ポツン村の戦い11
「使者の人を連れて来たよーー」
玄関からモァの声がする。すぐにモァが顔を出し、その後ろに使者とおぼしき者たちがモァの後ろから入って来た。
「モァさん、どうして?」
とカタリナが言うのに対してモァが、
「この方はメルトポリの戦役のときにヒューイ様の部下だったヤナーチェクさんですよ。顔を覚えていたし、ヤナーチェクさんも私のことを覚えていたから。何か伝えたいことがあるってギーブから急いで来たんだって。だから連れてきたの」
モァの後ろでヤン・ヤナーチェクが頭を下げた。
「ご紹介頂きました、ギーブでヒューイ子爵の元で軍の仕事をしておりますヤナーチェクです。よろしくお願いいたします」
とヤンが自己紹介をしたときロビンが、
「ヤナーチェクじゃないか!久しぶりだなぁ!」
と叫んだ。ロビンを見たヤンが
「やあ、ロビン!ホントに久しぶりだ。元気だったかい!」
2人は歩み寄り抱き合う。もちろん2人に恋愛感情があるようには見えず、友人が久しぶりの再開に、距離を縮めているというように見える。
「モァさん、よくヤナーチェク様が分かりましたね?」
とカタリナが聞くとモァは
「うん。ヤナーチェクさんの方から声を掛けてくれたから、私は分かったの。ヤナーチェクさんとはメルトポリの戦役のとき、ヒューイ様と一緒にあちこち回っておられたんだよ」
と答える。
「それで、どうしたの?って聞いたら、ヒューイ様から手紙預かってきたって言われたから付いて来てもらったんだけど、マズかったかな?」
とモァが聞くとサラが
「ごめんなさい、大丈夫です。モァ様が見ず知らずの方を使者と言ったのを信用されて連れて来られたのでないかと思ったのです」
と言ったのでモァは
「やだなぁ。私だってそこまでバカじゃないから。それでさ、ヤナーチェクさん、どういう用件なの?私も興味あるから聞きたいんだけど、一緒にいていいかしら?」
ヤナーチェクは頷き、魔力袋の中から手紙を取りだし
「タチバナ男爵様の奥さまはこの方ですかな?」
と言い、カタリナに手紙を差し出した。カタリナは封を開け、一読して、
「ヒューイ様が援軍を送ってくださると?」
カタリナがヤナーチェクを見て問うとヤナーチェクは頷き、
「そうです。ここからあと1日のところまで来ています。おおよそ千人で、急ぐので補給部隊は連れておりません。クルコフ子爵軍の援軍という目的なので、私はそれを知らせるために先行して参りました。けれどクルコフ子爵軍の姿がどこにも見えず、ポツン村で聞けば分かると思い参ったのですが」
ヤナーチェクの援軍がすぐそこまで来ているという言葉を聞き、ポツン村の者は喜色に溢れた。しかし援軍はあと1日の所にいると言うことは、今晩の帝国軍の攻撃には間に合わないということだ。それにいち早く気が付いたサラが、
「ヤナーチェク様、実は......」
と朝早くからの両軍の戦いとクルコフ子爵軍の敗退、ポツン村と帝国軍の攻防の説明をする。そして、
「ヤナーチェク様、今晩帝国軍がこの村を攻めると予想されます。援軍の進行を早め、少しでも早く村に来て頂くようお願いできないでしょうか?」
と嘆願するとカタリナも、
「そうなのです。帝国軍は2千とも想定されています。けれどこの村の住民は100人ほどしか残っていません。全滅ということもあり得るのでなんとしても援軍の皆さまに早く来て頂くようお願いいたします」
頭が地に着くのでないかと思われるくらい腰を曲げて頼んだ。ヤナーチェクは困ってロビンを見るもロビンも必死の形相で
「すまない。ヤナーチェクの力で何かできるのだったら、なんとしても頼む。ここにいる方たちも私も村と命運を共にするつもりだ。その思いを分かって欲しい!頼む!よろしく頼む!!」
と言ってきた。ヤナーチェクは首を振りながら、
「分かりました。伝書鳥を1羽持っておりますので、援軍の司令官に送ります。間に合うかどうか保証できませんが、とにかく送ります。この伝書鳥はクルコフ子爵様に合流したときにヒューイ様に宛てて出す予定だったのですが、仕方ありません。これくらいはヒューイ様も許してくださいますでしょう」
