ポツン村の戦い19
ポツン村の正門前にユィが氷の塊を落とす前、正門の上でサラとユィで会話がなされていた。
「ユィ様、敵と門の間に氷の塊をおいて、敵の足止めをしていただけませんか?」
とサラがユィに頼む。
「分かったけど、どうして?時間稼ぎにしかならないのよ。援軍が来るまで、少しでも時間稼ぎをしようというのは分かるけど、間に合うような気がしない。何かいい案があるのかしら?」
ユィが見るに、帝国軍の圧力は強く、数で押されるといくらユィの魔力攻撃力があっても押し切られてしまうと思う。何か、この状況をひっくり返すような方法がないのだろうか?そう考えるが、何も思い浮かばない。もう白旗を揚げるしかないのかしら?と思う。
「大丈夫です。きっと援軍はすぐそこまで来ていますから間に合わせてみせます。お願いします」
意外なことにサラは何か腹案を持っているようなことを示唆している。サラはなんとしてもユィに言うことを聞かせようとしていることが分かった。こうなればサラの考えに縋るしかない。もしサラが全滅覚悟の戦いを挑むと言ったって、ユィは従おうと決めている。どうせギーブで失くす命をマモルに拾ってもらっているんだもの、と思って。
ユィは仕方ないなぁといった風情で唱える。
「分かりました、『Ice Rock』」
ユィの魔力はまだ余力がある。帝国軍が殺到してきたとき、魔力の続く限り『Ice Arrow』を撃とうと思っていた。敵の兵士を100だろうか、200だろうか、撃てるだけ撃ってやると決意している。だから氷の塊3つくらいはなんということはない。
帝国軍との間に大きな岩のような氷の塊が落ちて来た。そのとき、
「うーーーん、モァは復活!!お待たせ!も一度頑張るから!!」
モァが背伸びしながら立ち上がってきた。復活、と言いながら、足下はふらついているし、顔は青い。そして、ごろんと転んだ。口調と勢いと体調はまったく別物だった。辛うじて起き上がり、フラフラとサラとユィの所にたどり着く。
サラが手を伸ばしてモァを引き寄せ、次いでユィを抱きしめた。ユィとモァは急にサラに抱きしめられたことで驚き、目を見開いている。サラが2人を抱きしめたのは初めてのことだ。
「ユィ様、モァ様、お二人ともありがとうございました。短い間でしたが、ご一緒できて楽しかったです。スーフィリアさん、ミンさんにも、カタリナ様にも私が感謝の言葉を言っていたとお伝えください。さよなら、皆様との出会いを神に感謝致します」
と言い、目から涙をこぼした。
何を言ってるのサラさん!?ユィは驚いて、サラの腕から逃れようとするが、サラの力が強く出れない。サラさんはアノンさんと同じことをしようとしているんだ!?顔を上げてサラの顔を見ると、サラは正面を向き帝国軍の方を見つめている。サラが小声で呪文を呟くと同時にサラの身体から魔力が抜けるのを感じられた。そしてサラの身体から力が抜け、ユィモァにゆっくりともたれ掛かるように倒れる。
この場にいた者で、ミワだけにはサラがなんと言ったのか聞こえていた。サラは『Meteo Shower』と唱えていた。ミワの頭の中で『Meteo?』『Meteo?』何それ?メテオ?メテオって、メテオってなに?もしかしてメテオって隕石のあれ?ミワが頭の上を見上げると、頭の上の雲が明るくなっていた。
「サラさん!サラさん!サラさん!!ねぇ、どうしたの?サラさんっ!!」
ユィがサラを抱え、叫ぶがサラは何も反応しない。モァは言葉なくサラを揺さぶっている。サラの垂れた腕が力なく床に付く。ミワが駆け寄り、サラの頬に手を当て叫んだ。
「サラさん!どうして!?サラさん!目を開けて!」
ミワの問いかけにもサラは反応しない。アノンさんと同じだ!これってアノンさんと同じ、命と引き替えに呪文使ったんだ!目の前でまた、大事な人を亡くしたのか?
