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ポツン村の戦い12

「狼来た!?」

 サラが叫んだ。普段は滅多なことで大声を上げないサラが叫んだのだから、周りの者たちは驚いて、何が起きたんだろうと見つめるが、サラはそんなことを気にもせず、

「狼の群れが来たの?」

 とフィリポに詰め寄る。フィリポは気圧されながら、遠くをじっと見て

「狼たちが踊るように飛んで跳ねてます。何しているんでしょうね?」

「きっと帝国軍と戦っているのよ」

「は?なぜ?」

「実はね、夕暮れ前に肉をあるだけ、まいてきてもらったのよ。福音派の方に頼んでずっと向こうから、獣たちがこっちに来るようにねって、村にあるだけみんな、ばらまいてきてもらったの。だからまだ集まってくると思うのだけど」

「ああ~~~だから夕方から誰もいなかったのですかーーー!!おかしいと思ったのですよーー!!」

「無理言って悪いと思ったのですが、少しでも帝国軍の数を減らせればいいと思ってね。獣たちが村の周りにいたら、帝国軍の襲ってくるのが遅れないかなぁ?と思って。少しでも遅れてくれれば、援軍の到着が間に合うかも知れないでしょう?だから倉庫の干し肉もみんな吐き出してしまって、夜食に肉を出せなかったのです。皆さんには悪いのですが、皆さん、ごめんなさい」

 サラが周りの者たちに頭を下げ謝るが、周りの者たちは笑って「いいよ」「気にしなくたっていいって」などと言われている。


「あ!また何か来ました!1頭です、狼より大きい。何かなぁ?熊でもないし、野牛でもない。えっ!?もしかして虎?虎なんてオレ、初めて見ましたよ!!」

 フィリポが叫ぶと周りにいた者たちが全員塀から身を乗り出して見るが、誰の目にも見えない。

「もっと近くに来てくれないかなぁ」

 と誰かが言ったのをサラが聞いて、

「来るかも知れないですよ。ここら辺り、帝国軍が来そうな所にもまいてください、とお願いしましたから」

 と言うと、

「それは楽しみだぁ」「来るといいなぁ」「虎よ、来い!」

 とても帝国軍との戦い直前とは思えないような雰囲気になっている。


 フィリポが言う。

「帝国軍がまとまって灯りを煌々と点けてくれば、獣たちも手が出ないですけど、小勢で灯りも点けずに来れば、待ち伏せしている獣たちのいい餌食ですよね。あいつらは賢いから、真正面から襲ってこなくて、列の後ろから削ってきたりするし」

「そうなの?」

「そうなんですよ。虎は単独行動だって言うけど、狼は群れで狩りをするから、人間なんて弱いもんですよ。ヤロスラフ王国に来て、獣除けのお守りがあると知って驚きました。ゴダイ帝国にいたときは、そんな便利なモノがなかったので、森や草原の夜の番は大変だったし」

「と言うことは、帝国軍は獣除けのお守りを持っていないのかしら?」

「きっとそうでしょうね」

「獣たちがそんなに帝国軍を削ってくれるとは期待してないけど、時間稼ぎしてくれるといいなと思ってます」

「じゃあ、なんで門のところは赤々とかがり火を焚いているのですか?」

「あら、あれは帝国軍をおびき寄せるためよ。攻める目印が必要でしょう?」

「え?そこに敵が集まると上手くないのではないですか?」

「そうかしら?逆に思ってもみないところに敵が攻めてくると、私たちの守備が薄くて突破されるかも知れないでしょう?人って暗闇の中だと明るい所に集まると思うから、虫のようにね、門の所に攻めて来て欲しいのですよ。ここなら保つ時間も長いかなぁ?と思うし」

「確かにそうかも知れませんね」

 フィリポが納得するのと一緒に周りの者たちも何も言わないが心の中で『さすがサラ様だ』と思っていた。

 

 同じ頃、帝国軍後衛部隊に向かう1台の荷車がいた。先頭を歩いているのは、福音派のバルトロマイ。そして同朋たちが4人で荷車を進めている。当初、バルトロマイは2人連れて行くつもりだったが、荷車に載せている4樽が重くて動かせなかったので増やしたのだ。


 夕暮れ前にバルトロマイたちは川の上流で船を使い、荷車と酒の樽を渡河した。帝国軍から見えない所でと考えたために、帝国軍の後衛からずっと後方になってしまった。帝国軍の夕食に間に合うように到着するつもりだったが、とても間に合いそうにない。


