ポツン村の戦い20
大公軍は無数の松明を掲げながら、急ぐようでもなくポツン村にやってきた。
黒焦げの未だ熱を帯びている土地を前にして、軍は停止し、中から数人の兵が出てきた。帝国軍の死者を避けながら、ポツン村に歩いてくる。
正門の上にいる者は、緊張しているが全身に広がる疲労感がハンパない。ミワ自身、何をしたわけでもないのだが、手足に重りが付けられているように重い。ハシゴをつたって下りると、ユィモァ、そして目覚めたスーフィリアも降りてきた。誰もが顔色が悪く、目の下にクマができている。
正門の前に座り込んでいたヤナーチェクがやってきた一団を見て、
「ネイ、遅いぞ!もう終わったところに来やがって!どれだけ大変だったか、分からないだろう。全滅しかけたんだからな!」
と怒鳴る。大公軍の先頭の者が、
「済まない。これでも薄日が差した頃に出発したんだ。いくら道があると言っても、真夜中の移動はできなかった。申し訳なかった」
と頭を下げた。そのネイと呼ばれた者が、ヤナーチェクの手を取り立たせる。ヤナーチェクのズボンについた埃をパンパンと叩きながら、
「えらく多い帝国兵の死体だな。それに黒焦げになった死体も多い。黒焦げになったのも帝国兵のものか?」
「そうだよ、この村の領主の第2夫人の呪文によるものだ」
「スゴいな。こんな呪文を使えるのは、見たことも聞いたこともない。これが使えるのなら無敵だろう?」
「そうだ、無敵だろうな。だがな、命と引き換えなんだよ。私にはよく分からないが、大勢の命を奪う代わりに自分の命を差し出すということらしい」
「と言うことは、この呪文を行使された第2夫人は亡くなられたというのか?」
「そうだ。ちなみに、昨日の昼に同じように呪文を使われて第3夫人が亡くなられたそうだ」
「なんと......スゴいな。タチバナ男爵の第2夫人と第3夫人が1日で亡くなられたのか」
「ネイは知っているのか?」
「ああ、面識はないが見たことがある。ギーブの町の復興を祝って、ギーブに集われたときにな」
「そうか。(近づいてきたミワに気づいて)ネイ、この方が第4夫人のミワ様だ。第2、第3夫人が亡くなられたので、実質第2夫人になられたけどな。」
とヤナーチェクがミワを紹介したのでミワは、
「ご紹介にあずかりました、ミワ・タチバナです。助けていただきましてありがとうございました。ただ今、正妻のカタリナを呼びにやらせましたので、しばらくお待ちください。あの、もしよろしければ、この村の反対側に帝国軍が待機しています。可能ならば、それをやっつけてもらえないでしょうか?さっき逃げていった帝国軍も、それに合流すると思うんです、きっと。ですから、申し訳ないですけど、帝国軍を追っ払っていただけないでしょうか?私らにもう力がないくて......」
ミワの言葉にネイは
「向こうに帝国軍がいると!分かりました、すぐに行動します。おい、準備しろ!ミワ様、カタリナ様がいらっしゃるということですが、帝国軍との戦いを優先したく、そちらの方に向かわせてください。こうしている間にも体勢を整えているやも知れず、早く打ち破りたいと思います。
申し訳ございません、これで失礼致します」
とネイとその部下は踵を翻し、軍に戻って行った。それを見て、ヤナーチェクはも一度座り込んだ。
「やっぱりネイよ、ネイ。マイケル・ネイ!あいつやっぱり来たんだ」
柱の陰から顔を出し、ユィモァ、スーフィリアがネイの後ろ姿をみていた。
「あいつ、きっと間に合わせるつもりなかったのよ」
とモァ。
「そうよ、なんとしても村を助けるつもりなら、夜中に走ってこれるはずだもの」
とユィ。スーフィリアは無言。ヤナーチェクが振り返りユィモァの方を向いて、
「ラウラ様とミオナ様がいらっしゃると知っておれば、夜も移動して駆けつけたと思いますよ。しかし、それを知らせるわけにもいかず、ヤツはヤツなりに急いで来ましたから、勘弁してやってください。私もお二人がいらっしゃったので、無理しましたし」
ユィがほっぺたと膨らませて、
