は黒パンと肉野菜スープだった。それでもオレには村の食事より、豪勢な夕食だ。村の人たちにとっても、黒くて硬いパンでも、パンはパンらしくみんな喜んでいる。中には涙ぐんで食べている人もいる。子どもはそんな大人の姿を見て、きょとんとして食べているけどね。大人の人は領都に住んでた人がほとんどみたいだから、パンを主食にしてきたんだろうけど、あの村に送られてジャガイモが主食になり、パンを食べることできなくなったようだ。オレだって、ポリシェン様に連れられて、ミコライの町の宿屋で黒パン食べたときは感動したから。
夕食が終わって、さあ寝ようか、という頃になって、外でウォーーーーン、ウォーーーーーンという狼の遠吠えがあちこちで、この宿場の周りでし始めた。時折、柵をガリガリ削るような音もしている。どうしたもんかなぁ、と思っていると、バゥがやってきた。
「マモル、やたら狼どもがうるさいが、少し数を減らすか?」
「え、どうやって?」
「オレが矢を射るから、オマエが斬る」
何それ、それって作戦でも何でもない、単なる方法を説明しているだけでしょ?それに、バゥは高い所から矢を射るけど、オレは狼の群れの中に飛び込んで斬るってことで、オレだけが危険なんじゃないですか?何という人使いの荒いことを考えるのか?
「さっき、ギレイ様に話して許可をもらってきた。マモルならできるだろうって言われたしな」
止めてください。
とにかく、作戦?を実行することにした。とりあえず、オレは柵の上から飛び降りることになったが、いきなり狼の群れの中に飛び降りるなんて、無茶はできないので、狼のいないところに降りて迎え打つことにする、のだが、オレが移動する所に狼がやってきて、狼の密度の低い所ができない。
狼ホイホイのオレとしては、もう降りるのは止めにして、石を拾う。バゥや矢を射て、オレは石を投げることで、狼を蹴散らそう!今日は月も2つ出て、おまけに2つとも満月だから、よく狼が見える。柵の上にある台の上にバゥと登る。下ではギレイ様たちがニヤニヤ見物しているよ。
とにかく、台の上にいると狼たちが集まってきて、ワンワン?ウォン、ウォン、オレ目がけて吠えまくる。さすがにバゥも呆れて
「マモルはこんなに狼に好かれるとは知らなかったぞ。最初にマモルが現れたときも狼の群れに囲まれたが、マモルはどこに行っても狼が付いて来るんだな。狼の肉なら不足しないぞ!」
「バカ言ってんじゃないぞ。始めるから」
と、振りかぶって第1球を投げる。豪速球が狼を襲う!カーーーーーンっと狼を直撃、狼が吹っ飛んだ。これにはオレも驚くが、バゥも驚いて
「マモル、すげえな。こりゃ矢がもったいないから、マモルの石だけでやっちまえ。もら、ギレイ様たち、一緒に見ましょうや、面白い物が見れますよ!」
バゥが勝手なことを言ってるけど、無視して第2球投げるーーーー!ビューーーーーン、カーーーーーーン!パチパチパチとギャラリーの拍手。第3球投げるーーーーービューーーーーン!カーーーーーーン!パチパチパチとギャラリーのさらに大きい拍手。これは面白い、第4球な・げ・る!ビューーーーーン!カーーーーーーン!第5球・・・・・・・と続けて続けて、第8球で、狼は遠く離れて行った。
ギャラリーの皆さんは、もっと見たかったようだが、狼いないんじゃできないし。
「ギレイ様、狼の死体はどうしますかね?」
「いくら明るいからといって、今取りに行くわけにいかないだろう?」
そりゃ、そうですから。
「あの、お守りを持って取りに行く、というのはどうです?」
それ、誰がするんです?アンタじゃないですよね?
「それは無理だろう、あのお守りは夜は効果が低くなると言われているんだ」
おっと、そうですか?
「もったいないですね。こんなにたくさんの狼の肉があるのに」
「大丈夫さ、明日になれば、またマモルが道中、獣を狩ってくれるから」
おい、バゥ!フラグを上げるな、フ・ラ・グ・を!
「まぁ、明日は移動だから、もう寝ろ」
そうですね、みんな休みましょう。ということで、バウとテントに戻る。
朝になると、狼たちはいなかった。代わりに骨と肉が残っていたので、獣が来て食べていったのだろう。おっかない食物連鎖ですね。
さて、いよいよ隣の国に向けて出発する。お守りはオレに渡されていないから、隣の国の中の誰かが持っているんだろうな。宿場から出ると先は一面の草原で、真ん中に道が続いている。ギレイ様の言うには半日ほど行くと、川があってそこから向こうが隣の国になるそうだ。言われるまま進むと、川幅が500mもありそうな川があった。今は渇水期だそうで、ほとんど水が流れていないので、馬車が窪地にはまらないようにして進む。向こうに獣が見えるけど、こっちにやって来ないのはお守りのせいかな?
かなり太陽が傾いてきて、もうすぐ日暮れ?と思う頃にやっと町が見えた。あれはオーガという町だそうで、その先にギーブという領都があるそうだ。そこに『降り人』がいらっしゃるそうで。
みんな、やっと目標の町が見えたので、見るからに元気が出て来たよ。町が大きくなってきて、門の横に人が立っているのが見えた。ギレイ様が槍を振ると、向こうも槍を振って応えてくれた、良かったよぉ。
どんどん、進むスピードが速くなり、あっという間に着いてしまった。門の中に入ると、ミコライの町よりは大きい町のようだ。ギレイ様に先導されて、通りを進み、宿舎のような所に止まった。
「ごくろうだった。今日はここに泊まる。着替えも用意してあるから、今晩はゆっくりしてくれ」
おぉ、という声がみんから上がって、順に中に入っていく。まともな宿舎でみんな嬉しそうだ。
「マモル、ちょっと来てくれ。オマエは別に会わせたい人がいるんだ」
ギレイ様に手で、来い来いと呼ばれて行くと、そう言われた。
「この姿で良いんですか?」
オレの姿はきっと、古墳時代か飛鳥時代の庶民の服装ですよ?この町の人とは明らかに違ってますし。
「それは大丈夫だ。マモルの部屋に着替えがあるから、着替えたらまたここに来てくれ。一緒に行こう」
案内された部屋にはベッドと机があって、言われた通り、着替えがあった。ちゃんとこの町に住む人たちより、ちょっと良さげな服、だと思う。
着替えてギレイ様のところに行くと、外に待ってた馬車に乗せられ、どこかに行く。
「すみません、どこに行くんですか?」
「あぁ、領主様がこの町に来ておられるのだ。今から領主様のところにマモルを連れて行く」




