ポツン村の戦い1
クルコフ子爵の率いるブカヒン領軍の駐屯している丘の上から、道の向こうに黒い塊が見えてきた。大勢の人の塊。そう、帝国軍がいよいよ姿を現した。領軍側から帝国軍が見えたということは帝国軍からも領軍が見えているのだろう。
領軍が見えたはずだが、帝国軍は止まることなく進んで来ている。お互いにその存在を認めたことで、ここで一戦交えることが確定し、戦うに適した位置まで進むのだろう。帝国軍は領軍を無視してブカヒンに進もうとすれば、軍の後ろから領軍の打撃を受けることになるし、領軍にしてみれば、もし帝国軍に打撃を与えても、ブカヒン方面に進まれること自体がクルコフ子爵の面目に関わることになる。この場所で領軍は帝国軍になんとしても大打撃を与え、ブカヒンに行かせず、ユニエイトに逃げ帰るようにさせないといけない。
帝国軍は丘の麓から少し離れた地点で進軍を停止し、陣地の設営に入った。明日の決戦に備えて陣地構築を始めている。帝国軍としては、丘の上の領軍が高低差を生かして、攻め込んでくるものと考えている。もちろんブカヒン領軍も地形の利を使い、勢いを付けて帝国軍になだれ込む、という戦法をとることにしている。そのために、この丘の上に陣地を置いていたのだから。
夕方より雨が降り始めた。互いの陣地が見えないくらいの強い雨になって、帝国軍は領軍の夜襲を心配していたが、地面はぬかるみ、灯りもなしに軍を移動させることができないくらい降っている。そして何事も起きず朝を迎えた。
領軍は簡易ではあるが兵舎の屋根の下で朝を迎えたが、帝国軍はテントの中に身を寄せ合って雨を凌いだ。テントが水を含み、水の重さに倒れたテントも数多くあった。朝が近づくと雨は止み、月の光が見えるようになった。そのため、夜明けを待たずに帝国軍は戦闘の準備を始める。陣地のあちこちにかがり火を焚き、朝食の準備をする。
帝国軍の中に呪文を使える者たちはいた。魔法科部隊という名称がつけられている。その隊長はサマラの町の駐留部隊のクライバーが勤めていた。サマラからはモニカとボトンを連れてきており、他にも10数人が所属しているが、主な戦力はモニカとボトンである。以前はもっと数がいたのだが、チェルニ郊外の戦いでヒューイとマモルに相当数殺されており、有能な能力者が激減してしまった。そのためモニカとボトンが中心となっている。
「あのタチバナ男爵の領地ってあの村なんでしょ?こんな遠くからサマラまで来てたなんてスゴいわね」
とモニカが言うとボトンが、
「そういうオレたちだって、ここまで来たんだから同じだよ」
「でも、あのときはタチバナ男爵たちは行く先々で攻撃されて散々な目にあってたというから、よく生きて戻れたよね」
「そうだな」
「向こうの陣地(ブカヒン領軍陣地)にタチバナ男爵はいるのかしら?」
「よく分からんが、いないようだぞ」
「へぇー、よく知ってるわね。でも自分の村の目の前で戦闘始まりそうなのに、領主が不在だなんて、いったいどこに行ったのよ。バカじゃないの?」
「それがな、帝都に行ってるらしい。新皇帝様の即位式に参列しに行ったらしいし」
「ホントに?村がこんなことなってんのに、何が嬉しくて帝都に行ってるのかしら?」
「そりゃ、行けって命令されたんだろうが」
「あーーー貴族って大変だなぁ」
「ホントにそうだな」
「男爵がいればさ、アタシの強力無比の魔力砲を見せるのになぁ?前のときより一段と強力になったから、きっと驚くのになぁ。びっくりする顔を見てみたいわ」
「そうだな。見せてやりたいけど、いないんだから仕方ないさ」
「そうよね。帰って来て話を聞いて驚いてくれ!ってとこだわ」
「あのとき使わせてもらった魔力玉、帝国の中からかき集めてきたから、撃ち放題だもんな」
「そうよ。今までずっと隠してきたから、初の実戦だし楽しみだわぁ」
「そうよな、一網打尽だぜ」
「ボトンの出る幕ないかもね?」
「オレはその方がいいよ。オマエの威力見て、降参してくれれば良いけどな」
「ふふふーんだ、任せときなさい!!」
「あぁ、頼んだよ。さあ、無駄口叩いてないで早くメシを食おうや。モニカ、期待してるぜ」
「うん、モグモグ、大丈夫だって、モグモグ」
帝国軍の戦闘準備を始めるのに遅れて、ブカヒン領軍も戦闘準備を始める。クルコフ子爵が側近を集めて、戦いの意思統一をしている。
「これだけ地面がぬかるんでいると騎馬は使えないぞ。地の利も使えないからゆっくりを盾を前にして帝国軍に進み、矢の交換後総攻撃する。ギーブからの応援が間に合えば良いがどうだろうか?」
「子爵様、応援部隊を当てにしていてはいけません。我々だけで撃破しましょう!」
「その通りでございます。敵は長旅を経てここに辿り着いてきております。きっと疲れ果てて動きも緩慢でしょう。我が軍は間違いなく勝利致します」
「そうです!イズ大公様の軍は無敵です。我々は大公様の栄光にキズを付けぬよう、突撃すれば必ず勝ちは見えます!」
側近たちの意気は高く必勝の言葉しか出て来ていなかった。しかし、残念なことに側近たちの中で実際の戦闘を経験している者は少ない。先のサマラ郊外の帝国軍との戦いは戦闘が起こらず、参加しただけで終わっていたし、その昔の帝国軍の戦いで織田信忠が必敗の形勢をひっくり返したときは、後方にいて前衛が崩れるのに巻き込まれて逃げただけに終始している。
大公が和平の調印のために帝国に行ったときに随行した者は、次代の大公領の柱となるべき者たちを選んで行ったのだが、そのほとんどが死んでしまっている。さらにギーブの黒死病の発生により、ギーブに住んでいた騎士爵以上の貴族の多くが死に、兵士となる平民も死んだ。よって大公領において戦争経験者は、貴族も平民もオーガ領を除き少なくなってしまっているのだ。
しかし帝国軍は常にどこかの国境で戦闘が起きているので、指揮官・兵士の練度は高い。元々帝国の兵士に比べ、ヤロスラフ王国の兵士は弱いとされているので、同数の戦力であればヤロスラフ王国側が不利と見るのが一般的である。
クルコフ子爵側近たちはそれを知りながら、楽観していた。兵たちの士気を鼓舞し打ち勝とうと考えていた。