「ヤナーチェクは何を頑張ったの?」
「最後に敵陣に飛び込んだじゃないですか?あんなことは普通やりませんよ。あそこに敵の1番偉いヤツがいそうだったので、無理矢理突入しましたよ。と言ってもラウラ様がいらっしゃらないと無理でしたが」
「飛び込んだけど、偉い人はいたの?」
「いましたよ。中佐という階級だと思います。たぶん軍の全体を統括するくらいの人間ではないでしょうか?後でギーブに帰ってからシュタインメッツ様に聞いてみないと分かりませんけどね」
「そう、良くやったわ。ごくろうさま」
「そう言っていただけると光栄です」
「でも、その功績に対して私は何も与えるモノがないわ、残念だけど」
「お言葉だけで結構です。ラウラ様、ミオナ様にお会いしたことは、誰にも話すことができませんしね、ははは」
「それもそうね。この村であったのは、ユィとモァという村娘なんだから。スゥのことは話してもいいけど、えへへ」
「ありがとうございます。とりあえず今は、腹に何か入れたいですよ。その後少し眠らせてください。長い夜でした」
ヤナーチェクの部下たちも余りの疲労に座り込んだまま動けない。村の奥の方で村の奥さまたちが朝食の用意をしていて、その匂いが正門にまで漂って来ている。
ギーブからの援軍は、帝国軍前衛部隊の生き残りを追い、掃討を進める。前衛部隊を吸収した本軍もすでに、戦う力もなくギーブからの援軍に対して降伏した。そしてギーブからの援軍の司令官ネイは、帝国軍のブカヒン遠征軍司令官ケルメン大佐を発見し、驚いた。無傷だが感情がなく生ける廃人のようなケルメン大佐。肩章と周りにいた兵士の証言で軍司令官と確認した。
そしてその後方部隊の有様に驚いた。ほとんどの兵が排泄物をまき散らして、その中に倒れており、死んでいるか重傷を負っている者が多く、軽傷であっても憔悴していて動けない者やらで、とても動けるような状態の者はいなかった。大公軍の兵士たちは、辛うじて息のある帝国軍兵士を苦しませないようにトドメを刺していく。軽傷の者たちは救護していく。帝国軍と戦うためにやってきたのに帝国軍兵士を助けることに従事していることに、矛盾を感じながら、猛烈な臭気と戦っている。
ポツン村ではカタリナが村の中で、死んだ者、ケガをした者をいたわって回っている。ミワはカタリナの後ろに付き従いながら、領主の妻というものは大変なものだと感じている。自分がどんなに悲しくても、心細くても、それを隠して村人を慰問して回り、村人の状況に応じて声をかけ、必要な物資を渡すようにしないといけない。今までは、サラが物資の在庫管理をし、出庫の調整もしていた。これからはカタリナとサラの妹のリーナがやっていかないといけないのだ。その重責たるや、いかほどだろうとミワは考えている。ミワがサラの代わりを努めるなんて、これっぽっちも思っていないから、そこは気楽なものである。リーナも今までサラの仕事の補助をやってきた程度であり、本当の大変さと言うモノは認識していない。むしろミワがサラの仕事を担当してくれるのでないかと期待している。今はとにかく姉が死んだという衝撃が大きすぎて、気持ちの整理が付いていない。
行く先々で、ケガをした者を診ても、魔力持ちでも切りキズ程度を治せるだけで、それ以上の治療はアノンかミンでないとできない。ここにアノンが死んでしまったことの影響が色濃く出ている。切りキズ程度を治せるだけでも、十分治療できていると言えるのだが、アノンの能力に馴れてしまっている村人にしてみると、落差が大きすぎて途方にくれるばかりだ。アノンがいたなら助かる命も、今は助けられなくなった。
サラとアノンのいなくなった穴は大きい。
一応、長々と続いた「ポツン村の戦い」編は終わりで、また帝都に舞台が移ります。ホントに長くてすみませんでした。書いてて自分でも、これは一体いつになったら終わるんだろうと思ってて、書くのがイヤになりつつ、という時もあって、プロの小説書いている人っていうのはメンタル強いんだなぁ、と改めて思っております。




