斉藤さんと堀田さん
宿舎に戻り、大公様とギレイ様たちはそのまま会議になり、オレはまた自由時間になった。
新皇帝即位式まで4日になっているが、当日オレが何をすればいいのか、まだ聞かされていない。たぶん宿舎で待機していれば良いのだろうと思う。オレが必要とされるのは武力の方だと思うから。
そう考えると、そもそもオレは何のために大公様に付いて来たのだろうと思う。イワンを連れてきたのは、イレギュラーな出来事で、オレがハルキフで具合が悪くならなければ起きなかったことだと思うのだが、もしかしたら具合悪くならなくても、大公様より遅れてイワンを連れて来い、と命令されていたのだろうか?
考えれば考えるほど、頭の中がこんがらがってくる。そうは言っても、現在の状態では何かできることもなく、ただ指示を待つだけだ。
翌日の午後、オレに来客と言われて玄関の外に出ると斉藤さんと堀田さんが来ていた。ミンを診てもらい、その後、ミンの具合も良さそうなので、外に出て宿舎の近くの食堂に入りお茶にする。
紅茶を注文してすぐ、斉藤さんから、
「マモルくん、ヤロスラフ王国との戦争のこと、何か聞いていない?」
といきなり聞かれた。何を突然!と思いながら堀田さんの顔を見ると、真剣な顔つきでいる。そもそも、いつもゆる~い感じの斉藤さんがこんなこと聞いてくること自体、異常なことなんだ。
「特に何も聞いていませんが。我々は宿舎に籠もりっきりになっていて、外からの情報遮断されているようなものなので、何も入って来ないのですよ。お二人は何か聞かれていますか?」
斉藤さんと堀田さんは顔を見合わせる。そして斉藤さんが、
「私たちも何か知ってるわけじゃないし、政府の方から何か発表あるわけじゃないけど。でも、何も聞かされないから不安なのよ。いつもは主人が引っ張られていったら戦争が始まる兆候なんだけど、しばらくすると必ず、どこどこで勝ったとか、どこどこを占領したとか、景気のいい話が聞かされるの。でもね、今回はそういうのが一切ないの。
それでね、街の噂じゃ、ヤロスラフ王国に行った帝国軍が苦戦しているんじゃないかって、言われてるの」
斉藤さんは声を潜めて、
「大きな声で言えないし、もちろん人前じゃ言えないんだけど、ヤロスラフ王国の王都攻防戦は一向に進まないとか、ヤロスラフ王国のどこかで大敗したとか言われているのよ。それに戦死者の遺骨がボチボチ帰って来てたり、傷病者が戻されてきたりしているから、ヤロスラフ王国内で戦闘が起きてることは間違いないの」
と言う。それを受けてオレは、
「でも昨日、宰相に会って来たのですが、その時宰相は、帝国軍は条約あるからゼッタイにヤロスラフ王国内に攻め入らないと言ってましたよ?」
と言うと、斉藤さんは顔の前で手を振りながら、
「まさかそんなこと信じてるんじゃないでしょうね。宰相なんて、政府の中の一番の古狸って言われてて、ホントのことなんて、100個の発言のうちの1個もないと言われているんだって。だからさ、宰相の言うことなんて信用できないわ。逆に、その発言をひっくり返して、攻め込んでます、と言う方が信じられるわ」
それに堀田さんが頷いて、
「北や西の紛争については、勝った勝ったという勇ましい話が下りてきているの。でも肝心のヤロスラフ王国の戦闘については何も聞かされなくて。ごめんなさいね、マモルくんたちとは敵同士なのに、こんなこと言って。マモルくんの村は帝国の国境からずっと離れているのでしょう?だから私の夫が行ってるということはないと思うけど」
と心配そうに言う。それはその通りなんだけど、国境から離れているから安全ということはないと思う。そういうフラグを上げてはいけないんだよなぁ。
などと思っていると斉藤さんから思いも寄らぬことを言われた。斉藤さんは一段と声を潜めたので、4人で頭を付き合わせるような体勢になる。横の斉藤さんの頰が触れそうなくらいになるし、正面の堀田さんとキスしそうな(するわけないけど)くらい近づいている。ミンはこれ幸いと頰をオレの頰に当てている。そしてオレの手を握ってる。
「ねぇ、マモルくん。もしさ、もしなんだけど、私たちがこの国からマモルくんの所に引っ越したいと言ったらどうする?」
「はっ?」
斎藤さんの顔が見たことないような真剣な顔になっている。
「だから、もし、私たちがマモルくんの村で暮らしたいと言ったら、受け入れてくれないかな?」
「それは、亡命するということですか?」
「そう。グラフ総監やシュタインメッツ本部長みたいにということよ」
「でもお二人はダンナさんやお子さんがいるんでしょう?」
「うん。もちろん、今のままなら行かない。もしダンナがウンと言ってくれれば一緒に行くし、もしダンナが死んだりしたら、子ども連れて行こうかと思ってるんだけど」
正面の堀田さんも頷いている。
「でも、グラフさんやシュタインメッツさんが来たからって、お二人が来れるとは限りませんよ?」
「分かってる。可能性を知りたいだけ。最近のダンナの従軍ぶりを見ると、今度は無事に帰ってこれないんじゃないかって、出てくたびに思うの。今回は特にそうだし。私のところにも千芳子のところにも家を出て行ってから、一度も便りがないのよ。こっれってホントにおかしいから。今までこんなこと、なかったのよ。だから不安で仕方なくて」
斉藤さんの言葉に堀田さんも、
「そうです。桂子が言うように軍の検閲はあっても、元気でやってる、くらいの便りはあったんですよ。それが、今回は行ったきりで。よほど遠くに行っているのか、便りも出せないような状況なのか、考えれば考えるほど不安になります。だからいっそ、ヤロスラフ王国に移った方が気が休まるかと思いまして」
としんみりとした口調で言う。
「お二人の気持ちは分かりました。でも、帝都からウチの村に来るまでの旅費は自腹ですよ?余計なお世話でしょうけど、蓄えはありますか?」
それを聞いて斉藤さんがオレの顔を覗き込んできた。すっごく近い、息が感じられる。
「ねぇ、どのくらいお金、かかると思う?歩いていくわけにいかないだろうから、馬車移動だろうけど」
と聞いてくるけど、
「いや、それは分かりません。そもそもオレは自分の金で旅行してないですから。2回とも大公様に従って来ているだけですし。いくらかかるなんて分かりません。せめてハルキフまで来て頂ければ妻の実家がハルキフにあるので、そこまで来てもらえばなんとかなるような気もするけど。でも、帝国の中で移動の自由ってないでしょう?住まいを都市から都市に変えるのは、誰からか承認もらわないといけないのではないですか?そんなこと、オレが心配するようなことではないでしょうが」
と言いつつ、きっと無理なんだろうな、と思ってる。たぶん、2人ともそれは分かっていると思うけど、万が一のときの保険を掛けておきたいんだろう。
「とにかく、もしいらっしゃるなら歓迎しますよ。たぶん、お二人なら治癒が使えるので、誰も文句は言わないと思いますが。でも帝国だってお二人ような貴重な人材はきっと離してくれないと思いますよ」
オレの言葉に斉藤さんは肩をすくめて堀田さんを見ると、堀田さんも頷いている。
「もし、そんなことがあったら、頼みます、ってことよ」
斉藤さんが締めくくった。




