ポツン村の戦い4
帝国軍はブカヒンに向かって出発し始めた。
ポツン村の住民は帝国軍の動きを、それこそ息を潜めて見ている。帝国軍の方もポツン村の住民が見ていることは当然分かっているが、村民が何かしてくるとは誰一人考えていない。ポツン村に逃げ込んだ領軍の兵士がいたが、負け犬がどれだけ村に転がり込んだとしても、5千人の無傷の帝国軍に何かできるわけがない。もし、何かちょっかいをかけたりすると、ポツン村などあっという間に帝国軍に蹂躙されることが分かりきっている。それは帝国軍もポツン村の住民も同じ認識だ。
ポツン村の中に逃げ込んできた領軍兵士をアノンが治療していた。ポツン村に逃げて来た領軍の兵士は、逃げて来ることができるくらいの軽傷で済んでいる。重傷の者や死んだ者は戦場に打ち捨てられている。かろうじてポツン村に逃げ込んできた重傷の者も、死に到るのは時間の問題である。
バゥたちはまだ村に帰って来ていない。もしかしたら死んだのかも知れないし、ケガをして戦場に取り残されているのかも知れない。村の女たちは捜しに行きたいのだが、村を出て捜しに行くことで帝国軍を刺激したくないと考え、ジッとしている。とにかく帝国軍の姿が見えなくなるのを待っているのだ。
帝国軍司令官ケルメン大佐は馬に乗りながら、そんな村の様子を眺めていた。
「村人たちは我々に何もして来ないようだな」
副官に話しかけると、
「当たり前でしょう。我々の強さを見ているでしょうし、たとえ領軍が伏兵を忍ばせていたとしても、先ほど本体が木っ端みじんにやられましたから、襲ってくることはないでしょう」
と答えが返ってきた。そして違う副官も、
「そうです、大佐。あの村の規模からして、伏兵を囲っていたとしてもせいぜい200ほどでしょう。そんな数なら我々に何もできませんよ」
「我々を恐れおののいて見ているに違いありません」
帝国軍は上から下まで、朝の圧勝の余韻がまだ残っている。自信に満ちあふれ、自然と口も軽くなる。
「大佐、あの村の者たちが余計なことを考えないように、何か一つクギを差しておかれれば良いのではないでしょうか?」
副司令官のドボルニコフが余計なことを言い出した。少しくらいポツン村に被害を与えたところで、反撃してくることもないだろう、どうせできやしないという思いが根底にある。それを聞いた別の副官が、
「確かにそれは良いかも知れません。我々の強さを骨の髄まで知らせておけば、戦後統治にも役立つでしょう。多少無理を言っても反抗することはありませんよ」
と話に乗ってくる者がおり、さらに、
「村の者たちが他に行って我々の強さを伝えてくれるでしょう。そうすればブカヒン周辺に我々の強さが広まりますね!」
と言い出した者までいた。それをきいてケルメン大佐はニヤリと笑いながら、
「魔法科部隊のクライバー隊長を呼べ。あの村に1発叩き込んで行こうではないか。進軍を止め、村民どもが慌てふためくのを見物しよう。まだ時間はある。慌てる必要はない」
ポツン村の住民たちは帝国軍の移動を見ていたが、帝国軍がなぜか停止したのが分かった。
村の者たちは帝国軍が何をしようとしているのか分からない。帝国軍のまとう空気が弛緩している。戦闘準備というわけではなさそうだ。立っている者もいれば腰を下ろして座り込んでいる者もいる。まるで、これから何か見世物が行われ、それを見物するかのような様子になって見える。
帝国軍のいる場所からポツン村を結ぶ道に設けられた門の櫓の上で、カタリナ、サラ、アノン、ユィ、モァ、スーフィリア、ミワとシモンとナタナエルがその光景を見ていた。
「あれは何を始めるのでしょう?休憩をするわけではないでしょう」
カタリナが言うとサラが
「そうですね。出発したばかりなのに休憩と言う訳ではないでしょう。しかし、兵士たちの様子を見ると気を抜いてこちらを見ていますね」
と言うとアノンは、
「まさか降伏勧告の使者を出してくる、ということではないでしょうね?」
と言う。それを聞いたサラが、
「こんな小さな村にそんなことをわざわざしないでしょう?通り道にある村に、一々使者を出していたら移動が遅れてしまうでしょう。さっさとブカヒンに行けばいいのですが。でも何を始めるのでしょうね?」
と言いながら、櫓の上から帝国軍を注視する。そのうち、ポツン村に通じる道の所の軍が割れ、中から小柄な兵士が出てきた。
「何でしょう、あれ?」
「あれって男?」
「男にしては小さいわね?」
口々に言うなか、シモンにピンと来るものがあった。
「ナタナエル!備えろ!全力の防御だ!!」
帝国軍の中から出て来たのはモニカだった。領軍と戦ったときと同じように魔力玉を抱えている。魔力玉の色は紫から青色に変わっている。朝の戦いで魔力玉の魔力を消費したが、そのまま魔力を充填できていない。モニカの横には隊長のクライバーが立っている。
「モニカ、あの櫓を狙え」
と指差した。その目標とされているのは、もちろんカタリナたちのいる櫓のことだ。
「はい、分かりました!」
モニカは右手を前に出し、魔力を手に集め出す。魔力玉から魔力が吸い上げられ色が変わり始める。緑色から黄色になりかけたところでモニカが叫んだ。
『〇△ーーーー※□ーーーーーー!!』
手の先に大きな光の弾が生まれ、一瞬の間があり手から光の弾が離れた。そして光の弾は徐々に加速し始めポツン村に向かって疾走し始める。人の走る速さを超え、鳥の飛ぶ速さを超え、村に届いた。
光の弾は櫓から少し逸れ、塀に当たり塀を突き抜け、村の中の家を一つ抜け、二つ抜け、三つ目の家で消滅した。光の弾の通った途上にいた村人は消えていた。
一瞬の間があって、村の中で悲鳴が巻き起こった。
「うわーーーーーー!!」
「ギャーーーー!!」
様々な声が上がる。村の中に突然地獄が現れたのだ。
櫓の上の者たちは呆然としていたが、
「すぐにケガをした人を助けなくては!」
「そうです、アノンさん、お願いします!」
とサラから言われたアノンは
「了解!ミワさん、手伝って!」
とミワに声を掛ける。
「え?」
ミワは怪訝そうな顔をするのを見たアノンは、
「あなた、『Cure』が聞こえるのでしょう?ということは『Cure』が使えるのよ。あとは経験だけだわ!」
と怒鳴る。その剣幕に押されてミワは
「はい!分かりました!」
と答えたとき、シモンが
「次のが来ます。ナタナエル、防御しろ!」
と叫んだ。ナタナエルは
「はい!『Defend!』」
全力の魔力で呪文を唱える。