笑いながら後ろに控えていた部下から伝書鳥を受け取り、簡単に書いた文書を鳥の胸の袋に収めて放鳥した。
「ところで、その帝国軍というのはどこにいるのでしょうか?私はまだ見ていないのですが。疑うわけではないのですが、私も今晩戦うとなると見ておきたいのですが?」
とヤナーチェクが言った。確かにギーブから来る道には帝国軍はまだいない。ロビンは苦笑いしながらヤナーチェク一行を案内し、部屋を出て行った。
「少し希望が湧いてきました」
「そうですね。村の者に知らせましょう」
カタリナとサラの言葉にミワも同意しているが、伝書鳥はどのくらいの速さで飛ぶのだろう?この村から1日というのはどのくらいの距離なんだろうと考えている。この世界ではmやkmという単位は存在せず、何歩の距離とか歩いて何日の場所などという、極めて曖昧な距離感がある。
とにかくかすかな希望の火は灯ったのだ。なんとしてもそれを消さないようにしなければならない。
村の帝国軍を迎え撃つ準備が間に合おうと間に合わなくとも夜は来る。
ポツン村では正門の両側に弩の射手を並べている。帝国軍が攻めてきても、ギーブから来る援軍が間に合うまで持ちこたえれば良いと村人は考えている。ここまで来てなんとか助かろうと考えている者は表向きいない。カタリナは子どもを連れてビール工場に避難しており、門にはサラ、ミワに加えて、ユィ、モァ、スーフィリアが待機している。サラがシモンに、福音派の中で夜目の効く者を寄越してくれとお願いしたら、フィリポがやってきた。ポツン村を皇太子軍崩れの凶賊が攻めて来たとき、モァを背負うという幸運を得ていた。今回は何があるんだろうと密かに期待してきていたが、サラの横に座らされ、内心少し落ち込んでいる。
「夜食、持って来たよーーー!1人パン1個とイナゴの唐揚げ2匹ねーーー!」
ユリがカゴを抱えて、村人の間を縫って周り、1人1人夜食を配って回っている。ヤナーチェクたちの所にも来て、
「はい、ごくろうさま。悪いけど今晩頑張ってくださいね。お客様たちは1匹多く食べてもらって精をつけてもらうわ、今晩は張りきってもらわないといけないからね!」
聞きようによっては危ない物言いなのだが、ヤナーチェクの手の上にパンを置き、その上にイナゴの唐揚げを3匹載せた。
「スゴいな、こんな丸々としたイナゴは珍しいぞ!?」
ヤナーチェクが驚いて声を上げる。丸々とした20㎝はあろうかという大きさ。ヤナーチェクが一口食べて、
「お!?甘い?なんだこれは砂糖が付いているのか?」
と言うとユリが、
「そうだよ。今晩は特別に唐揚げに砂糖をまぶしてあるんだよ。村が無くなったら元も子もないからって、カタリナ様がじゃんじゃん使ってしまえって言われてさ。ま、食べて今晩がんばっておくれよ!」
ヤナーチェクの仲間たちも、砂糖のたっぷりついた唐揚げにホクホク顔で食べている。砂糖は貴重品であり、イナゴの唐揚げにまぶすなんて贅沢なことは普通できることではない。中には手に付いた砂糖も舐めている者もいる。
「フィリポくん、敵軍が来たら教えてね」
まだ真夜中というには少し早い時間帯だ。サラに声を掛けられフィリポは外を見る。手にイナゴの唐揚げをもちながら。今晩は雲が多く月の光りが弱い。攻める方にとっては絶好の天気である。しかし、フィリポは遠くに人影を見つけた。
「サラ様、ずっと向こうに人がいます。1人、いえもう1人。あ、何かにつっかえて転びました」
「2人だけなの?」
「そうですねぇ、ちょっと他には見当たりません。あれは偵察に来たのでしょうか?」
「帝国軍なのかしら?」
「遠くて分かりませんが、今頃あんな所にいるのは旅人ではありませんから、きっと帝国軍なのでしょう?」
「そうよね」
「あれ?いなくなった?」
「どうして?」
「分かりませんが。まさか見られているの、分かって姿隠したわけでもないと思いますが?あっ!」
「なに?」
「何かが跳ねています!あっ!?狼だ、狼の群れが飛んだり跳ねたりしてる!」




