ポツン村の戦い2
クルコフ子爵たちの算段より早く、帝国軍は前衛に盾を並べた。隙なくびっちりとという表現がぴったりとくるような見栄えになっている。それにくらべてまだブカヒン領軍は盾を並べるところのまで準備ができていない。戦闘慣れしておらず、練度不足が如実に表れてしまっている。
ブカヒン領軍の前衛から本営に『帝国軍の準備が整い前進しようとしています』と連絡が入った。本営ではまだ各部署に指示を出し切れていない。戦闘の経験値が指揮するものたちに不足しており、帝国軍の動きに対して後手を踏んでいる。
連絡に対して、慌てて盾を並べるように指示を発した。指揮官の慌てぶりが末端の兵士に伝わり、盾を並べる手際が悪く、整然と並べることができない。高さが揃っておらず、表面の凸凹も生じている。
帝国軍の前衛からは、領軍の慌てぶりが手に取るように見えている。まだ戦いが始まってもいないのに領軍のアタフタとした動きは軍全体が軍事の素人同然と分かる。
「よし、前進するぞ。大公軍をもっと慌てさせるぞ笑。本部に我々は前に行くと伝えよ」
指揮官の声に従い、帝国軍前衛部隊は一斉にゆっくりと領軍に向かって進み始めた。
「エェィ! エイ! ェィ! エイ! ェィ! エイ!
帝国軍兵士が全員で声を合わせながら、前進してくる。前衛から上がり始めた声が中衛に伝わり後衛も声を上げる。そして5千人の兵士が一体となって声を上げる。
その声を聞き、領軍の兵士は驚き怖れた。領軍では前進、突撃であっても声を合わせるということはなく、1人1人が思い思いに声を出している。帝国軍の一体化した声に圧倒されている。
さらに領軍は帝国軍の動きを見て混乱が深まる。領軍と帝国軍の位置の高低差から、領軍が攻め帝国軍が守り凌ぐものと領軍の幹部は考えていた。それなのに帝国軍が先手を取り領軍に向かって進んできている。まだ距離があるにも関わらず、帝国軍は声を上げ、ゆっくりと落ち着き行動している。それに対して領軍の指揮官の動揺が兵士に伝播し盾を並べようとする者、槍を運ぶ物、弓矢を運ぶ物、朝食の片付けをする者と混乱している。
ポツン村の住宅の屋根の上からシモン、ユィ、モァ、スーフィリアは領軍と帝国軍の動きを見ていた。帝国軍の進軍の声はここまでも伝わってきている。大勢の男たちの低音の腹に響く声が聞こえてきている。戦いが始まる前から圧倒されている領軍の様子が感じられる。
「ねぇ、シモンさん。ここから見ると大公様の軍の方が有利だと思ってたけど、なんか慌ててない?」
とモァが聞く。
「そうですね。私は戦闘を見たことがあるわけではないのですが、大公様の軍、ブカヒン領軍はどこか落ち着きがないように見えますね。気持ちで押されているような気がします」
とシモンが答える。
「やっぱり。私だってそう思ったもの。領軍の方も声を上げればいいのに?」
とユィが言う。そして続けて、
「私たちのような、まったくの素人が見ても分かるくらいって、大丈夫なのかなぁ?」
と言うとシモンが、
「皆さんはすでに戦場の素人ではないでしょう?ザーイ郊外でサキライ帝国との戦いを経験されているではないですか。とても素人とは言えませんよ。あそこで(と顎で領軍を示し)戦っている当事者たちより、よほど皆さんの方が生死の境を経験されておられます。それにここで見ている方が軍の有り様が良く分かるのだと思いますよ。(シモンは眉をひそめて)しかしこれは、悪い方に傾くことも心構えしておく必要があるかも知れませんね」
「シモンさんも何となくイヤな予感がするの?私もそうなの」
とモァ。そのモァを諫めるようにユィが
「そんなこと、言ったらいけないんだって!!私たちにはどうすることもできないから、見てるしかできないですよ。大公様の軍が帝国軍に勝つようお祈りしましょう」
「そうね」
とモァ。
「分かりました」
とスーフィリア。ユィの言葉に同意しながら、誰もお祈りしない。祈って勝てるくらいなら、どれだけでも祈るけど、という共通認識がある。
ようやく領軍も準備ができ前進を始めた。帝国軍は歩みを止め、領軍の準備が整うのを待っているようだ。声を潜めて、領軍の準備が整うのを待っているように見える。
領軍も距離を詰めようと前進を始めようとした矢先、帝国軍から矢が放たれ始める。距離があるし前衛は盾があるので、帝国軍は天に向かって矢を放ち、山なりに天より領軍に届く感じになっている。その矢に紛れて、石が投げられ始めた。石と言っても握りこぶし大の大きさのものが帝国軍より飛んでくる。こぶし大の石がそうそう飛ぶはずがないのだが、帝国軍の中から放たれてくる。
ガツン!ゴツッ!ガン!