「サラさーーーーーーん!!!!」
ミワは絶叫した。
帝国軍はゆっくりと前進していた。ポツン村は氷の呪文も使ってきた。そして魔力の最後であろう、氷の塊が落ちて来て道をふさいだが、帝国軍は誰1人死んでいない。誰もが、ポツン村の呪者が落とす場所を間違えたのだろうと考えた。何をしても帝国軍の攻勢が止まないので、焦ったのかやけくそになったのかと思った者もいた。そのとき、正面に見えるポツン村の正門の上の雲が明るくなった。
シュルシュルシュルッーーーという音が聞こえてきた。ポツン村の村人、帝国軍の兵士とも音のする方を見た。雲の中から光の玉が見えたと思ったら、ゆっくりとポツン村を越え、帝国軍の中に落ちた。真っ赤に焼けた塊が落ち、直撃した兵士を潰す。落ちた塊は割れて飛び散り周辺にいた兵士も破片が当たり、巻き込み、即死させる。
兵士が惨状に驚き動けずにいると、さらにシュルシュルシュルッーーーという音が聞こえ、次から次へと真っ赤な塊が帝国軍を目がけて落ちて来る。塊の大きさは人の頭ほどのモノもあれば、握りこぶしほどのモノもある。雨が降るように帝国軍に降り注ぐ。
「流星雨だ......」
ミワがつぶやいた。
ポツン村の者たちは頭の上を通り、帝国軍に降り注ぐ流れを呆然として見ていた。村に落ちて来ないことを不思議に思う者もいたが、それよりもあり得ない光景に心を奪われ、何も考えられずにいる。帝国軍に落ち、塊が弾んで兵に当たる。兵たちが逃げ回るが、兵を狙ったように流星が落ちてくる。逃げたら逃げた場所に狙ったように落ちてくる。小さな塊でも兵士に当たると、兵士は動けなくなっている。
どれだけ時間が過ぎたのか、流星が止まったとき静寂が訪れ、村人は耳がキーーンという音がきこえ、聴覚がおかしくなったような気がした。目の前の帝国軍は煙に包まれ、ろくに見えない。手前に落ちた塊が未だ熱が冷めず、赤く焼けたままだ。村人たちは塊からずっと離れているのに熱で顔が熱く感じられる。風が吹き、徐々に煙が払われていく。帝国軍の兵が充満していた場所は真っ黒になり、人1人いない。所々赤く熱した塊が見え、草が燃えている。
ユィの落とした氷がみるみるうちに溶け、水たまりを作り蒸発していく。氷がなかったらポツン村にも流星の飛沫が飛んできて、被害を被っていたかも知れない。
所々、草が燃えているが一面黒い地面が広がっており、それを取り囲むように帝国軍の兵士がいる。門から見て、真正面の反対側に10人程度の帝国軍兵士が見えた。周りに兵は残っていない。ずっと離れた左側に一団の兵がいる。
正面の敵を凝視していたヤナーチェクが部下に
「行くぞ、準備をしろ」
と声を掛け、サラを抱いているミワに向かって、
「申し訳ないが弓隊を借りたい。これから向こうにいる一塊の兵を攻める。あれはきっとこの軍の司令部のヤツらだ。あいつらは孤立している。今がチャンスだ。私たちは攻め込む。そのとき左右から、あいつらを守ろうとする兵たちが出てきて邪魔をしようとするだろう。そいつらの足止めをして欲しい。矢を放って牽制してくれればいい。可能だろうか?」
と言ってきたが、ミワは、
「話は分かりますが、たぶん黒い地面の所はまだ高熱で、歩くと靴が燃えるくらいの熱があるかも知れません。無理だと思います」
と言うと、サラを見つめていたユィが、
「私が氷を落として道を作ります。行けるように氷を落とすわ。弓の方はユリさんに頼んでみる。付いて来てください!」
