飲み屋の2階で
オレとイワンの会話を羨ましそうな顔で見ている兄ちゃんが、あまりに気の毒だったので
「そこのキミ、なんならオレが半分出してやるから、行ってきたらどうだ?」
と聞くとボスが、
「いやいや、いくらなんでもそこまでして頂くわけには参りません。おい、そんな顔は止めろ。銀貨1枚出したって、どんな女が出てくるか分からないんだぞ。止めとけ、ぜったいに止めとけ!」
すっごく真剣な顔で叱らっしゃる。他の面々も止めろ止めろの大合唱である。それが聞こえたのか女将さんが来て、
「どうしたんだい?話はまとまったかい?アタシで良けりゃ、大銅貨10枚にしといてあげるよ?」
としなを作っておっしゃった。途端に、さっきの兄ちゃんは意気消沈して?何も言わなくなってしまった。やっぱりキミはオレグになれないな。勇者の称号は与えられないよ。
とにかく飲み会はお開きになり、イワンは娘さんに手を取られ、客たちのヤンヤヤンヤの歓声を浴びながら2階に消えて行った。階段上がる途中で客に手を振ってるイワン、キミはスゴいよ。
オレはイワンの行方を捉えて、2階で何も起きていないことを確認している。いや、起きていないのでなく、これから起きるんだけど。ボスは心配そうにしているから、
「大丈夫だ。この店の中にも周りにも妖しいヤツはいないから。心配しなくていい。仲間も見張ってるし」
「わ、わかるのですか?」
「分かるよ。オレとヨハネが探ったから。危害を加えそうなヤツはいないから。あとはイワンとあの娘がケンカしなけりゃ、何も起きないさ」
「本当ですか?」
なかなか信用してもらえない。
「心配なら、女将さんを買って、イワンの横の部屋に入れてもらえば良いだろう?横の部屋に入れてくれ、と頼んでも、イワンと娘さんの致すことを聞きたがる変態野郎と思われるから、相手がいないと無理だろうな。もしかしたら銀貨1枚出せば、かわいい娘が来るかも知れないぞ」
と言うと、真に受け取られたようで、5人でワイワイ話し出した。そりゃ、オレがいきなり大丈夫と言っても信用できないわな。
しばらく相談して話がまとまったようで、ボスがオレに向き合って、
「申し訳ありませんが、お願いがあります」
何?金がないから貸してくれ、という訳じゃないよね?あの兄ちゃんを女将さんに人身御供に出すって決めたのかしら?と思ったら、そうでなかった。
「タチバナ様がイワン様の横の部屋にお泊まりいただけないでしょうか?」
「はっ?」
なんちゅうこと言うの?言うに事欠いて、オレにあの女将さんの相手をしろって言うの?
「イヤだ、ぜったに嫌だ!オレは金を積まれても嫌だ!」
女将さんを横目で見ながら言うと、ボスは首を振り、
「違います。タチバナ様とそのお嬢さまとお泊まり頂きたいのです。それで隣の部屋を監視していただけないでしょうか?お二人は親子かと思っていましたが、どうも恋人同士のご様子。それならば、お泊まり頂いても問題ないでしょう?部屋を貸してくれと言えば、女将は貸してくれるでしょう。もちろん、部屋代は私が払います。どうか、どうか、お願い致します!」
「はい!!」
オレが断る前に、ミンが快諾してしまった......。ミンは今まで、ろくに喋らなかったのに、ご機嫌で返事をした......もう仕方ないなあ。違うなんて言うとミンに恥をかかすことになるだろうし。
ミンは関係するつもり満々なんだけど、オレとしてはこんな場末の(すんません、失礼しました)の宿でミンと最初の関係を結ぶってのは、あまりにもミンが可哀想な気がしているんだよなぁ。だから、帝都に行ってもっとまともな宿で致すのが良いと思っている。もちろんミンには言ってないので、さっきのミンの返事になっちゃったけど。
ヨハネの生暖かい目で見送られて、ミンに手を引かれ階段を上る。ミンは表情変えていないけど、鼻歌が聞こえて来る。2人で寝ると言うのは毎晩のことなんだけど、何がそんなに嬉しいのだろうか?隣でイワンがいいことしているからなのか?それをBGMとして聞くから盛り上がって、ということはないだろうな?
部屋に入ると、部屋が臭い。これは掃除もしてないのだろうし、寝具の洗濯もしていないんだろう。男女のあの臭いも染みついてしるのかしらん涙。
『Light』
灯りを点けると予想通り、汚い部屋だった。横のイワンの使っている部屋はどうなんだろう?とにかく、
『Clean』
と唱えると、臭いは消えた。はじめ顔をしかめていたミンも笑顔になった。でもなぁ、毛布とかシーツはキレイになったようには見えんぞ。一応、キレイになったとは思うけど。いくらなんでも、この部屋でミンを抱くというのはないだろう。これはミンに言っておかないといけないだろう、と思ったときに隣の部屋から、
「あぁん♡」
甘い声が聞こえてきた。思わずミンと顔を見合わせる。ミンの顔が赤い。続けて、
「ああぁん、すごいワぁ......ねぇん~~」
もう声が筒抜けである。イワンが何かボソボソ言ったのまで聞こえてくる。もう2人の世界ができあがっているのね。ミンの目が潤んでキラキラしてますがな!
「ねぇ、マモルさま、ねぇ」
ミンがオレの手を取る。両手でギュッと握る。
「待て、ミン!」
ミンは首を振って、イヤイヤをする。あぁ、こういう仕草ってノンと同じだ。
「ミン、聞いてくれ」
ミンは何も言わず、ポツリと涙を一粒こぼした。ミン、分かっているからオレの話を聞いてくれ。
ミンの握ったオレの手をほどき、ミンの身体を抱き寄せる。
「あぁ!」
ミンはそのままオレの胸に顔をうずめる。
「ミン、聞いてくれ。ミンの気持ちはオレも分かってる」
ミンが顔を上げ、オレを見る。その頰を手で挟みながら続ける。
「分かっているから、ミンを大切にしたい。こんな部屋でミンを抱きたくないから、帝都に着いてから、もっときれいな部屋取って、そこで抱こうと思ってるから」
「え、ホントに?」
「そう、ホントだ」
「......うれしい......」
顔をオレの胸にうずめて泣き始めた。そっと髪の毛に手を添え、撫でる。
こんなロマンチックな場面なのに、隣の部屋からは女の艶やかな声が聞こえて来る。