石に当たった兵士が倒れる。矢に当たっても威力は弱いが、石が頭部に当たると致命傷になっている。盾を上に向けて掲げても、矢は防げるが重量のある石は盾を変形させ、曲げ、隙間を作る。その隙間を通り、兵士に当たる。鉄兜というものはなく、革の帽子程度しか着用していない兵士がほとんどだ。石の飛んでくる数は少ないが、石の威力に恐れおののく兵士の意識が伝播し始める。
領軍兵士の意識が斜め上に取られてしまっている間に、帝国軍は声を立てず間を詰める。槍1本分の距離まで詰められて、やっと領軍の前衛の者たちが気が付いた。敵にこれだけ間近に迫っているのに押し黙ったまま肉薄できる帝国軍兵士たち。領軍のつい最近まで農業をやっていた、にわか仕立ての兵士たちとは異なる、よく訓練された兵士たちが帝国軍である。
領軍の兵士が帝国軍の肉薄に驚いているとき、帝国軍の前面の盾が両側に開き1人の女兵士が出て来た。左腋に紫色の大玉を抱え、右手を前に出し叫ぶ!
『〇△ーーーー※□ーーーーーー!!』
女兵士の右手の平が光るのを、領軍の兵士は盾の隙間から見ていた。女兵士を横から見ていた領軍兵士は、女兵士の手から一抱えもあるような光の弾のようなものが領軍に飛び込むのを見た。女兵士の正面にいた兵士は、女兵士の手が光ったと思った途端、目の前が真っ白になり意識が消え失せた。
領軍のど真ん中を光の弾が通過する。弾の進行経路にいた兵士は消失した。消失した兵士のすぐ横にいる兵士は直前に話をしていた者が消え失せ、その隣の兵士との間に空間ができているのを見た。下を見ると腿から下の脚2本が残っていた。前を見ると半身が消え失せた兵士が倒れていた。後ろを見ると片腕を失った兵士が呆然と立っている。その兵士は片腕をなくしたことに気がついていないような顔をしている。
光の弾は領軍の中を貫き、幸いにもクルコフ子爵たちのいる手前で消滅した。クルコフ子爵からは人垣の間から帝国軍の女兵士が見えるほどだ。領軍の中を50mも光の弾は届いたのであろうか?その間、どれだけの領軍兵士がいなくなったのであろうか?あまりの衝撃的な出来事に領軍兵士はあっけに取られてフリーズしてしまっている。女兵士の手がまた光り始めると、さすがにクルコフ子爵の側近の1人が我に返り、
「子爵様、危ない!」
と叫んで子爵を抱えるようにして女兵士から見えないよう、横に移動させる。女兵士の手からもう1度光の弾が放たれた。1度目の光の弾より少しずらして領軍の中に吸い込まれて行く。そして光の弾の通った跡は人の脚、半身、飛び散った血、散らばった武具が残った。
領軍の真ん中付近にいた兵士たちは何が起きたのか分かっていたが、何もできず止まっている。見たことのない光景に考えることができず、身体を動かせない。領軍の左翼、右翼の兵士たちは何が起きたか分からず、騒ぎ始めた。その時、帝国軍の両翼の前面の盾が示し合わせて開き、間から男兵士が出て来た。そして片手を上に挙げ
『□×△●!!』
と叫ぶ。手の先に赤い玉が生まれ、だんだんと大きく明るく成長する。領軍の兵士たちは初めて見る光景に目を奪われる。マモルの『Fire』を見たことある者がいたら、同じモノじゃないのか?と思ったろう。
紅く輝く玉が成長し50㎝くらいになったとき、兵士の手が領軍に向かって振り下ろされた。紅い玉は手に遅れて領軍に投げ込まれた。領軍の前列の盾から5mも入った所に紅い玉は着地して重みで潰れ、グシャッと破裂した。玉からはミルククラウンのように液が周りに飛び散った。液を浴びた兵士たちは燃え上がる。兵士たちは密集隊形を取っていたために、液がかかった兵士が次から次へと燃える。火炎地獄が領軍の両翼に発現したのだ。
兵士たちは炎に包まれた兵士から逃げようと、思い思いに動く。もはや軍としての形を成していない、崩壊しかかっている。帝国軍に対して盛り上がっていた戦意は雲散霧消し、兵士たちは自分のことしか考えられなくなっている。
帝国軍は領軍が混乱しているのを見て、盾を下げ槍を前面に押し出した。
「進めっ!!敵を押しつぶせぇぇぇ!!」
帝国軍の司令本部より号令がかかり、帝国軍全軍の前進が始まり殺戮が始まった。