と言い、下に降りて行く。
「助かる!」
ヤナーチェクが部下を連れ、ユィに続きハシゴを下りていく。
「ユリさん!お願い!外に出て矢を撃って欲しいの!」
ユリを見つけたユィがユリの腕を取り、叫ぶ。
「は?撃つのはいいけど、誰にだい?外は真っ黒で敵はいないよ?」
「今からヤナーチェクさんたちが、正面に見える敵に攻め込むんだって!そのとき助けようとやってくる兵がいるから、それに向かって撃って欲しいって!!」
「攻め込むって、ユィ様、外は熱くて歩くことなんてできやしないよ?そんなの無理だよ?」
「大丈夫、私が氷の塊を作って地面を冷やす。それで道を作るから、お願い!」
「ホントかい?ホントにできるんならいいけど」
「お願いします。じゃあ行くね!」
ユィがヤナーチェクとユリに声を掛け、先頭に立って門から外に出る。そして10歩も歩くと熱気で顔が熱い。
ユィが呪文を唱えると、ユィの前に大人が一抱えほどの氷が生まれ、地面に落ちる。地面の熱で氷から猛烈な水蒸気が上がる。村の近くはまだ地面の温度が低いためか、氷の溶けるのに時間がかかっている。
ユィは次々に前に氷の塊を落としていく。氷から水蒸気の柱が生じる。
「よし、行くぞ!」
ヤナーチェクがユィの前に出て進もうとすると、ユィは
「待って!私が先頭に立って道を作るから!」
「しかし、それだとユィ様が危険な目にあうかも知れない」
「いいの!それになるべく近い所に落とす方が魔力が少なくて済むから。もし矢が飛んできたら防いでください」
「分かった。おい、盾を持って来い!」
ヤナーチェクが部下に盾を持ってこさせた。ユィの両側に盾を立てて、ユィを隠す。ユィはどんどん氷を落とし道を作って行く。
空が白々と明るくなってきた。ユィの顔はだんだんと血の気が薄くなってきた。帝国軍まであと半分となったとき、ユィが膝を付いた。肩で息をしている。
「大丈夫ですか?」
ヤナーチェクが声を掛けると、ユィは魔力袋から紫色の玉を取り出した、
「魔力が切れそうになりました。これで吸収しながら行きます」
玉を持ちながらユィは立ち上がり、氷を落とす。正面の帝国軍の一団は前面に人垣を作り、奥の人間を隠している。盾を前に出しているが、数が足りず隠しきれていない。ユィの頭越しに矢が放たれ、帝国軍の一団に飛び込んだ。
「ぎゃっ!」
悲鳴が上がると共に1人倒れる。ユィが振り返るとシモンが次の矢を放とうとしていた。シモンが戻って来ていたんだ、ユィは心強く思った。
正面の帝国軍の一団を助けようと、離れたところにいた帝国軍の生き残りが正面に移動しようとしている。それに向かって、ユィたちの後ろに続いているユリたちから矢が降り注ぐ。
「行くぞ!!」
まだ道はできていないがヤナーチェクは待ちきれず飛び出した。走る足下から火の粉が上がる。靴から火は上がらないが、熱は相当なものだと思われる。ヤナーチェクの部下が続く。
「来たぞ!」「負けるな!」
帝国軍の兵がヤナーチェクを迎え撃つ。そこにシモンの矢が飛び込む。狙いすまして帝国軍の兵士に命中していく。最初はヤナーチェクたちと同じほどの人数がいたのに、ヤナーチェクたちが飛び込む時には人数が半減していた。そこへヤナーチェクたちが斬り込む。
