いよいよ現地に出向く
次の日の朝、前と同じように井戸の所に顔を洗いに行くと、いつものオバチャンたちが待ってて声を掛けてきた。
「マモル、おはよう。夕べはお盛んだったね、ひひひ」
「そうさ、うるさくて眠れなかったよ、ふふ」
「アタシはアンが壊れないか、心配で見に行ったんだよ」
「そうかい、アンは大丈夫だったかい?」
「それがさ、アンはもうマモルに夢中でさ、息も絶え絶えだったさ」
「そうなのかい、声を掛けたのかい?」
「そんな野暮なこと、するわけないだろ?アンとマモルが仲良くやっているのに、アタシが邪魔をするわけに行かないさ、はっはっは」
みなさん、楽しんで頂けたようですね。今晩も眠らせませんよ。すまないな、ドン。
朝ごはんの後、ポリシェン様、ブロヒン様たちと森の中に入って行った。
ポリシェン様はさすがにたたき上げの軍人、いや騎士という感じだが、ブロヒン様はまるっきり文官ということでフィールドワークをやったこともろくにないのであろうが、どれだけも進んでいないのに、かなり疲れたように見える。ジンもそれが分かって、目的地まで半分の半分もいかない所で休憩を入れた。
「ジン、目的地はまだ遠いのか?」
「ポリシェン様、まだ半分も来ていません。これからさらに道が厳しくなります」
「まだ半分になっていないのかぁ......。ブロヒン様は残られた方が良かったか?」
「そうだな、私は残った方が良かったかも知れぬ。かと言って、あそこに残っていてもやることがないから、結局付いて来るしかないのだがな」
「この先には、かなり凶暴な獣がおきますので、注意していただく必要があります」
「そうか、私にはこれがある」
と言ってポリシェン様は弓矢を指した。これであの羊やイノシシが倒せるとは思えないが、実際の獣を見てみないと分からないだろうし。対人では十分だけど。
「私はその方たちに守ってもらうしかないな、とにかく私の壁になってくれ」
おーーー、壁になれと。とにかく、死んでもいいから守れと言うことか。さすが貴族様は言うことが違うな。へっちゃらで言うもんな。
誰も何も言わず、出発する。ブロヒン様がかなり辛そうで、ゼイゼイ言いながら最後尾を付いて来る。後ろから獣が来たら、一発でやられてしまうだろうな。
ジンとオレが行くときの半分以下のスピードで進む。このまま行くと、昼を過ぎてから着きそうだ。500mほど進んでは休み、400mほど進んでは休みの繰り返しで、まともに進めなくなってきた。しまいにはポリシェン様もあまりの進み具合の遅さに音を上げた。
「ジン、まだ先か?」
「ポリシェン様、まだまだ先です。このままでは、着くのは昼を過ぎてからになると思います。そうなると、村に帰るのは夕暮れ過ぎになるのでないかと思います。そうなると日が暮れてますから、かなり危ないかと思います。今日は思い切って、ここで引き返した方が良いように思いますが、いかがでしょう?」
「うーーーん、そうだな。ブロヒン様、どうでしょう?このまま目的地に着いたとしても、帰りの足がさらに遅くなるようでは、帰りが危なくて上手くないように思いますが、引き返しますか?」
「ゼイゼイ、そう、だな。私もこれ以上先には、付いていけない、ように思う。ハアハア、残念だが、今日は、戻る、ことに、しよう......」
ということで目的地までだいぶ距離を残して、Uターンして帰ることになりました、はぁ。ブロヒン様に胡椒の木に到る道が大変だということが分かっただけでも、良かったということか。いい時間つぶしになったね。
来た道をジンが先導し、オレが最後尾で進む。こういう帰り道は必ず何かが起きるんだよね、オレ限定のイベントが。
しばらく歩いていると、遠くで何か音がしたような気がした。
「ジン、何か音がしたような気がした」
ジンは待ってました、というような喜色満面でオレを振り返り
「マモル、何か音が聞こえたか?間違いないか?」
「たぶん、間違いないだろう。だんだん、音が大きくなってきているように思うぞ」
ざざざざ、という音が大きくなっているような気がする。
「マモル、そうだな、音がする。みんな警戒しろ!何か近づいているぞ」
まもなく、30mほど先か、木の間から大鹿が顔を出した。もちろん、いつも通りオレを睨み付けている。
「ジン、あれだ」
「そうだな、ポリシェン様、向こうに鹿がいます」
「鹿、どこだ?」
「あそこです」
ジンが指さす方向に大鹿がいて、こちらに突撃しようと身構えている。と、すぐにこっちに突っ込んでくる。と言うか、オレの方に向かって来ているように見える、またか。
そこでポリシェン様が言った。
「私に任せろ」
え?矢で倒そうとするのですか?きっと無理だと思いますけど、と思うが慎ましいオレは口に出さず、剣を構える。
ポリシェン様は背中から矢を抜き、キリキリと弓を限界まで引き絞り、大鹿にシュッと射た。矢は直線に、弧を描かず文字通り直線で大鹿に到達する。が、大鹿の角に矢が弾かれてしまう。ポリシェン様はそれを見越していたのか、2射、3射と射る。しかし、大鹿に当たらない。大鹿が止まっていれば当たるのかも知れないが、大鹿は大きく躍動して向かって来ていて、的が定まらないから当たらないのだろう。身体に当たった所で、致命傷になるわけでないだろうし、かすり傷くらいにしかならないから、脳天に当たらないと大鹿は止まらないだろう。
ポリシェン様の背中越しに、ジンは鹿を診てニヤニヤと笑ってやがる。オマエは大鹿のターゲットがオレだと思っているから、自分の所に来ないだろうと思っているんだろう。
ポリシェン様は矢を射続けるが致命傷にならない、どんどん大鹿が近づいてくると余計に狙いが定まってこない。
「おい、ポリシェン、鹿が、鹿が来てる!大丈夫か?」
ブロヒン様が大慌てで声を掛けるが、ポリシェン様固まってるし。鹿はオレの方に向かって突っ込んでくる。久しぶり、久しぶりの感触!どんどんアドレナリンが出てくる。さあ来い。剣を地摺りに構えて待つ。あと10m、9m、8m、7m、6m、ほら来た!4m、来い来い、3m、2m、目が合ってる、オレは前に出て、剣と共に飛び跳ね、剣を振り上げる!大鹿の首から血しぶきが上がり、いつも通りオレは血をかぶる、ゲロゲロ。これも変わらないか?
「マモル、やったな、いつも通りだな。血を浴びるのもいつも通りで何よりだよ、あははは」
ジンはいつも通り、ポケットから笛を出し、ピィーーーーーと森に響くように吹く。
しばらく待ってると、いつも通り村のみんながニマニマ嬉しそうな顔をして、集まってきた。
今夜は宴会だってよ。