 帝国軍後衛部隊は今夜の攻撃の前に夕食を取っていた。いつもより夕食の量が増えており、一晩動いても腹が減らないようにと後衛部隊隊長のゾビーニン少佐が配慮してのことである。

 兵たちは久しぶりに満腹感を感じて満足していたが、そうなると『酒があればなぁ~~』という思いが口に出しはしないが、多くの者が感じていた。帝国を出発してから、酒は口にしていない者がほとんどだ。

 そこへ暗闇の中からガラガラと音を立て、荷車を引いた男たちがやってきた。

「止まれ!!お前たちは何者だ?どっから来た!」

 何人もの兵士が呼び止めた。こんな所にやってくるだけで怪しいと思える。そこにバルトロマイが前に出て、

「わしらはこの先にある村の者ですじゃ。兵隊さんたちが大勢来られたと聞いたので、明日村の近くを通られても、うちの村で悪さされんようにお願いに来ましたんで。何も持たんと来ても、話を聞いてもらえんと思ったもんで、村で作った酒を......」

 そこまで言ったとき、『酒』というキーワードで後の言葉が兵士たちの耳に入らなくなってしまった。酒という言葉を聞いた途端、口に唾液が湧いてきて、酒を口にすることにか考えられなくなってきた。喉が鳴る。


「一番お偉い方のとこに......」

 とバルトロマイが頼むと、辛うじて一人の兵士が我に返って

「おう、こっちだ、こっちに来い」

 道を空けつつ案内してくれた。


 ここまでバルトロマイはゴダイ帝国公用語を使っている。元々福音派の面々はゴダイ帝国出身者であるから、ゴダイ帝国語はお手の物である。冷静に考えればヤロスラフ王国の片田舎の年寄りがゴダイ帝国公用語を話すことはおかしいと思うはずなのだが、酒と聞いた途端、兵士たちの疑念は吹っ飛んでしまった。


 ゾビーニンは酒を近くの村人が運んで来たと聞かされて半信半疑だったが、樽を載せた荷車を見て期待が疑念を上回った。村の年寄りがゴニョゴニョ言うがろくに聞いていない。早く酒を味わいたい。多少マズくても酒精アルコールのことが入っていれば、少し酔わせてくれればいいのだ。今晩、ポツン村に攻撃を仕掛けるが、それまではまだ十分時間がある。勢いを付けるのにちょうど良い。それに多少飲んだくらいで酔わない自信がある。


 軍務に付いていないときは、酒を欠かしたことがないくらい酒は大好物なのだ。早く飲みたくて仕方ない。口の端からよだれがこぼれているのも気がついていない。

 バルトロマイはゾビーニンの顔の緩み具合に内心呆れながら、樽からひしゃくで1杯汲み、ゾビーニンの差し出したコップに注いだ。

 ゾビーニンはまず匂いを嗅いだ。

「ほぉ!」

 思わず口に出てた。内心、こんな匂いの酒は飲んだコトがないぞ、と思っている。酒精の強さが香りから感じられる。喉が早く酒を流してくれ!と鳴っているのが自分でも分かる。ゆっくり味わねば、と思いつつコップに口を付けると一気にくいっと飲んでしまった。喉の奥から火を噴くような心地よさが湧いてきた。

「う、うまい!!な、なんだこれは!!」

 自然と出てしまった。こんな酒は飲んだことがない!なんだ、この酒精の強さは!?今までにこんな酒精の強くて飲みやすい酒は飲んだことがないぞ!これはもっと飲みたい!と思ったが、周りの自分を見つめる目に気がついた。早く飲ませてくれ!早く飲みたい!副官たちの目が、兵士たちの目が訴えている。

「よし、飲ませてもらえ。順番だぞ、ゆっくり味わって飲むんだぞ!」

「うわわあぁぁぁーー!!」

 大歓声が上がった。ポツン村の正門にまで聞こえるくらいの大歓声が。樽の前に福音派の者が立ち、ひしゃくで汲んだ酒を兵士のコップに注ぐ。兵士たちは1滴もこぼさないように大事にコップを抱えて、列から外れ、酒を口にする。

「うめぇーー!」

 兵士たちは口々に同じ言葉を口にした。

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