ユィは氷を作るのを忘れて斬り合いを見てしまう。もう魔力はほとんど残っていない。昔、ギーブで屋根裏に隠れていたときは、剣戟の音を聞いていたが見てはいなかった。ポツン村が凶賊から襲撃されたときは村人が剣を抜いて戦うということはなかった。しかし、目の前で剣と剣のぶつかりあいが起きている。初めて人と人が斬り合う様を見ている。
剣と剣がぶつかり火花が飛ぶ。ヤナーチェクたちは人数で勝っており、勢いがあるので帝国軍の兵士を次々に倒して行く。そして一番奥に座っていた偉そうな人をヤナーチェクが刺した。そしてヤナーチェクは、
「肩章を切って持ち帰るぞ。他のものは捨てておけ!」
部下に叫ぶように言う。部下は敵の肩の階級章を切って集める。そのとき、ユリたちの矢の雨をくぐって来た帝国軍の兵士たちが飛び込んで来る。
「帰るぞ!」
ヤナーチェクがユィの元に走って来る。それを追う帝国軍の兵士をシモンの矢が倒す。見事なくらい額を打ち抜く。しかし数が多く、倒しきれない。
「ユィ様、戻りましょう!」
ヤナーチェクに手を引かれユィがポツン村正門に向かって走り出す。足下がおぼつかない。その後ろをヤナーチェクの部下たちが固めて帝国軍の兵士を防ぐ。シモンが矢で先頭の兵士を倒す。次々と帝国軍の兵士が倒れるが、それに構わず後ろから新たな兵が出てくる。
追いすがる帝国軍をヤナーチェクの部下たちが防ぐ。頭の上をポツン村から撃たれた矢が通り、帝国軍の兵士を倒して行く。それでも残った帝国軍の兵たちが、後に延々と行列を作るように迫っている。ヤナーチェクとその部下たちは帝国軍の兵士と斬り結んでいる。斬っても斬っても、後から湧くように新たな兵士が現れる。頭の上を帝国軍に向けて矢が飛んで行くが、帝国軍の勢いは衰えない。
その時、
「見ろ!大公軍だ!!援軍が来たぞーーー!」
塀の上から大声で叫び声が上がった。その声に釣られたように、塀の上に身を乗り出し、手を伸ばして帝国軍の後を指さしながら、
「大公軍だ!来た!来たぞぉーーー!!」
「やったーーー!間に合ったぁーーー!!」
次々に声が上がる。帝国軍の兵士が後を振り返ると、薄明かりの空の下、煌々と無数の松明が掲げられており、その中に旗が見える。良く分からないが帝国軍旗でないことは分かる。となると掲げられている旗は大公軍でしかない。もしくは王国軍であり、敵地のど真ん中にいる帝国軍に味方の応援が来るはずがない。
「敵だぁーー!敵が来たぁーー!」
帝国軍の中で悲鳴が上がると、動揺が全員に伝播し最前線のヤナーチェクたちと戦っている兵士たちも何が起きたんだと振り向く。後の兵士が逃げ出しているのが見える。そこでやっと後から大公軍の援軍が来たことが分かった。こんな所で挟み撃ちに遭ったらひとたまりもない。
「逃げろぉーーー!!」
誰言うともなく兵士たちが叫び、我先にと走り出す。ユィの開けた道を戻って逃げては間に合わないと思った兵士は、まだ煙が上がっている地面を走り出す。それを目がけてポツン村から矢が撃たれる。矢が脚に当たり転がった兵士が倒れ込むと、すぐに服が発火し火だるまになった。それでもどんどん帝国軍の兵士が走って逃げようとする。足下から火の粉が上がり、煙り、ついには靴が発火する者もいる。帝国軍を指揮する者はおらず、誰もが自分の勘に従って逃げている。武器を捨て、味方同士で行く手を邪魔する者を突き飛ばし、なんとかして自分だけは助かろうとする者ばかり。
大公軍が到着する頃には帝国軍は戦場からいなくなっていた。




